8「冒険者になるために」

「お金は必要になる。ずっと野宿するわけにもいかないでしょ」

「冒険者になればよい」

「いいだ。てっきり君は反対すると思ってた」

「何故、妾が反対する。猿や熊を狩るだけで金が稼げるのだ。これ以上、楽なものはない」

「いや、この世界の人たちは、あれを猿だとか熊だとかは思ってないよ、きっと」


「魔力はどれくらい戻った?」

「お主の滓みたいな魔力よりはある」

「滓みたいな魔力でも無くなるよりはマシだよ。君は魔力を無駄に使うよね」

「無駄だと?」

「怒らないでよ」

「怒ってなどいない」

「じゃあ怒らないでよ。君は魔力の扱いが下手でしょ」

「死にたいのならそう言え。殺してやる」


「おい見ろ」

「ん?」

「あそこだ。毛の塊みたいなのが歩いておるぞ」

「人っぽいけど……毛の塊にも見えなくはないな」

「珍妙だ」

「それは言い過ぎじゃない?あんまし、そういうこと思っても言わないでよ」

「珍妙なものに珍妙だと言って何が悪い」

「普通は思ったことを口にする前に、一度頭で考えるんだ」

「それは人間の習性であろう。妾は人間ではない」

「習性って………」


 どれくらい話し合っていただろうか。それも石碑———ギャラット・ウェイドーという人の墓の前で随分と言葉を交わしていた。人間と話すのなんて嫌いそうな魔王がだ。珍しい。話し込んでおいて、セイカは思う。


 陽が沈み始めた頃合いになって、セイカと魔王はようやく行動を開始した。会話の初めの方で、これからどうするかについては話がついていた。セイカと魔王は冒険者になる。なるしかないのだ。


 生きていくためにはお金が必要で、二人ともその身一つで見知らぬ世界に放り出された。職を探すにしても知識がないし、繋がりもない。唯一ある繋がりはギルドで働くアルマと公国軍人のレバンたち。もはや冒険者になれとでも言われているみたいだ。


「人間が増えたな」


 嫌そうな声音と表情を浮かべる魔王だが、確かに増えた。陽が沈み始める時間帯なだけあり、コンラットへ帰って来る冒険者たちで溢れているのだろう。ぞくぞくと酒場と思われる店へ、誘われるように冒険者たちが入って行く。既に酔っぱらっている者まで見られる。


「はぐれないでよ」

「子供扱いするな」

「善意で言ったつもりなんだけど……」


 でもまぁ、魔王からぞんざいな扱いを受けることには慣れている。人の多さに惑わされ、ギルドへの道のりを見失わないよう気を付けながらセイカは歩みを進める。とは言っても、不格好な建物が並ぶコンラットの街並みにおいて、装飾の凝った要塞みたいなギルドの外観は大変に目立つ。


 だから、迷うことなくギルドへは到着した。中へ足を踏み入れると外観同様に内装も中々に凝った造りをしていた。まず目に入ったのは高い天井から吊るされる照明だ。ガラスを主にして装飾されていて、果たして照明として機能しているのだろうか。


 冒険者も見られ、列をなしている。あれは一体何の列なのか。セイカたちもあそこに並ばないといけないのか。そもそも、どうすれば冒険者になれるのか。アルマから、ちゃんと聞いておけばよかった。ギルドに行けばアルマに会えると思っていたし、彼女もそう言っていた。


「あの女はどこだ」

「ここには、いないみたい」


 聞いてみるしかないか。ただ、ギルドの人がいるのは冒険者が列をなす先だ。窓口のようになったところが五つあり、アルマと同じ制服を女性が窓口一つひとつに立って、冒険者の対応をしているみたいだ。


「並ぶしかないかも」

「お主が並んでおけ。妾はここで待っておる」


 というわけなのでセイカ一人で列の最後尾に並ぶことになった。見た目から大別すると冒険者は荒っぽそうな者とそうでない者とで半々くらいに分けられる。ギルドの出入口付近で一人佇む魔王へは列に並ぶ冒険者でさえ目を釘付けにされている。列に並んだセイカもそれなりに注目を浴びてしまっている。


「あの女、あんたの連れか?」


 声を掛けて来たのは前に並ぶ冒険者だ。無精髭を生やした三十後半くらいの男の冒険者は荒っぽそうな見た目をしている。おまけに声を掛けた理由が魔王についてだったので、警戒するに越したことはないだろう。


「はい。冒険者になろうと思ってまして」

「二人で冒険者か?おまえ、冒険者のセオリーも知らねぇようだな」

「セオリーですか……」

「田舎野郎に務まるもんじゃねぇぞ。まぁ死にたきゃ別だがな」


 鼻で嘲笑われる。魔王もよくしてくるが、この男にされるとどうしてか腹が立つ。揉め事がごめんなので興味を失ってくれた男に自ら関わることはしない。しかし、魔王を見る男の目は邪なそれだ。死にたいのは一体どっちの方なんだか。


 今はまだ魔王は目を向けられているだけだが、一人でいれば時期に声を掛ける輩も出て来るはずだ。そうなった時、近くにセイカがいないのは大変に恐ろしい。何せ、魔王を止められない。


 人間を嫌う魔王が、人間から奇異な目を向けられ、人間の溢れる場所にいる。おかげで魔王からは誰も近寄りたがらないほど剣呑な雰囲気が発せられている。剣呑過ぎてオーラみたいなのが見える。禍々しいオーラが。


 冒険者の列は徐々に前へ進んで行く。それなりに時間が掛かりそうだと思っていたものの、冒険者を捌くギルドの女性の器量は本物だった。セイカの番が回り、相対して分かった。


「御用件は」


 事務的であり、端的なもの言いだ。怒ってるのかと勘違いしてしまうくらいに言葉が冷めきっている。


「冒険者になりたくて、ここへ来たんですけど」

「冒険者登録ですか。手続きがありますので応接室での対応になります。冒険者登録はあなた一人ですか?」

「もう一人います」


 セイカはそう言って、ギルドの出入口付近に佇む魔王へ目を向けた。それに気付いたギルドの女性も魔王の容姿には多少目を瞠っていた。


「それではお二人で応接室へ向かってください。そこで改めて要件を伝えてください。応接室は受付の隣りにあります」


 最後に付け足すように応接室の場所を教えてくれる。セイカがコンラットへ訪れたばかりの人間だと見抜かれたのだろう。いや、別に見抜くほどのことでもないか。


「次の方」


 ギルドの女性がそう呼ぶので、セイカは捌けるしかない。冒険者の列は未だ長蛇を成している。あれくらい素早く捌いていかないと終わるものも終わらないのだろう。セイカも見事に捌かれたと言うわけだ。おざなり過ぎず、用件に対する答えはきちんと伝え、不満を抱かせない。


 セイカは魔王の下へ戻る。


「絡まれたりしなかった?」

「お主は髭面の人間に絡まれていたな」

「見てたんだ。君が連れかどうか訊かれただけだよ。それより、冒険者登録?するのに手続きがあるらしいから、応接室に行かないといけないみたい」

「全く面倒くさいな」


 悪態をつく魔王を連れて、セイカは受付の隣りと言われた応接室へ向かう。受付の隣りには確かに扉があった。少々躊躇う気持ちはあったものの、セイカは意を決して扉を開ける。


 先に広がっていたのは通路で、奥は上へ続く階段になっている。通路の左右には扉がある。どの扉を開ければ応接室へ繋がっているのか。そこで再度要件を伝えろと言われたけど、人らしき姿は見られない。


「ここであっておるのか」


 訝し気に魔王が呟くと同時に通路手前の扉が開いた。現れたのは見知った顔だ。ギルドの制服姿の眼鏡を掛けた茶髪の女性。


「アルマさんっ!」


 思わず声を上げてしまった。

 気付いたアルマさんも表情を綻ばせ、駆け寄って来てくれる。


「待ってましたよっ!セイカさんにマオウさんっ!」

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