7「冒険者の街」

 バックルの下敷きにされたアーノルトはあばらを数本骨折していた。しかし、カジと呼ばれる軍人は聖騎士という役職についている。聖騎士は光魔法を行使できるようで、アーノルトの骨折を完治させてしまった。光魔法はもとの世界で例えるなら治癒魔法だ。ただ、厳密に言えば光魔法は魔法ではないらしい。


 バックルの群れを殲滅し、追われる身ではなくなると皆の気が楽になった。あれから一時間ちょっとさらに歩くと森を抜けた。森を出られて、はしゃぐように喜ぶアルマをレバンが諫め、冒険者の街と呼ばれるコンラットへ向け、再度歩み始める。


「セイカとマオウは冒険者になるべきだ」


 唐突にそんなことをレバンが言い出すものだから、何て返せばいいのか困る。


「二人とも相当な実力があると俺は思う」

「そうですよっ!私がギルドに話をつけておきますっ!」


 コンラットは冒険者の街として知られている。コンラットの始まりが、冒険者たちによる人間の領土開拓を目的に設けられた基地的なものだったからだ。そのため、今でもコンラットには多くの冒険者が住んでいる。そして冒険者を相手にする商人たちも集まり、大きな街を形成するに至った。


「セイカさんもマオウさんもお金持っていないですよね?それじゃあ生きてはいけませんっ!世の中は弱肉強食なんですっ!」

「であれば、妾がお主の有り金を全て頂くとしよう」

「えっ……冗談、ですよね……?」

「冗談だよ。気にしなくていいよ」

「ですよねっ……」


 はっはっはっと頬を引きつらせながら笑うアルマは決して魔王を見ようとしない。


 まぁそんな話は置いとくとして。セイカたちは今、コンラットへ向かっている。今日中には着けるらしく、着いてから一体何をするべきなのか。冒険者になるのも一つの手ではある。


 アルマにも言われた通り、セイカとマオウは無一文だ。森の中にいる分にはお金なんて無くても大丈夫だが、人の住む街ではそうはいかない。生きていくためにお金は必要になる。


「街に着いてから考えるよ」


 魔王と話さないといけない。冒険者をするかどうかなんて、今決めなくちゃいけないことでもない。


「そう、ですか。でしたら、私はギルドにいるのでいつでも来てくださいっ!」


 こんな風に話していられるくらいには森を抜けてからの道のりは楽なものだった。道に起伏も無ければ、バックルのような襲って来る敵性生物もいない。ここら一帯は比較的安全な場所だとレバンは言う。ただ、先ほどまでいた森には黒甲熊こっこうぐまやバックルがいるので危険だ。


 休憩を挟みながら、数時間に及ぶ道のりの果てにコンラットが見えてきた。それなりに大きな街だと聞いていたが、城塞都市のような風貌だ。城はないけど、街を囲う石壁は堅牢そのもの。冒険者の開拓基地だっただけはあるのかもしれない。


「また、どこかでな二人とも」

「また会いましょう!待ってます!」


 複雑豪華な装飾が施された要塞のような建物———ギルドの前でアルマとレバンら軍人たちとは別れた。彼らにはやるべきことがあるわけで、暇ではない。


「どうする?」

「ここは人間が多い」

「それは、人の街なんだから当たり前でしょ」


 門を潜り、石壁の中に広がるコンラットの街並みは酷く不格好だった。隙間を埋めるようにして建てられた建物はどれも増築を重ねたような老朽ぶりだ。そして通りを行き交う人々。冒険者と呼ばれるような人たちは武器を携え、鎧を纏っていたりするので一目見れば分かる。


 すれ違う大半が冒険者なのだろう。加えて行き交う人々の全員が魔王へ二度見、いや三度見を必ず向ける。銀髪紅瞳は目立つ。人間嫌いの魔王でなくとも、良い気分はしないだろう。


「人の少ないところに行こう」


 口にしておいて、人の少ない場所なんてあるのかと思う。ギルドの周囲は特に人が多い。酒場のような店が何軒も連なっていたり、宿屋もあれば、武器鍛冶のようなところもある。商人が露店を開き、市場を形成していたりもする。


 人の営みは、もといた世界と何ら変わらない。


 当てもなく彷徨っているとコンラットを見下ろせるような高台を見つけた。石の階段を上がって高台の上に出ると石碑のようなものがあった。石碑には“開拓者 ギャラット・ウェイドー”と名前が彫られ、錆びついた二本の剣が交差するように突き立てられている。


「墓……」

「死んだものを地面に埋めてどうなる。無駄な行為としか思えない」

「君たちには死者を埋葬する習慣はないんだったね」


 魔族の寿命は何百年で、人間の寿命なんて魔族の十分の一とかだ。人間の世界では毎日にように死者が出る。死に対する価値観が違っていても不思議ではない。


「意味のないことにも価値を見出すのは人間の優れた部分だと思うけど?」

「死者を埋葬する習慣を意味のないことだとお主は認めるのだな」

「あるか、ないかで言うなら、埋葬に意味はない。そんなことしたって死者は生き返らない。でも、それを無駄だとは思わないよ」


 石碑には綺麗な華が手向けられ、石碑の表面には輝きすら感じる。毎日とはいかないまでも、ちゃんと手入れがなされている。でも、今は誰もいない。セイカと魔王の二人だけだ。


「ひとまず、当面の間はここで暮らすしかないかな」

「当面?もといた世界に戻れると思っておるのか?」


 もとの世界に戻る。

 戻れるのだろうか。セイカにもよく分からない。


「分からないよ。おれにも」

「お主の場合は戻るつもりもないだろう」


 魔王が見てくる。しかし、セイカは目を向けない。高台から見えるコンラットの街並みを、行き交う人々を眺め続ける。


「どうだろう。それも分からない」

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