推しがとても物騒なんだが
ガンデラから少し離れた場所にある富の都、ディーウィティアエ。
富の都と言われるだけあり、町並みは美しく高潔さをまとっている。行き交う人々も上等な服をまとっているものが多い。
しかし、路地や都の端には貧しい人々が大勢居ることがわかる。
貧富の格差が激しいのだろう。圧倒的に富裕層が多いため貧困層に目を向けられていないのだ。
そんな国に、ユースティティア第一支部があった。
権威を表すように都の中心にそびえ立ち、四方を一望できる広大な塔。
そんな、支部内の長官室にて素っ頓狂な声が上がった。
「はァアー?カンパニーに襲撃だぁ?」
そう言った人物の名前はエブリエ、第一支部長官を勤めている男である。
ジャケットは脱いでいるのか、灰色のベストに腕まくりのワイシャツと言ったラフな格好である。
ラフ、というよりはくたびれている印象を抱く雰囲気を持っており、デスクに積まれている書類の山を見れば仕事が忙しいのだろうと察しがつく。
エブリエは怪訝な表情で通話先の人間を睨みつけるように、宙を見た。
”「は、はい!なんでも、製造所内のランプはすべて破壊され、事務所にいた十数名以外の職人が連れ去られたようで」”
「それをなァんで俺に報告するんだ?あ!?んな小さな事件に目をかけるとでも思ってんのかテメェはよ」
ボトルヴォクスを雑に掴みながら、相手に恫喝するように吠えるエブリエ。
そんな彼に、氷のような声が降りかかる。
「長官、騒音は業務妨害です」
「ウッ……すまん」
冷徹な視線を秘書に注がれたエブリエはしょぼんと肩を落として謝った。
秘書である女、アクアは長い蜂蜜色の髪を背中に流し、ハーフフレームの銀縁眼鏡を装着しており、その奥に備えた冷ややかな目は一瞥されるだけで背筋を伸ばさずにはいられない圧がある。
エブリエはそんな彼女が苦手であった。
アクアはウンブラから出向してきた職員である。精鋭の中でもルクスと同僚であるだけに、その実力は疑うまでもない。それ故、自分の正直かつ上司だろうと自分が認めなければとことんまで不遜な態度を取るのだ。
職務は完ぺきにこなすが、自分の障害となるものは許さない人間なのである。
そのため、感情の起伏が激しく直ぐに叫んだり怒鳴ったりするエブリエは、アクアから侮蔑の対象として見られているのである。
「はァ……ったく、テメエのくだらねえ報告のせいで睨まれたじゃねえか……!んで、俺に報告した理由はなんだよ」
”「も、申し訳ありません!しかし、我々に連絡をしたのはウンブラの職員、加えて、それを指示したのは”あの”ウンブラ・ゼロの総司令官で、報告しないわけにもいかず……!」”
ーー総司令官……ノックスさん?
仕事をしていたアクアはピクリと眉を動かし、彼の手にしているボトルヴォクスを見つめた。
エブリエは頭をガシガシとかきむしっていた手をピタリと止め、たらりとコメカミに汗を流しながら聞き返す。
「ウンブラ・ゼロ……?そういったのか、お前……?」
”「はい!直ちにウンブラ職員たちと合流し、現場に急行せよと。どうやら、ランプの補充にいらしたようで、水路港に総司令官所有の潜水艦を確認しました。また、どうやら総司令官は現場で職員たちの聞き取りをしているようでして、その傍らには……殺戮兵器がいます」”
「さ、さ、さ、殺戮兵器ィイイー!?」
エブリエは部屋中に響き渡る絶叫をした。
ーーあのウンブラ・ゼロってだけで卒倒モンだってのに、総司令だと!?しかも、あの殺戮兵器ルクス・ステラがガンデラに来てるってのか……!?
ガンデラから少し離れているとはいえ、近郊に支部を置いているのだ。目と鼻の先に恐怖の象徴が居るなど、エブリエは考えたくもなかった。
アクアは内容に驚き、絶叫にハッとしてバシンと自身の上司の頬を張った。
「あべしッ!?」
「近所迷惑です」
「しゅ、しゅまない……」
”「長官、おいたわしい……!!」”
舌を噛んで口の橋から血を垂らしながら、エブリエは腫れた頬を抑えて秘書に謝った。
ーー逆パワハラじゃね?
などとエブリエは思ったが、毎回の事ゆえ直ぐに思考を止めた。
アクアは彼に代わり、ボトルヴォクスを手にして部下に質問をする。
「ルクス……ルクス・ステラが総司令官と共に居るというのは事実なの?彼は今日、死の潮流を使って任務へ向かったと聞いたわよ」
”「そ、それが……任務をこなして直ぐ死の潮流を使って総司令官のいるガンデラまで来たそうで……潜水艦には総司令官の護衛であるゼロ職員が居ましたが、側に殺戮兵器が居るならば問題ないから事件の調査の方へ人員を回すそうです」”
「そう……相変わらず、ボスの飼い猫気取りなのね」
ボソリと通話先の部下に聞き取れない声量でアクアは呟いた。
その表情は、先程までの冷たい表情とは異なり、少しだけ柔らかいものだ。
「わかったわ。私達からの指示は何もないから、ボス……総司令官の指示に従って現場に急行しなさい」
”「しょ、承知しました!それでは、報告はこれで失礼いたします!」”
「ええ。また何か指示があればこちらから連絡するわね。それと、向こうの指示には全面協力して頂戴」
”「はい!」”
カララン、と涼やかな音を鳴らせて終了した通話。
アクアはボトルヴォクスをエブリエに返して秘書デスクに座り、再び仕事に戻る。
エブリエはそんな彼女をチラチラ気にしながら、ポタポタと垂れた血を拭っていた。
「遠路はるばるきてくださったというのに、こんな事態で申し訳ない」
「お気になさらないでください。カンパニーに非はありません」
「そう言ってくださると、こっちも気が楽になります」
少しだけ安堵したように笑った職人頭は、心労なのか顔色が悪い。
三十代から四十代ほどだろうか、老成した口調が特徴的な男だ。
作業着の袖を適当にまくり、逞しい腕の筋肉が伺えた。
口に咥えたままの葉巻がよく似合っており、なるほど、男女ともに人気なわけだなと俺は納得した。
ーーまさか、原作キャラに会うとは……
ガンデラ・カンパニー社長兼職人頭、ファケレ。
主人公たちが旅をする過程で、長く過酷な旅路に耐えられるランプを求めてガンデラにやってきた際、お尋ね者の彼らを対等な客として扱った大人。
ガンデラでカンパニーが不正や襲撃にあった騒動で、真っ先に疑われた主人公たちを職人としての勘で信じ、最後まで味方で居た恩人の一人である。
今まで遭遇しなかったのは、ランプ補充の注文に職人頭が出張ることがまず無いからだった。
そこらへんに投げられていた丸椅子をいそいそと人数分用意したルクスは、一番キレイなものをノックスに差し出した。そして、乱雑に職人たちの前へ他の椅子を置き、自身は座ること無くノックスの後ろに待機の姿勢を取る。
その行動を横目でみながら、俺はファケレの周りで苦笑する職人たちに目礼する。
絶対なにか失礼なことをしたと確信したからだ。
ーーフリーダムな推し、解釈一致すぎて嬉しい限り
確信したからと言って、それが悪いと思えない俺も大概である。
ファケレは、丸椅子に腰を下ろし、俺にも着席を促した。
それに従って座ると、周囲の職人たちも座り話を聞く体制に入る。
彼は、一向に座る気配の見せないルクスを一瞬だけ見たあと、気を取り直したように咳払いをして自己紹介を行った。
「儂はカンパニー社長兼職人頭しとります、ファケレです。アンタさんは……あの黒服の男前の上司さんで合うとりますか。たしか、スカイケアの」
「そうです。こうして顔を合わせるのは初めてですね。いつもランプの補充で来てるので」
「ああ、定期的に大量補充しに来とる方ですね。いつもご贔屓に」
「スカイケア海底都市トゥルーデン支部局長のノックスです」
ペコリと互いに会釈する。
頭を下げたノックスを目にし、ファケレに殺伐とした視線を寄越したルクスに、職人たちはビクリと体を震わせる。
ーーこ、怖ぇええ……!
職人たちの心境は一致した。
そんな彼らに対し、ルクスはフンと鼻を鳴らしてノックスを見つめる。
それに気づかない二人は、さっさと本題に入ることにしてファケレが口火を切った。
「……儂らはついさっきまで事務所に籠もっとったけえ、詳しいことはなんにもわからんのですよ」
ほとほと困り果てたように眉を八の字にしてそう言った。
逞しい腕を組んで口に咥えていた葉巻の灰をガラス製の灰皿に落とし、言葉を続ける。
「アンタさんも知っとるだろうが、金目のものは手を付けられてなかった……被害はランプだけ」
「つまり、事務所に居た貴方がたが無事だったのは……」
「まあ、この状況を見りゃあヤッコさんがランプを狙っとったんはわかりますんで、ランプの少ない事務所に来んかったのは納得できますわ」
カラカラと笑いながら話しているが、その顔には少しだけ陰りがあるようにノックスは見えた。
「貴方がたを除いて、職人は何名居るんですか?この製造所を見る限り、数十人はいますよね」
「ああ……実は、ここの職人は二十人しか居らんのですよ。少数精鋭って、スカイケアの方に言うのは気恥ずかしいが、まあ、多いとその分困ることも増えるんでね。儂らを除いて、あと五人居ります」
はあ、とため息を吐きながらファケレは続ける。
「四人はまあ、大人しくするでしょうし危険はないと思うんですが……一人だけ心配なやつが居りましてね。儂の弟子で……負けん気が強くて反抗してそうなんです。無事であれば、いいんですが……」
ギュッと目をつぶり、一拍置いて鋭い光を宿した眼光を向けられる。
その視線は俺に向けられているものの、きっと犯人に向けているのだろうと想像できた。
あまりに鋭利であるため、一瞬だけ推しの手に稲妻が発生したが、掻き消える。
推しも俺と同じことに思い至ったのだろう。
その稲妻を見ても、ファケレの反応は変わらず眼光が鋭いままだ。
一見冷静に見えたものの、その内心は荒れ狂う潮流のような激しい激情があるのだろう。
「……ルクス」
「何なりとお申し付けを。お望みならば敵の首をアナタに献上します」
推しは恭しく片膝をついて頭を垂らしながらそう言った。
ーーンンン!推しが俺に跪くとか恐れ多いって何度言えばいいんだ……!?むしろ俺が地に頭こすりつけるべきなんだが!俺、ガワはあのクソ上司だから第三者目線だとクソ上司に跪くルクス・ステラになっちゃうんだよ!は?何様だお前……!!
俺は内心大混乱になりながらも、タラリと垂れ下がった推しの波打つ髪をそっと耳にかけてやりながら苦笑する。
心は荒ぶれど一切表に出さない。出せば推しが困惑する。
時々動揺のあまり素が出てしまうが、中身が日本人のアラサーオタクという点を考慮すると大健闘していると見ていいだろう。
ーーあの人やべえやつに好かれてんな……
二人を見ていた職人たちの心境が揃った。
ファケレも突然物騒な発言をした推しを見てあっけに取られている。
一気に壊れた緊張感に思わず脱力しながら、俺は推しを窘めた。
「めちゃくちゃ物騒なこと言うなよ……」
「俺はいつだって本気ですよ、ノックスさん」
「……今回の事件についてお前の見解を聞いておきたい」
ーーアアアアッ!物騒だけどカッコいいのやめろ!心の声がこぼれるだろ!
獲物を狙う猛獣のような瞳で俺を見つめる推しから顔を反らし、零れ出そうな心境を必死に押し込めながら問いかけた。
そんな俺を見て、愉しげに口元で弧を描いた推しは最高にカッコいい。
ーー推しがとても物騒なんだが、俺の心の声が溢れそうでそれどころじゃない
推しの屑上司に転生したのだが シキ @nonbiri94n
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