また海に来ていた

六散人

 

あいつは必ず、またここに来る。

私も、他の子たちも、皆あいつが来るのを、ここで待っている。


あいつが来るということは、悲しい子がまた1人増えるということだけれど。

私たちには、それを止めることが出来ない。


でも次にあいつが来たら、私たちは自由になれる。

しかし、ただでは自由にならない。


ここにいる皆がそう思っている。

きっと、あいつに…。


***

その日も私は、またここに来ていた。

日々の退屈を紛らすために。


私はずっと退屈していた。

あの時までは。


お金は、親が残した遺産が、有り余るほどあった。

と言うよりも、私にはお金しかないのだ。


家族や友人はいない。

生きているのか、死んでいるのか、自分でも判らなかった。

あの時までは。


私がここに来ると、私の愛おしい娘たちが出迎えてくれる。

ここは海沿いの崖に穿たれた、天然の洞窟。

その中にぽつんと浮かぶ、岩礁。

私と、この娘たちだけの場所だ。


ここに来るための唯一のルートは、崖の上に建てられた、私の別荘から続く螺旋階段だけだ。

だから世間の有象無象どもは、決してここに来ることが出来ない。


最初の娘がこの場所に来たのは、7カ月前だった。

今では名前も忘れてしまったその娘を、ここに連れて来たのは偶然だった。


偶々街で見かけて、何故か気に入ったので声を掛けて、別荘に連れてきて、そして、殺したのだ。

それまでに人殺しなどしたこともなかったし、そんな面倒なことをしようとも思わなかった。


でもその時の私は、どうしてもその娘を自分だけのものにしたくて、どうしたら良いか必死で考えた。

結論は殺すことだった。

そしてここに沈めれば、もう誰の眼にもつかなくなる。


私はその娘に毒を盛って殺し、足に鎖を繋いで、この場所に沈めた。

後は海底に住む蟹や魚が、綺麗にしてくれるだろうと思った。


その時、思わぬことが起きた。

海に沈めたはずの、その娘が、海の中で岩礁に掴まって、私を見ていたのだ。


これが怨霊というやつかと思った。

私は嬉しさのあまり、飛び上がりそうになった。

だって、これからここに来れば、いつでもその娘と会えるじゃないか。


それから私は、さらに6人の娘をここに沈めた。

最初の娘と合わせて7人、岩礁を囲むようにして、揃って海の中から、私をじっと見つめてくれる。

とても恨めしそうな眼で。


何と言う幸せ。

至福とはこのことか。


でも1つだけ不満が残った。

1か所だけ欠けている。

早くそこを埋めないと、完全じゃない。


岩礁の周りを囲むように咲く、八葉の怨霊の花弁。

何と美しいのだろう。

想像しただけで、震えそうになってしまう。


そして私は今日、またここに来ていた。

最後の1人を連れて。


いつもの様に、その娘も足に鎖を繋いで沈めた。

するとまた、いつもの様にその娘の怨霊が浮かんでくる。

そして最後の欠けた部分を、綺麗に埋めてくれた。


完成だ。

8人がそれぞれ、とても恨めしそうな、美しい表情で私を見上げている。

私は有頂天になった。


その時。

岩礁を囲む海面が、沸騰するように泡立った。

そして無数の蟹が、岩礁に這いあがってきて、私に群がり、体を貪り始めた。


とても苦しかったが、幸せだった。

これで私も、8人の娘たちと、永遠に1つになれる…。


***

目の前で蟹に喰われていくそいつを、私たちは見下ろしていた。

愚かな男は、自分も私たちと一緒になれると思っているらしい。


馬鹿な奴だ。

七人ミサキは、8人揃えば皆開放される*。


でもお前は、9人目。

永遠にそこで、蟹共に貪られていればいい。

* 諸説あり

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また海に来ていた 六散人 @ROKUSANJIN

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