第2升 無能な上司

 不倫していた部下が話しかけてくる。

 

「鈴間部長、昨日、どうして急にいなくなったんですか?」

「あぁ。すまんすまん。急に異世界転移しちゃってな」

 

 そうだ、異世界から帰ると、自宅だったからな。まるで夢から覚めたかのように、現実の世界に引き戻された感覚だ。

 

「い、異世界? 大丈夫ですか? ――頭」

「なんだとっ」

 

 部下の言葉に、俺は思わず声を荒げる。こいつぁもう1回説教部屋行きだな。

 

「まぁいいか。昨日説教しようと思ったことはな、不倫はやめて、女房とデートしとけってことだ! 今日中に別れておけよ!」

 

「いや、そんな、急に……」

「お前さん、俺で話が止まってるから無事なんだぞ? 人事部にバレたら大変だぞぉ?」

 

 俺の言葉に、部下の顔から血の気が引いていく。まるで、死刑宣告でも受けたかのような表情だ。

 

「は、はいっ、かしこまりました。」

 

 青冷めた顔の部下が了承する。

 ――社内不倫問題、解決っと。一丁上がりだ。

 説教部長は健在だな。我ながら褒めてあげたい。

 

「そう言えば、鈴間部長……。」

「ん?なんだ?」

 

 不倫部下が財布から1枚の小さな紙を俺に見せる。

 

「昨日の会計です」

 ズコーーー―ッ

 俺は自分のデスクに戻り、手帳を開く。

 

 えっと、今日の説教部屋行きはだれだ?

 ふむふむ。T大卒のエリート社員。入社3年目の男か。えっと、なになに?

『無能な上司の下で働きたくない』――か。

 

 うん。これは説教が必要だな。まるで、暴走列車を止めるために、俺が立ち上がらねばならないかのようだ。

 

 ***

 

 小料理屋にエリート部下と入店する。いつもの奥座敷に腰を据え、注文をする。

 

「おい、女将。熱燗2合付けてくれ」

「鈴間部長、お時間いただきありがとうございます。相談と言うのはですね……」

「おいおい、兄ちゃん、焦っちゃあいけないよ。」

 

 俺は、部下の言葉を遮るように手を上げる。まるで、賢者が弟子に教えを説くかのように。

 

「まずはキュッといっちまいな!」

「はい」というと部下は緊張しながらお猪口の日本酒を平らげる。

 命綱を頼りに崖を登るかのように、部下は俺の言葉に縋っている。

 

「で、相談ってのはなんだい?」

「私の上司が無能なんです。私の仕事の成果が、上司の手柄になるのが許せなくて」

 

「へぇ、そいつは生意気な悩みだな。で、お前さんが言う『無能』ってぇのはどういう事だい?」

 

 咳払いをし、一息つくと部下が話し出す。まるで、告白でもするかのようだ。

 

「まず、大学も、たいしたところではないですし、デスクに座ってるだけの置物ですよ、あんな人」

「だから! できれば鈴間部長の直属に部署異動したいんです。」

「かーっ。何いってやがるのですかぁ?このやっこさんは」

 

 俺は、思わず声を荒げる。

 

「まずな、俺ぁ中卒だぞ? お前さんが言う無能の最たる例じゃあねぇか」

「え? 中卒……」

 

 相槌なんて打たせないように話を続ける。

 

「おうよ。それにな、俺ぁ仕事できねぇ。まずパソコンが得意じゃねぇ」

「さらに、毎日二日酔いで午前休使いまくって、有給すらねぇんだ」

「俺のほうがよっぽど『無能』じゃあねぇか。お前さんが言うところのな」

 

 俺は、自分の無能さを誇らしげに語る。勲章を自慢するかのようだ。

 

「おう、女将! もう2合持ってきてくれ!」

「たしかに、お前さんは頭がいいかも知らねぇけどよ」

 

 俺は、キューッと酒を飲み干すと、ふわっとした感覚が俺を襲う。

 ――いけねぇ! 転移が始まる。

 まるで、現実世界から引き離されるかのように、俺の意識は遠のいていく。

 

 ***

 

「貴方、毎日飲んでるのね」

 

 呆れ顔の女神オイノスがいる。やった。噴水の酒がまた飲めるぜ。

 

「お。ホステスのねぇちゃんか」

「違います。女神です。いい加減神罰を下しますよ!」

 

 女神の言葉に、俺は思わず苦笑する。まるで、母親に叱られる子供のように。

 

「あのよ、毎回毎回、ここを経由して異世界に行かねぇといけねぇのか?今回はどこに転移されるんだ?」

 

「わたくしだって、よくわからないのです。わたくしだって貴方と毎回顔を合わせるなんて不本意ですわ……コホン。今回の転移先は、とある、貧乏貴族の屋敷です」

 

「ちっ、素寒貧の家か。いい酒飲めそうにねぇな」

 

 俺は、がっかりした表情を浮かべる。

 

「ま、いいか。ちゃちゃっと頼むぜ」

 

 ***

 

「――なんだ! この不味い料理は! もっといい肉で作り直せ」

「申し訳ございません。しかし、これ以上いい肉が屋敷にございませんで」

「だったら、今すぐ買ってこい!お前は料理長だろ!」

 

「しかし、頂いている予算では……」

「なんだと? 口答えをするな。解雇するぞ!」

 

 転移した先では、貴族が使用人たちに罵声を浴びせていた。

 まるで、パワハラだ。

 

「おうおう、荒れてんな。兄ちゃん」

「貴様、何者だ!」

「竜次郎ってんだ。よろしくな。お。ワインか。俺にも1杯くれよ」

 

 俺は、貴族に向かって手を差し出す。まるで、当然のように。

 

「おい! 誰かこいつを連れ出せ」

「いいから黙って座りな。おい、料理人と執事。お前さんたちもだ」

 

 キュイィィィン

 

「はい」大人しく俺の言いなりとなり、大人しく席につく。

 相変わらず【オヤジノコゴト親父の小言】の効果は覿面だな!

 まるで、魔法の言葉を唱えたかのように、皆が俺の言葉に従う。

 

「よし、それじゃ、理由わけを聞こうじゃあないか」

「料理のがここ最近、ずっと不味くってな、料理人が手をぬているんだ」

「ちがいます、執事長から頂いている予算が足りませんで、良い食材を変えないのでございます」

 

「おい、執事、金を懐に入れてるんじゃないだろうな」

「いいえ、そんなことをするはずが無いじゃないですか。事実、当子爵家は財政難なのでございます。なんとかやり繰りをしている状況なのです」

 

「う……そもそも、我が領地は小さく、隣の侯爵家に依存している」

「しかし、それは、あの侯爵が無能だからいけないのだ」


 「あぁ、面倒くせぇ感じになってるんだな」

 

 俺は、頭をかきむしりながら、絡まった糸を解いていくように考える。


 「ようし。お前さんたち、ちょっと整理してみようか」

「料理がまずいのはいい食材を買えないからだろ?それは執事が予算を絞ったからだ。で、執事はなんで予算を絞ったかってぇと、ここん家の稼ぎが悪くなったからだ。」

 

「なぜ、稼ぎが悪いかってぇと、侯爵ってやつが無能で、それの傘をひっかぶってる、旦那。お前さんの甲斐性がねぇからだ。わかるかい?」

 

「結局は、お前さんより格上を上手く使えてないか、お前さん自体に稼ぐ能力が無ぇからだなんだよ」

「ちょっとは自分の頭で考えて動いてみたらどうだい?」

 

 しょぼくれた子爵が縋るような目で俺を見つめる。


「わ、私は、一体どうすればよいのだ?」

「それをてめぇの頭で考えろって言ってるんだよ。スットコドッコイが」


 

 ――やべぇ。酔が醒めてきそうだ……。

 まるで、魔法の時間が終わりを告げるかのように、俺の意識がぼやけてくる。


「まあ……とにか……く頑張れ」

「竜次郎さんが消えた……!」

 

 一同が驚く。

 

「なんだったんだ。あの人は。でも、なんだから心につっかえていたものが取れたような……。」

「執事長、料理長……。私が至らなかったのだな。」

「もう少しだけ私についてきてくれないか。私は、必ずやこの領地を再興させるぞ。」

 

 ***

 

 気付くと自宅の椅子に座っている。

 

「あれま。こっちに戻ってきちまった。あ! やべぇ。部下を小料理屋においてきてしまったぞ。」

 

 ――まぁいいか。

 

 竜次郎が転移した異世界の貧乏子爵家で、竜次郎は。『神の使い』として崇められることになる。


 後にこの屋敷には竜次郎の肖像画まで飾られた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

酔ってる時だけ異世界転移 〜おっさんの説教が世界を救う?最強S級スキル『オヤジノコゴト』で無双する イヌガミトウマ @tomainugami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画