Sugar Night

夜野十字@NIT所属

ブッシュ・ド・ノエル

 ヒラヒラと粉雪が舞っている様子を見ていると、本当に砂糖みたいだなって思う。


 12月25日、クリスマス。恋人たちが一緒に過ごす夜。街行く人たちは揃いも揃って複数人。誰一人として曇った表情をしていない彼らを見ていると、否が応でも意識してしまう。


 恋人。 恋。彼女。彼。


 先輩。


「……はぁ」


 白く濁った息を吐き出す。聖夜にふさわしくない私のため息は、すぐに冬の空気に溶けていった。


 先輩は何してるんだろうな、と無意識のうちに先輩のことを思い浮かべる。そもそも彼女とかいたのだろうか。もしいるのだったら、おそらく今頃はその彼女と一緒に過ごしているのだろう。実際のところは何もわからないのに、なぜか私には彼女の横で笑う先輩がありありと想像できた。


 先輩、何してるかな。どこにいるのかな。


 少なくとも、私の隣にはいないということだけは自明だった。自分で考えておいて、急に寂しさがまさってくる。


 ……いや、それは勇気を出せなかった私に全責任があるのだから、寂しさを感じるなんてのはお門違かどちがいなのだけれど。


 雪が一層勢いを増していく。ヒラヒラ、ヒラヒラ。ヒラヒラ、ヒラヒラ……。

 少しずつ夜が更けていって、行き交う人の数も減っていく。


 ふと、冷たいと感じて視線を下に向けると、気がつかないうちに私の膝にも薄く雪が積もっていた。濡れないうちに払おうとして、太ももに乗せた袋の存在を思い出した。


 コンビニの袋に入った、未開封のブッシュ・ド・ノエル。

 二日前に予約してきた、本当は先輩と食べたかった、クリスマスケーキ。


 そして、勇気が出せなかった私の十字架。


 綺麗に飾り付けられた小さなサンタがこちらをじっと見つめている。まるで私のことを責めるかのように。


 数時間前の自分を思い返して、呆れ笑いがこぼれる。

 コンビニで注文確認を受けているときは、あんなに心躍っていたのにな。

 絶対に告白を成功させて、先輩と一緒に食べるんだって息巻いていたのに。


 今の私にはあまりに不釣り合いなクリスマスの輝き。


 ……眩しいなぁ。


 でも、食べないわけにはいかない。このことも承知で頼んだのだから。


 私はブッシュ・ド・ノエルのケースを取り出し封を開けた。さらに二本入ったプラスチック製のスプーンのうち、片方を開封した。


 スプーンでクリームをすくいとり、口に入れる。口の中でクリームが溶けて広がるにつれて、いろいろなことが思い返されてきた。


 甘さ控えめ。

 先輩は甘いものが好きではないと言っていたから。


 チョコレート味。

 唯一食べられる甘いものがチョコだと笑って教えてくれたから。


 サンタの飾り。

 いつかチラシを見て「かわいい」とこぼしていたから。


 ……ああ、先輩。


 ひとりで食べるブッシュ・ド・ノエルは、やっぱり寂しい。


 美味しいけれど、好きにはなれない。


 ……先輩の隣で食べたかったな。


 ブッシュ・ド・ノエルにかかった、粉砂糖をじっと見つめる。

 それらはまるで本当の雪のようだった。


 ❅


 もし、もし雪が本当に砂糖だったのなら。


 私の頬を濡らしているのは、きっと、砂糖水のせいだ。


 雪の中、私は声も立てずに泣いた。輝きはすぐに失われていった。

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