エピローグ

エピローグ 嘘つきの君に、向日葵の花束を

 うだるように暑い、夏の日だった。年を重ねるごとに猛威を増していく東京の夏の暑さは留まることを知らず、早朝と言えど外にいるだけで汗が噴き出てくるくらいだった。


「……とりあえず、お墓のお掃除しないとね」


 深浦家之墓と記されたお墓の前に立った僕と知奈は、てきぱきと慣れた具合で明日奈が眠っているお墓を綺麗にしていく。草を抜いたり、墓石に水をかけてあげたり。


「誕生日おめでとう。会いに来ないと、明日奈寂しがって電話してきちゃうんじゃないかって思ってさ。命日じゃないけど、来ちゃったよ」


 今日は、明日奈が亡くなってから迎える初めての誕生日だった。生きていれば、二三回目の誕生日だったのだけど、あっという間に僕は明日奈の年齢に追いついてしまった。


「もう一年近く経つなんてさ、まだ実感がわかないよ。……今でもたまに、明日奈が夢に出てくるときもある。簡単に忘れられるはずなんて、なかったよ」

 返事のないひとり言を、知奈の真横で淡々と呟く。僕らは頃合いを見計らって、手にしていた向日葵の花束をそっと墓前に置いた。


 真っ黄色に存在を主張する向日葵は、名前通り青空に浮かぶ太陽のほうに花を向けている。そんな姿に、僕と知奈は少しだけ可笑しく思ったのか、クスリと小さく笑い声が漏れてしまう。


「……忘れられるわけはないんだけど、明日奈の嘘のせいでさ。今こうして知奈とふたりで会いにくることになってさ。……きっと、ひとりで来てたら、情けなく泣いちゃってたんじゃないかなあって」


 そういう意味では、明日奈にお礼を言わないといけないまであるかもしれないけど。恐らく永遠に付き合っていかないといけないこの喪失感に、折り合いをつけさせてくれたのは明日奈の嘘のせいだから。


「……この感情は、きっとどうやったって過去にはならないんだ。だから、どうしたって僕は心のどこかでどうしようもなく明日奈の面影を探し続けるかもしれない。それくらい、明日奈のことが好きだったんだ。……ただ、どうやら僕は明日奈にとって太陽みたいらしいからさ」


 チラ、と横に佇む知奈の顔を視界に映す。彼女の首元には、明日奈と半分こした最後の誕生日プレゼントとなった、向日葵の飾りがついたネックレスが揺れていた。


「……優しくあれるように、努力するよ。明日奈にも、……もちろん、知奈にも」


 ポケットに入れていたスマホは、震えない。

 ひと通り話したいことを話した僕らは、


「それじゃあ、またすぐ、一周忌に会いに来るから。またね、明日奈」

 そう言って明日奈の墓前を離れていく。踵を返して一歩二歩と歩いていると、ふと後ろから腕を掴まれたような錯覚を覚えた。


「……今、僕の腕掴んだ? 知奈」

「いえ。何もしてないですよ?」

「……そっか」


 ふふふ、だーれだっ、という快活な声が脳裏に過る。


「また、お姉ちゃんの声でも聞こえましたか?」

 僕の様子に気づいたのか、知奈は仕方ないなあというように苦笑いを浮かべる。


「……ごめん、別にそういうつもりじゃ」

「いいんです。わかってることですから。ただ、お姉ちゃんに言わせたら『もー、私のこと大好き過ぎかよお』ってなる案件なのは間違いないですね」


「……否定はできない」

「まあ、本当にお姉ちゃんのこと大好きでしたからね、裕典さんは」

「今も、だよ」

「……そうでしたね。はい、お姉ちゃん、私たちもう帰るからね。あんまり裕典さん困らせたらだめだよ」


 そっと柔らかな風が、並んで歩く僕らの背中を撫でた。夏のせいか、それとも別な理由のせいか、温かい感触の走ったそれが、ふたりの背中を押したように僕は思えた。


「……ありがとう。一緒に来てくれて」

「私こそです」


 取り留めのない話をしながら去っていくふたりを見守る墓前の向日葵が、風に揺られて微笑んだことに、僕は気づかなかった。

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世界一優しい嘘つきの君に、向日葵の花束を。 白石 幸知 @shiroishi_tomo

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