殺人女子会

もも

殺人女子会

 食前酒には発泡性の日本酒を選んだ。

「やば、これゴクゴクいっちゃうね」

「本当にお酒なの?」

 巻髪とピアスが驚いた顔をしている。

「危険でしょ。私も初めて呑んだ時『これジュースじゃん』て言ったもん」

 メガネが自慢げに話す。

 駅近くにあるレンタルスペース。

 ピンク色の壁紙に天蓋付きのベッド、偽物の小鳥が入れられた鳥籠は白く、ハートや星の形をした小ぶりのクッションがいくつも置かれている。撮影会でも人気というこの場所で、彼女たちは今、女子会を開いていた。

「美味しいお酒にはアテがいるでしょ」

 巻髪は冷蔵庫から生ハムを巻いたイチゴを取り出し、テーブルに置いた。今日の料理はそれぞれ持ち寄りという話になっている。

「これどこのヤツ?」

「デパ地下のイチゴに生ハムを巻いて並べただけ」

 ピアスは白い皿に盛られたそれを見て「だけとか言うけどさ、イチゴ切って生ハム巻きつけて、地味に面倒なことやってるし」と呟いた。

「ね、こういう所がこの子が愛されてた理由なのかなぁ」

 グラスに酒を注ぎ足しながら、ピアスがメガネに尋ねる。

「どうかなぁ。相手は居酒屋の店長だし、向こうの方がよっぽど料理上手いでしょ」

「仕事で料理する人ほど、プライベートは楽したいって言うじゃない」

「そういう男ほど『美味しいよ』とか言いながら、片手に柚子胡椒持って勝手に自分好みの味にアレンジしちゃうのよ。言ってることとやってること逆じゃん。あ、もう空になってる。次、何呑む?」

 巻髪が「じゃあこれにしようよ」と取り出したのは、白ワインのボトルだった。

 コルクを抜いて、グラスに注ぎ分ける。

 最初に感想を述べたのはピアスだった。

「はぁ……これは美味しいね。めちゃくちゃフルーティー」

「確かに。香りがふわっと最初に来て、そのまま甘いのかと思ったら案外後口はスッキリしてる。私これ好きかも」

 メガネも一口呑んだだけで、テンションが上がった。

 巻髪は早々に2杯目のワインに口を付けると、「ちなみに」と切り出した。

「正直な話さ、どこが好きだったの?」

「あは、ド直球」

「いいじゃん、この際なんだから。私はね」

 一呼吸置いて、巻髪が言う。

「めっちゃ褒め上手なとこ」

「わかるー」

 メガネとピアスが同時に声を上げた。

「何やっても褒めてくれたよね」

「『アンタ、褒め言葉リスト何枚持ってんの』て感じだった」

「そうそう。でもさ、何言っても最終褒めてくるのも考えものよね。いや、そこ無理に褒めなくていいし、むしろ私が間違ってるならちゃんと言ってよって」

 巻髪がぐいっとグラスを煽り「やりすぎて最後の方はちょっと嘘臭かった」とこぼすと、メガネとピアスも「そうだそうだ! 聞いてるかー!」と叫んだ。

 テーブルの上にはピアスが持ってきた巻き寿司と辛口の一升瓶が、いつの間にか置かれている。

「えー。このタイミングで炭水化物はまだ早いでしょ」

 巻髪がピアスに文句を言う。

「まぁまぁいいじゃない。今日はそれぞれあいつとの想い出のメニューを持ち寄るってことにしたんだから」

 メガネに言われ、巻髪がハッとする。

「そうだった、普通に女子会の気分になってたわ。ごめんごめん」

「いいよ、気にしてない。私さ、あの人の手が好きだったんだぁ」

 そう言うとピアスは持参した日本酒をコップに注いで、一息で呑んだ。

「あー、美味しい」

「私も頂戴」

「このキリッとした感じ、たまんないね。旨い」

 酒のせいなのか、気分が高揚しているせいなのか、頬を赤くしてピアスが話す。

「カウンターに座って包丁を握ってる手を見るのが好きで。手ってさ、すごく性格出るんだよね。巻き寿司って、巻き簾に海苔とごはん敷いて、具を並べて巻いて……てするじゃない? あの流れるような手つきとか細かな作業を厭わない感じが好きで、いつまでも見ていられたな。本当、あの手は国宝だったわ」

「その手で店に来てた女の子、何人触ったんだって話だけどね」

 巻髪がポツリと呟いた言葉を、ピアスは拾う。

「本当だよね。私、馬鹿だわー。なんで自分だけって思ったんだろ。そんな訳ないじゃんね、あんなに誰にでも優しくて人当たり良い上に笑った顔が最高に可愛い男」

「あれー? もしかしてまだ好きなの?」

 メガネが念のために確認する。

「全然! 私だけを大事にしてくれない男なんていらないし」

 はははと笑って答えるピアスを見て、メガネも笑った。

「最後は私ね」

 メガネはテーブルに瓶入りのプリンを並べた。

「人の寂しさに敏感だったところかな」

 思い出すのは、夏の夜。

 仕事も人間関係も何もかもうまくいかず店でうじうじとしていたら、そっと甘いプリンを出してくれた。その時同じようにカウンターに座っていた巻髪とピアスも一緒にプリンを食べた日のことは今でも忘れられない。2人とはそれ以来、本音をこぼすことが出来る数少ない友人となったのに。


 褒め上手で優しく、人の気持ちに敏感であるが故に、易々と私たちの心の隙間に付け入り、ぐずぐずにして、関係を腐らせた男。

 こいつさえいなければ、3人はいつまでも良き友人でいられたのだ。


 巻髪は男の褒め言葉に唆されて、会社の金を横領した。

 ピアスは優しさに絆されて、男に搦めとられるように身体を売った。

 メガネは金づるを求めていた男に、大切な友人2人を地獄に引き摺り込んだ。

 

 この男を自分だけのモノにしたかったから。

 

 自分の持てる全てを明け渡してでも独り占めしたかったから。


 でも、それが叶わないのなら。


 彼女たちは手を結び、今ここにいる。

 自分たちの罪について、目を瞑ったまま。

 天蓋が付いたふかふかでキュートなベッドの上には、眠りから覚め、顔を真っ青にした男がいる。口にはガムテープが貼られ、両手両足は縛られたまま、何事かを訴えていた。

「今日はよく呑んだね」

 目の前には空になった酒瓶が3つ。

「そういえばさ、こいつ、酒の趣味は良かったよね」

「わかる。今日持ってきたの、こいつのオススメだったヤツだよ」

「一緒、一緒!」

「やっぱり最後まで、私たち気が合うね」

「次の男の趣味は合いませんように」

「ホントそれ」

 3人は笑いながらそれぞれ酒瓶を手にすると、ベッドに転がっている男に向かって力いっぱい振り下ろした。




 


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