第2話 新たな一歩

 1998年6月、ある土曜日の午前8時。顔を洗ってから歯を磨き、朝食代わりに牛乳を一杯飲んで詰め襟学ランの中学校男子制服に着替えて、体操着や教科書等の入ったバッグを手にして学校へ向かう。


 鷹城大輔は、母親のキャサリンに見送られ、家を出た。


 いつもは、姉の絵美、双子の弟の健太、そして、末弟の達也も一緒だが、今日は、姉の絵美は大学が忙しいとのことで、先に出かけた。

 達也は、小学6年生で、この時間、別の場所で、集団登校をしている。


「大輔、今日は何か、いつもと違わないか?」


 家を出てすぐに、後ろから、健太が、不思議そうに尋ねてきた。


「そうか?いつも通りだと思うけど」


 大輔は、内心、動揺しながらも、平静を装って答えた。


「いや、だって、兄貴、今日は、俺たちと一緒に後片付け、手伝ってただろ。あんなの、初めてじゃないか?」


 確かに、今朝は、大輔は、健太と一緒に、朝食の後片付けを手伝っていた。


「ああ、あれか…まあ、たまには、いいかなって」


大輔は、何でもないことのように、答えた。


「ふーん…まあ、いいけど。母さん喜んでたし」


 健太は、まだ何か言いたそうだったが、それ以上は何も言わなかった。


「なあ、兄貴、今日の放課後、クラブ行くだろ」


 しばらく歩いていると、健太が、大輔に話しかけてきた。


「悪い、健太。今日はちょっと用事があるんだ」


 大輔は、健太の誘いを断った。


「えー、何だよ、つまんないなー」


 健太は、不満そうに言った。


(悪いな、健太。でも、俺はもう、サッカーはやらないんだ…)


 大輔は、心の中で、健太に謝った。


 そうこうしているうちに、通学路の途中で、一人の男子生徒と合流した。


「よお、大輔、健太」


「ああ、誠か。おはよう」


 声をかけてきたのは、小学校時代からの友人、峯友誠だった。


 誠は、大輔や健太と同じ、清水エスパルスジュニアユースに所属している、サッカー仲間だった。


「どうしたんだよ、大輔、難しい顔して」


 誠が、大輔の表情を、不思議そうに覗き込んだ。


「ああ、いや…ちょっと考え事だ」


 大輔は、前回の人生の記憶を辿りながら、今後の事を考えていた。


「考え事?珍しいな、お前が」


「まあな。…それより、誠は、将来、どうするんだ?」


 大輔は、別の話題を振ることにした。


「俺か? ユースにそのまま上がるか誘われてるけど、市立船橋にも誘われてるんだよな。今のところは選手権が魅力的だし、市立船橋に進学して、プロのサッカー選手になるつもりだ。お前と健太と、一緒に、世界で活躍するんだ」


 誠は、笑顔で、そう答えた。実際にその実力はある。前世では清水エスパルスジュニアユースで高円宮杯と全日本大会で中学3年生の時優勝。大輔は両方の大会でMVPに選出。クラブユース大会も1年と2年の時に優勝。大輔は中学1年生ながらMVPに選出。健太は中学2年の時に得点王とMVPに輝いている。誠も全大会でベスト11に入るなどこの3人は前世でも今世でもこの年代の注目株だった。


「…そうか」


 健太も同じく笑顔で答える。


「そうか、誠は市立船橋にいくのか、俺も誘われてたんだけど、俺は国見に行くことにするよ。誠とは敵同士になるけど手加減はしないぞ。俺もプロのサッカー選手になるつもりだからな」


 大輔は、誠と健太の言葉に、複雑な思いを抱いた。


(健太、誠…お前達は、前回の人生でも、その夢を叶えたよな…でも、俺は…)


 大輔も、前回の人生で、プロサッカー選手になったが。怪我が原因で早期引退してしまったことを思い出す。そこからは何もかもがうまくいかなかった。


「大輔はどうするんだよ?」


 誠が、大輔に尋ねてきた。


「俺は…まだ、決めてない」


 大輔は、そう答えるのが精一杯だった。


「ふーん…まあ、お前なら、何をやっても、うまくいくんじゃないか? 俺として一緒にワールドカップを目指して欲しいけどな」


 誠は、そう言って、笑った。


「…そうだといいけどな」


 大輔は、力なく、微笑んだ。


 午前8時半。


 大輔、健太、誠の3人は、学校に到着した。


「おはよう、大輔、健太、誠」


 教室に入るとすぐに、いつもの席に座っている愛が、3人に声をかけてきた。


「ああ、おはよう、愛」


 大輔も、愛に挨拶を返した。


 愛は、長い黒髪を一つに束ね、真っ直ぐにこちらを見つめる、凛とした瞳が印象的な少女だった。


「大輔、今日は何か、いつもと違うね」


 愛は、大輔の表情を、不思議そうに覗き込んだ。


「そうか?いつも通りだと思うけど」


 大輔は、内心、動揺しながらも、平静を装って答えた。


「ううん、何か、違う。何か、決意に満ちた目をしている」


 愛は、じっと大輔の目を見つめた。


(愛には、何でもお見通し、か…)


 大輔は、愛の洞察力に、舌を巻いた。


「…実は、俺、将来について、ちょっと考えてたんだ」


「将来について?」


「ああ。俺、このままサッカーを続けていくかどうか…」


 大輔は、愛に、自分の将来について、相談してみることにした。


「…そうなんだ」


 愛は、少し驚いたような表情を見せた。


「大輔は、サッカー、大好きでしょ?何か、あったの?」


「ああ。…ちょっと、色々、考えることがあって」


 大輔は、言葉を濁した。


「…そう。大輔が決めたことなら、私は、応援するよ」


 愛は、それ以上は何も聞かず、ただ、優しく微笑んだ。


「…ありがとう、愛」


 大輔は、愛の優しさに、胸が熱くなった。


(そうだ、俺は、愛と約束したじゃないか。日本を、世界一の国にするって…)


 大輔は、愛と交わした、あの日の約束を、改めて思い出した。


 そして、その約束を果たすために、過去に戻ってきたのだということを、改めて、強く、心に誓った。


「それで、大輔は、これからどうするの?」


 愛が、大輔に尋ねた。


「ああ。俺は、まず、世界的な大企業を作る」


「え…?」


 大輔の言葉に、愛は、目を丸くして驚いた。


「その為には、まず、資金が必要だ。そして、協力者も」


「…」


「愛、協力してくれるか?」


 大輔は、愛の目を見て、真剣に言った。


「私に、できることなら…」


 愛は、少し戸惑いながらも、頷いた。


「ありがとう、愛」


 大輔は、愛の協力に、心から感謝した。


「でも、具体的には、どうすればいいの…?」


 愛が、不思議そうに尋ねてきた。


「ああ。それについては、これから、一緒に考えよう」


 大輔は、そう言って、微笑んだ。


(まずは、計画を立てないと…)


 大輔は、そう思いながら、愛と、他愛もない会話を続けた。


「大輔、愛ちゃん、何話してるの?」


 その時、誠が、大輔と愛の会話に、興味津々で、混ざってきた。


「誠、おはよう」


「別に、大した話じゃないわ」


 愛は、そう言って、誠を、軽くあしらった。


「えー、何だよ、気になるじゃん」


 誠は、不満そうに言った。


「まあまあ、誠。それより、今日の授業の予習、したか?」


 大輔は、誠に、別の話題を振った。


「げっ、予習…?ああ、いや、その…」


 誠は、慌てて、鞄の中を、ごそごそと探し始めた。


「全く、もう…」


 愛は、呆れたように、ため息をついた。


「ははは…」


 大輔は、そんな二人を見て、思わず、笑みがこぼれた。


 

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