リバースエッジ改

@U3SGR

第1話 1

 高層ビルが立ち並び、街は最新のテクノロジーで溢れている。自動運転の車が滑らかに走り、空中にはドローンが物流を担っている光景が日常となっていた。しかし、その華やかさの裏側には、深刻な問題が潜んでいた。


 少子高齢化の進行は止まらず、人口の半数近くが65歳以上の高齢者だった。若者は減少し、労働力不足が深刻化していた。多くの企業が自動化やAIの導入を進めていたが、それでも人手不足は解消されなかった。繁華街のネオンが煌めく一方で、郊外や地方都市はゴーストタウンと化し、荒れ果てた風景が広がっていた。


 経済も停滞していた。政府は財政赤字の増大に苦しみ、社会保障費の負担が限界に達していた。消費は低迷し、若者たちは将来への不安から消費を控える傾向が強まっていた。新しいビジネスやスタートアップも生まれにくく、イノベーションの速度が鈍化していた。


 松本透生は、そんな時代を生きる72歳のフリーランスのエンジニアだった。かつては将来を嘱望される技術者として名を馳せていたが、技術職の賃金削減とリストラの波に飲み込まれ、その後の転職活動もうまくいかなかった。フリーランスとしてなんとか生活を続けていたが、歳を重ねるにつれ、体力も気力も衰え、仕事を続けるのが難しくなっていた。


 彼の住むアパートは古びた建物で、設備も老朽化していた。家賃は安かったが、その分環境は劣悪で、近隣には同じような境遇の高齢者たちが集まっていた。透生はその日も自宅の薄暗い部屋で、最後の仕事を終えたばかりだった。パソコンの画面にはコードの断片が表示され、疲れ果てた彼は椅子にもたれかかった。


 部屋には安酒の瓶がいくつも転がっていた。彼はそのうちの一つを手に取り、酒を飲み干した。孤独と絶望が胸に広がり、彼の心は過去の思い出に囚われていた。家族も友人も失い、頼れる人はいなかった。未来に希望は見えず、彼はただ日々を生き延びるだけだった。


 突然、激しい胸の痛みが彼を襲った。手に持っていた酒瓶が床に落ち、割れたガラスが散らばった。透生は椅子から転げ落ち、床に倒れた。視界がぼやけ、意識が遠のく中、彼は過去の思い出がフラッシュバックするのを感じた。


「これが終わりなのか…」


 最後にそう呟いた時、彼の視界は完全に暗闇に包まれた。


 次に目を覚ました時、俺は見知らぬ場所にいた。薄暗い光が漂い、辺り一面がぼんやりとした霧に包まれている。冷たい風が肌を撫で、異様な静けさが支配する空間だった。足元を見ると、石畳の道が無限に続いているように見える。道の両側には高い木々が並び、その枝は重なり合って闇の天井を作り出していた。


 空には見慣れない星々が散りばめられ、月は血のように赤く染まっていた。異世界に迷い込んだかのような感覚に戸惑いを覚えた。


「ここは一体…?」


 俺が自問する間もなく、前方に人影が現れた。美しい和装をまとい、長い黒髪が風になびく。その女性は冷たい眼差しで俺を見つめていた。彼女の瞳は深い闇の中に吸い込まれるようで、その神秘的な雰囲気に圧倒された。


「あなたの望みは何ですか?」


 彼女は静かに尋ねた。その声は風のように柔らかく、同時に冷たかった。


 俺は一瞬迷ったが、自分の中に眠っていた野心を思い出し、答えた。


「もう一度やり直したい。プロサッカー選手になり、巨大な会社を作り上げ、日本の未来を変えたい」


 彼女は微笑み、冷たい眼差しが少しだけ和らいだ。


「ならば、あなたに力を与えましょう。そして、時間を遡り、再び始めるのです」


「あなたは誰ですか?」


 俺は尋ねた。彼女の存在があまりにも非現実的で、何かを知りたくて仕方がなかった。


「私はイザヨイ。運命を紡ぐ者です。」


 イザヨイの名前を聞いた瞬間、周囲の霧が急速に消え去り、彼女の手が輝く光を放ち始めた。その光が俺を包み込み、次の瞬間、目の前が真っ白になった。


 次に目を覚ましたとき、俺は自分の中学生の時の部屋に戻っていた。心臓がまだドキドキと早鐘を打っている。周囲を見回すと、懐かしい風景が広がり、胸に熱いものがこみ上げてきた。


 デスクの上には、当時最新だったパソコンが鎮座している。古いCRTモニターの横には、プログラミングの書籍やノートが山積みされていた。手書きのメモやコードの走り書きが散らばっており、かつての俺がどれだけ熱心に取り組んでいたかが窺える。モニターの電源を入れると、懐かしい起動音とともに、古いOSの画面が立ち上がった。


 壁には技術やゲームに関連するポスターが何枚も貼られている。特に目を引くのは、当時の人気ゲームや映画のポスターで、色褪せることなく鮮やかに目に飛び込んでくる。『アストラルクエスト』や『銀河の守護者』のポスターが、その頃の俺の熱中ぶりを物語っている。


 ホワイトボードには、プロジェクトのアイデアや計画がびっしりと書き込まれていた。いくつもの落書きや図が重なり合い、過去の自分がどれだけ熱心に取り組んでいたかがはっきりと見て取れる。いくつかのアイデアは今でも使えるかもしれないと考えながら、それをじっと見つめた。


 本棚には技術書やゲームの攻略本がずらりと並んでいる。その中にはコンピュータやロボットのフィギュアも飾られており、俺の趣味がそのまま形になっていた。手に取ってみると、埃を被っていたが、その重さや質感は当時のままだった。


 床には作業に使うコードやケーブルが整然と並べられている。収納ボックスにはプロジェクト用のパーツや道具が収められており、いずれも大切に使っていたものだ。これらのツールを使って、新たな未来を築く決意がますます固まった。


 部屋の隅にはシンプルなベッドが置かれていた。そのベッドカバーには技術やゲームに関連するデザインが施されており、眠りにつくときも常に自分の世界に浸っていたことを思い出す。ベッドに腰を下ろし、その柔らかさに安心感を覚えた。


 窓際には落ち着いた色合いのカーテンが掛けられており、朝日が差し込むと部屋全体が明るく照らされる。外を見ると、中学校のグラウンドが見えた。少年たちが元気にサッカーをしている光景が広がり、俺も早くあの中に戻りたいという気持ちが湧いてきた。


 さらに、部屋の一角には小型のテレビが置かれており、ゲームコンソールが接続されている。テレビの近くにはコントローラーやゲームソフトが並び、いつでもプレイできるように準備されていた。懐かしいソフトのタイトルを見て、当時の熱中ぶりを思い出し、思わず笑みがこぼれた。


 クローゼットの前にはサッカーシューズやユニフォームが無造作に置かれていた。壁にはチームのポスターやサッカーの戦術ボードが掛けられており、練習用のボールも転がっていた。スポーツバッグも床に置かれており、練習用具が詰め込まれていた。


「今度こそ、成功してみせる」


 心に誓ったその瞬間、俺の中に新たな決意が生まれた。全てを手に入れるために、このチャンスを逃すわけにはいかない。

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