七日禍津日

「あら、氷華。どうしたの?」 


 チャイムを鳴らした後、扉を開けたのは私の母だった。いつもならば、鋭い目つきでこちらを見てくる母だが、今日ばかりは純粋に困った様な表情をしていた。

 

 それもそうか。

 

 突如、娘が実家に帰ってくれば、誰だって困惑する。


「ただいま、母さん。あのー、少し調べたいことがあって、帰ってきたんだ」


 ただでさえ、訝しげであった母の表情が更に険しくなった。



*



 スコップで庭の土を掘ると、目的の物はすぐに姿を現した。

 白い肌。茶色の髪。橘がプリントされた着物。どこを見てもその姿はマガツヒ様そのものだ。


 しかし、奇妙な事に、その人形は土まみれになっているものの、他の部分は何も劣化していなかった。


 まるで、さっき埋められたばかりのように。



――ずっと、ここで一人だったんだ。



「迎えに来たよ」



 あーあ、持って帰ったら洗わないと。



*



「倫理学のテキスト、スマホ、筆箱……」


 人形を持ち帰り、いつも通り夕食を終えた私は、鞄の中を整理していた。


 長い一日……いや、一週間が終わり、リビングの中は平穏を取り戻した。

 もう、何にも怯える必要は無い。


 本当ならば今すぐにでも寝たい気分だが、明日からは、また大学に行かなくてはならない。


 せめて、荷物を準備してから寝なくては。


 一通り鞄の中身を確認し、床に就こうとする。しかし、それより先に、テーブルからガタガタという物音がした。


 何事かと思い、テーブルの方を見る。


 すると、家から持って帰ってきた人形の傍に、鞄にしまい忘れたテキストが置かれていた。


 どうやら、テキストの存在を教えてくれたらしい。


 「ありがとう。マガツヒ様」



 テキストをしまい、再び掛け布団の端を握る。




 明日からは、また長い一週間が始まる。



 そして、これからも、数え切れないほどの過ちを私は犯すだろう。



 今までは、その度にマガツヒ様が私を諌めてくれた。


――私が、後悔の念に苛まれないように。

――私がまた、前を向いて歩けるように。

――私がずっと、『次』を求められるように。


 

 でも、もう、大丈夫。

 私一人でも前を向いて歩いて行ける。


 また、駅で倒れてしまった老婆の様に困っている人がいたら、必ず手を差し伸べよう。


 大切なのは、過去に囚われる事ではなく、『次』を求めることだ。

 少なくとも、マガツヒ様。貴方はそう言ってくれた。



「おやすみなさい」 



 そう、誰もいないはずのリビングに向かって呟く。すると、ほんの少しだけ、テーブルがガタガタと揺れる音がした。

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【短編】ナノカマガツヒ 白鳥ましろ(元白鳥座の司書) @sugarann

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