『マクガフィンを何故か握った強欲男』

小田舵木

『マクガフィンを何故か握った強欲男』

 硝煙が立ち上る。その中に紫煙を一つ加える。

 深夜の公園。すぐ近くには県警の本部があるのだが。

 この浅黒いガキどもはそんな事、知ったこっちゃなかったんだろうな。

 

 俺は硝煙と紫煙を肺に吸い込む。頭に補給されるニコチン。

 回ってなかった頭が回転を始める。

 俺は。荷を預けられた。仕事だ。コイツを運んで依頼先に届けちまえばカネが入る。

 しかし。この荷は。どうやら面倒なモノらしい。

 なにせ。数人の銃を持った浅黒いガキに襲われたのだから。

 

 俺が今居るのは福岡の吉塚よしづか

 外国語学校がある関係で外人さんが多く住む。

 その駅の東にある公園で俺は襲われた。

 特に用があった訳ではない。駅の西の『だるま』で海老天を食った後の腹ごなしに公園を散歩していただけだ。

 仕事中なのに散歩するなって?これは追跡対策でもある。

 目的地を目指して一直線ってのは、アホのすることだ。

 ルートをひねり倒して、追尾の目を誤魔化ごまかす。俺もアホではない。

 

 煙草が短くなる。視線を下に落とせば。浅黒いガキの死体。

 どうやらティーンエイジャー。深夜に銃で人を脅してカネを巻き上げていたんだろう。この福岡では良くある事さ。

 死体なんて放置しておけば良い。この街では銃殺死体なんてありふれている。

 一応。銃の薬莢だけは回収しておく。弾?体に食い込んだモノをどうこうするのは面倒くさい。それに。俺の使ってる弾はこの福岡じゃよく出回ってる東南アジアの密造品だ。そこから足がつく事はあるまい。

 

 フィルターまで吸った煙草。

 俺はそれを足で践み消して、携帯灰皿にしまう。

 そこら辺に捨て置けば、DNA鑑定の良い餌になっちまう。

 踵を返す。

 さて。これから、どういうルートで箱崎ふ頭で行こうか。

 

                  ◆

 

「この荷を箱崎ふ頭まで運べ。報酬は100万。中身は問うな、見るな」

「へいへい…で?箱崎ふ頭の何処に何時までに運べば?」俺は依頼主に応える。

「明日の夜中の3時。箱崎ふ頭の4号岸壁付近に」

「なんだあ?夜釣りでもする気か?」箱崎ふ頭の4号岸壁付近は釣り場になっていたはずだ。

「釣り客に紛れて。取引をするのだ。お前にはその交渉の道具を持ってきてもらう」

「自分で運んだらどうなんだい?」

「…下手に見つかったら面倒な荷に決まってるだろう?」

「あー。分かった。薬物絡みだな」

「…察しの良いアホめ」

「そりゃ。昨今、お宅らのビジネスの中心は薬物だ」

「そんな訳で。私が持ち運ぶのは面倒が多い。組織に関与してないお前ならサツに捕まってもシラ切れる」

「トカゲの尻尾扱いですか、そうですか」

「報酬は悪くないはずだ」

「100万こっきりでリスクを負えと?」昨今の円は価値が下落しきっている。100万なんて端金に過ぎない。

「成功したら、報酬を上乗せしてやる。100万は着手金って事にしておいてやる」

「交渉してみるもんだね」

「まったく…」

 

                  ◆

 

 俺は吉塚の東公園を出て。パピヨン通りを歩く。

 この荷。薬物絡みの品だが。どうやらそれ以上に面倒くさいらしい。

 なにせ。ガキに襲われた。タダの物取りなら良いが…俺の嫌な予感が当たっているのなら―

 

「この荷の取引。決して歓迎されるようなモノではない」俺は一人呟く。交差点で。

 

 この荷を介して行われる取引。モノは薬物。そして絡む組織…

 恐らく。この魔の街福岡のパワーバランスを崩すモノだ。

 この街では、豚骨ラーメン並の気楽さで薬物が消費される。大きなマーケットがある訳だ。そのマーケットを狙う組織は数多ある。だが。薬物を製造出来るまでの組織は限られている。

 

 この街の犯罪組織は。華僑のチャイニーズマフィア、東南アジア系のガキの群れ、ジャパニーズヤクザ、インド系のマフィアに大別される。

 その中で薬物を製造出来るのは、チャイニーズマフィアとジャパニーズヤクザのみ。

 そんな訳で。インド系と東南アジア系の奴らはこの2つの組織より資金力が劣る…

 

 ああ。だからか?

 さっき。浅黒いガキに襲われたのは。

 俺は東南アジア系とインド系の区別がつかない。

 ただ。浅黒いガキと言えば、東南アジア系かインド系だ。

 

 かの2つの組織のいずれか、もしくは両方が。今回の取引を歓迎していない。

 そりゃそうかも知れん。華僑と日本人が薬物絡みで協定を組んだら、薬物マーケットは完全に独占されちまう。

 

「まったく。面倒な仕事を請け負っちまったもんだ」俺は再び呟く。

 

                  ◆

 

 パピヨン通りから千代ちよを経由して、国道3号線沿いを歩く。

 深夜でも車通りのあるココなら下手に襲われる事はない…と判断したからだ。

 しかし、面倒ではある。なんで歩いているのか?

 下手に車を使えば、案外に目立つ。カーチェイスなんてまっぴらゴメンだ。

 …コンビニで自転車を借りれば良かったかも知れない。スマホのアプリ経由で借りれる自転車があるのだ。

 

 少し歩けば。巨大なショッピングモール。

 この辺りは少し面倒だ。閉店後の店の周りに東南アジア系のアホ共が何故か溜まるから。

 俺は出来るだけ気配を殺して通り過ぎようとする。

 が…

 

「―――」意味不明な言語で絡まれる。酔っ払った浅黒いガキだ。

「ここは福岡やろーもん。日本語で喋れ」

「オマエ、ナニシテル?ココハワタシタチノバショ」

「…ココはショッピングモールの敷地の近くの道だ。即ち国有地。知るか、お前らの縄張りなんぞ」

「ニホンジン、チカヅク、コロス」

「はあ?」

「ワタシタチノバショ!!」ガキが煩せえ。

「知らん。通せ。クソガキ」

「ワタシタチノバショ!!ニホンジン、カエル!!」

「知らんがな」俺はツバを吐き捨てる。ガキの足元に向かって。

「ケンカシタイ?カカッテコイ、コロス」

 

 結局。

 俺は酔っ払ったガキとケンカするハメになった。

 てっとり早く終わらせるなら銃を使えば良いが。

 ココは国道三号線な訳で。面倒くさいからステゴロでやる。

 話は早かった。酔ったガキなんぞ足払い一発で地面に沈む。地面に這いつくばったガキの頭を踏みつければ、ガキはうめいて動かなくなる。

 

「口ほどにもない」俺は吐き捨てて。ガキの頭をもう一度踏んづけて、三号線をひた歩く。

 

                   ◆

 

 箱崎ふ頭西側入口の交差点を西に折れて。汐井しおい公園の上にかかる橋を渡る。

 ココから箱崎ふ頭エリアになる。

 問題は。車通りはそこそこあるが。人通りはまったくないという事。

 ここらで襲われたらアウトだ。だが。ふ頭に行くにはこの辺を通らねばならない。

 

 福岡高速1号線の高架下を潜り抜けて。

 いろんな会社の事務所が集積するエリアに入る。

 ここにはもう、人通りなんかなくて。いつ襲われるか分かったものじゃない。

 しかし。ここさえ通り抜ければ、4号岸壁はすぐ側だ。

 しっかし、会社の事務所ばかりでコンビニ一つありゃしねえ。

 

 俺はガランとした道路をひた歩く。

 車がいないのを良いことに車道の真ん中を歩いてみる。

 今は午前2時。後1時間は余裕がある。

 

 

                  ◆

 

 無事。4号岸壁に到着。

 辺りを見回せば釣り客がちらほら。夜釣りを楽しんでいるらしい。

 この辺りからは。福岡タワーや福岡ドームが見渡せる。

 工場ばかりのふ頭だが。魚も生息しているらしい。

 

 時刻は2時半。

 完璧とまでは言わないが。先に到着できたのではないのだろうか。

 

 俺は岸壁に近寄って。海を眺める。

 後は取引に荷を運び込むだけ…

 

「そうは問屋が降ろさないってね」妙に流暢な日本語が聞こえ方に目をやれば。

 アングラースタイルの浅黒い中年の男。

 

「釣りでもしてなよ」俺はそう言う。

「もう、2、3釣ったよ」

「もう2、3釣っとけ」

「それも良い。昔を思い出す」

「なんだい?ココの常連かい?」

「うん。昔は仕事帰りにココに来てたもんさ」

「…技能実習生」

「そ。印刷会社で働いてたのさ」

「それが今や…ってかい?」

「ああ。気がつけばガキ共の親玉だ」

「ガキ共を食わせなけりゃならん訳だ」

「そして。君の荷が相手に渡ってしまうと面倒な訳さ」

「そんな事は知らんな」

「しかしだ。ウチの調べに依ると。君だってヤクザな訳じゃない」

「…調べが早くねえか?」

「東南アジア人を舐めてもらっちゃ困る。情報網があるのさ」

「そーかい。ならさ。俺を買収してみろよ。別にあのヤクザ共に恩がある訳じゃない」

「んー。現金だけじゃ無理かな?」

「日本円なんて紙くずみたいなモンだろうが」

「ドル建てで用意しても良いよ」

「そりゃ魅力。だが。ヤクザを裏切るんだ。アシも用意していただきたいね」

「…君には義理ってヤツはないのかい?」

「義理?んなもん、メシの種にもならねえ。俺はより良い条件であれば、そっちに着く」

「君みたいな奴が一番信用ならないな」ため息を吐きながら浅黒い中年の男は言う。

「だろうな。だが。俺はマクガフィンを持っている訳だ」

「なんでかね。君みたいなクソコウモリを信用してるヤクザはバカなのかな?」

「あまり頭は良くないんじゃねえか?警察の摘発が厳しいからって、取引のキーを他人に委ねようとはな」

「まったくだ。東南アジアな我々ならそんな事はしない」

「お前らは―内輪しか信用してないからな」

「…場合に依っちゃあ。内輪以外も信じるさ」

「そして俺がその例外になりうると?」

「ああ。君はカネの亡者だ」

「はは。そりゃそうだろ。カネしか当てにならん世の中だからな。義理人情なんてクソ程の価値もない」

「では。我々と取引してもらおう」

「呑んでもらうぞ。要求は」

「分かった、分かった…」

 

 俺は。浅黒い男―ベトナム人だった―と取引の詳細を詰める。

 高飛びのアシと現金で話は纏まる。

 

「さ。話はココまでだ。ブツを出してもらおうか」浅黒い男は言う。

「ああ―」

 

 ここで。俺の意識は途絶える。

 最後に聞こえたのは銃声で。

 ああ、やっちまったなあ、と思う。

 浅黒い男と現場で長話をしたせいで。ヤクザとチャイニーズマフィアが到着したらしい。

 まったく。話を性急に進めすぎた。

 場所ぐらい変えとくべきだったな―

 

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『マクガフィンを何故か握った強欲男』 小田舵木 @odakajiki

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