第3話 馬鹿な子ほど可愛い

 

 あれから更に5年がたった。

 10歳の誕生日を迎える一月ほど前の事か。

 丁度妹が9歳の誕生日を迎えて数日たったある日の事。


「兄上!兄上!」


 玄関先。外出をしようと、靴ひもを結んでいるとリンと鈴の音と共に後ろから声がした。

 振り向けば一瞬目の端で水色のスカートがふわりと舞う。肩までの亜麻色の髪をサイドテールに。鈴の付いた白いリンボンで結び、片手には木刀を握りしめた紫荻の姿がそこにあった。


「兄上、何処へお出かけですか?」


 今日も今日とて両親は居ない。弟は部屋で宿題でもしているのだろう。

 家の中は妙に静かで妹の声だけが通る。


「ああ。出かけて来る」

「私も着いて行きます!」


 言うと思った。

 ため息を付き、靴を履いてから立ち上がって真っすぐに妹を見据える。

 9歳になった妹。スラリとした細い手足に小さい顔。

 5年前と比べて更に可愛さの磨きが掛かっている。

 ただ、結局妹は俺の月になってはくれなかったが。


 そんな妹の最近の流行はこうやって俺が出かけるとき後を付けて来ることだ。


「だめだ。父さんにも母さんにも小十郎にも怒られる」

「嫌です。私も行きます!私は知っているんですから!兄上はお友達と喧嘩しに行かれるのでしょう!」

「いや。してないって言っているだろ」

「嘘です!紫荻もいきます!殴り合いでしたらお任せください!お力添えできます!」

「聞こうよ人の話」


 正確に言えば、なぜか俺が喧嘩しに行くと思って着いてきたがる。

 別に友達と会うだけなのだが。別に喧嘩とかするつもりは毛頭無いのだが。

 そもそも何故そんな勘違いに至ったのか。コレも簡単だ。最近高校生が喧嘩する青春ドラマに嵌まっているから。

 その結果、男が数人集まれば喧嘩するものだと学んでしまった訳だ。


「お前、ドラマに影響され過ぎだ。ちょっとは現実と言うモノを――」

「だってつまらないです!」

「なにが?」

「現実が平和すぎてつまらない!!!」

「だから何が!」


 理由を聞けばいつもこうだ。現実が平和すぎてつまらないとか言う。

 つまらないから暇つぶしが喧嘩とはどういうことだ、一体。そりゃ両親も心配すると言うモノだ。


「そもそもその恰好で喧嘩しに行くつもりか?」


 スカートを指す。喧嘩をしに行くとしてもおれに付き合って遊びに行くにしても、だ。流石にその恰好は無理だろう。指摘されてか紫荻の顔が不服そうに、眉が吊り上がっていった。


「だって、それは母上がフリフリした物しか買ってこないから……」

「ソレはお前が元気良すぎるからだ。母さんの小言を幼いころから聞いていたお前なら分かる事だろう。折角娘が出来たのにおしゃれしてくれないとか、ママと呼んでくれないとか嘆いていたぞ」

「それは兄上がやればいいのでは?」


 コイツ。すんと言いやがった。

 俺がやれば良いのか?

 何か絶対に間違っている気がする。コホンと咳払いを一つ。


「何はともあれ、そんなフリフリの妹なんて連れて行けない!――俺が笑われる」


 というか、妹を連れて行くだけで笑い物だ。

 一度1人が御守と言ってを連れて来たが笑い者にされていたのだから、誰が妹など誰が連れて行くか。

 それが今日の俺の決定だった。何があっても変える気は無い。それにこんなに可愛い妹を連れて行けばあいつらがどんなに興奮するか。

 ――あれ?今何でおれはそんな事を……。


「ご心配なく――!」


 俺が疑問に首を傾げていた時だ。

 ふと今までで一番響いた紫荻の声に驚いて顔を上げた時、目の前に妹の顔があった。

 整った顔で俺を睨みつけて不敵に笑う。そんな顔も実に可愛いのだが。


「私は――。私はですので、兄上の心配には及びません!」


 ――なんて言ったこいつは。


 ふんと紫荻が鼻を鳴らす。

 ドヤっとした顔で腰に手を当てて。

 いや、違う。今こいつはなんて言った?

 え?弟?


「弟?」

「はい!妹では……。女では何かと不便なので紫荻は今から男として生きる事にしました!」

「…………なんて?」


 いや。本当になんて?

 思わず紫荻の顔をガン見したが此方の視線なんて気にすることも無くドヤ顔で続ける。


「そもそも昔から女は生きにくいのです!礼儀作法?茶に花に琴?歳が来たら婚礼だと?私は刀を振るっていた方が楽しい!だのに、小十ときたら!」

「いや、小十郎は其処まで煩くないだろう。刀?」

「あ、いえ、コレはむかーし。昔の話」


 てへ、ぺろ。

 いや、そこは何処で覚えたんだ。

 少し頬を赤くしてコホン。


「何はともあれ、紫荻は決めたのです!私は男として生きようと、幼いころから!」

「幼いころから?」

「はい!なのでほら、政道兄上のマネをしてお兄様お母様呼びから兄上や母上呼びに変えましたし!」


 嗚呼、なるほど。

 ――。わからん。


 そもそも政道は兄様とも兄上とも呼ばないし。兄さん呼びだし。

 その古風な喋り方、ドラマの影響じゃなかったのか?

 というか、この子馬鹿なの?どうしようもないほどに馬鹿なの?そんなドヤ顔で言い切って。


 いや昔から語学とか苦手だったけどさ。

 運動は凄くて勉強は今一つだったけどさ。馬鹿だった?


 ふと気が付く。

 階段の上で政道がどうしようもない顔で此方を、紫荻を見ていることに。

 気持ちはわかる。兄弟が思った以上に馬鹿だったら、そんな顔になる。

 そんな理由で兄上呼びだったのだから。


 いや、しかし。


「…………分かった。お前は弟だったんだな」

「兄上!」

「ぶふぉ!!」


 遂に政道が噴き出した。

 腰から崩れん勢いで俺を見ている。

 ――え?を見ている?何故?


 理屈も理由も分からんが、紫荻こいつが弟と言えば弟だろう?

 ただ弟でも許せないモノがある。


「弟なら尚更その恰好は止めろ。女みたいだ」

「ええ全くです!」


 紫荻は大きく頷く。俺の言葉に同意したようだ。


「だったら、政道にでも服を借りてこい。背格好は一緒なんだ。服ぐらい合うだろ?」

「ぶふぉ!!」


 あ、本日2回目。

 それも僕を巻き込まないでくださいと言わんばかりの目でこっちを見て来る。


「はい!」


 それに知ってか知らずか、気付いているのか気付いていないのか紫荻は元気よく頷いて階段を駆け上がっていたし。

 まぁ、何だろう。

 何故か母に酷く申し訳ない事をしたのは気のせいだろうか?気のせいにしておいた方が良いのだろうか。

 あとで絶対に怒られる気がするのは気のせいでは無いと思いながら、紫荻を待つ事にしよう。


 ソレにと思う。

 紫荻が男なら悪い虫もつかないと何処か安心しも出来ると言うモノだ。

 ほら、アイツが弟で何も問題ないだろう。


 ああ、でも一つだけ問題があるか。

 紫荻も弟であれば政道と被る。

 コレからは弟妹で区別が出来ない問題が出て来たな。――なんて。


「――普通に紫荻と呼べばいいか」


 いや、問題はなさそうだ。

 そう判断して、俺は紫荻が来るのを待つのだ。

 少しして政道が降りて来た。酷く呆れ果てた眼で俺を見る。


「兄さんって紫荻に甘すぎじゃない?頭おかしいよ」


 ――なんで?



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伊達さんストラッグ 海鳴ねこ @uminari22

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