プロローグ 伊達紫荻の人生 2
「ああ、もう。またか!」
真っ暗な闇の中、目を覚ました私は荒々しく声を上げた。
何も見えず、どことなく浮遊感が感じるこの空間で私は胡坐を掻く。
苛立ったように頭に手をやって、声を張り上げる。
「これで何度目だ!ああ、全く口惜しい!」
勢いと気持ちのままに声を荒げ、思い出すのは数刻前?多分数刻前の事。
兄様の祝言の折、兵の者達によって無残にも殺されたあの瞬間。
冷たい兄様の瞳を思い出しながら大きくため息を付いて私は飽き飽きしたようにその場に倒れ込んだ。
忌々しく荒々しい気持ちはなかなか消えてくれない。
この気持ちを振り払う様に私は今までの事を思いだし、並べ立てる事とした。
さて、まず確認として自分を思い出す。
名は紫荻。姓は伊達。
奥州が伊達家。
そして兄に独眼竜こと伊達政宗を兄にもつ伊達の武将かつ姫と呼ばれる存在だ。
――。
と、いっても父母とは実際の所は血の繋がりはなく。
伊達が拾った養子。兄様の義兄と言う立場になるそうだが。
なんでもある日、母上の前に毘沙門天が現れ私を指し出したらしい。「これは私の化身である」とかなんとか言って。
不貞を疑った父上によって3つまで織田家に人質として差し出されて竹中半兵衛さまに育てられたのだが、今じゃどうでも良い事だ。
その後は伊達の姫と、政宗公の妹として育てられたのは事実だから正直血の繋がりとかどうでも良い。
父上は厳しかったが私を受け入れてくれたし、母上は何処までも優しく私に接してくれて、兄達も可愛がってくれたし。十数年育てて貰った。結果的に何処まで行っても私は伊達の女だ。
「はぁ」
そんな私が何故此度殺されたかと言うと、これまた簡単。
兄が愛した女を殺そうとしたからである。
女の名は花。
豊臣側の娘であり、元は伊達家に人質として送られてきた姫と言う。
歳は私と同い年。兄様と比べれば3つ下と言えばよいだろうか。
織田の市姫様や従妹の駒姫様ほどではないが愛らしい顔立ちの女である。
そんな人質の女が何故兄様と祝言を上げる事となったかと言えば。知らん。
奥州で暮らしていくうちに兄様や小十郎がすっかりほだされ、惚れ込み正室として迎え入れると唐突に決めたからである。
この戦国の世。名のある武家の当主が恋愛結婚など信じがたい事だが、兄様は本気だった。
周りだって乗り気であった。
伊達に仕える兵たちも、最初は警戒していた小十郎も。皆、皆。母上と、そして私以外が誰もが当然の様に受け入れていた。
私と母様がどんなに反対しても伊達家の当主となった兄様の意志は変わらず御威光のままに。あのような事態になった訳である。祝言の場で花嫁を殺そうと切り掛かったと言う事。
此処まで聞くと他人からすれば私の行き過ぎた行為と誰もが思うかもしれない。
兄と嫁の事柄に嫉妬し気が狂った妹とか?言われるかもしれない。
でも此処で私だって言い訳させて欲しい。
兄様が愛した女。
兄様が恋愛の末、嫁にしたいと望んだ女。
それが兄様の選んだ決断で、花という彼女もまた兄様を愛してその想いに答えたと言うのなら私だってそれを受け入れただろう。
――そう。
兄様と言うモノがありながら手当たり次第に男に手を出し、挙句の果てに一妻多夫性等と言う気が狂った祝言を上げる女でなければ、の話である。
言い切ってしまおう。
花と言う女は兄様だけを愛した訳じゃなかった。
兄様の右腕である小十郎。
国を飛んだ先。
天下人で有らせられる豊臣の秀吉様、石田三成様。
四国の元親様。毛利の元就様。真田の幸村様。それから、えっと?もう数えきれないほどの国の大名や武家の者達を全て自分自身の夫とするとおぞましい事を仕出かしたのだ。
それも皆が乗り気で、一切の疑いも無く。愛だとかなんだとか抜かして。
これで兄が気狂ったと思わぬ妹が何処にいるか!
一夫多妻があるなら一妻多夫もあっても可笑しくないだろうなんて、頭おかしいだろうが!私が間違っているとでもいうのか!!
そもそもだ、兄様には
国の為の結婚とはいえ、それが当主の役割ならばとお互いに受け入れていたではないか!
それを兄様は一方的に切った。これからは花だけを愛したいからと、取り付く島もなく婚約を無しにしたのだ。
何度も言うが、コレは国と国の結びつきの大事な婚約だったと言うのに!
兄様には何度も忠告した。無視されて嫌悪にも似た視線を送られたが、伊達の当主として目を覚まして欲しいと懇願した。結果はあの様。
花と言う女と兄様の祝言で私は殺されたという訳。
コレを口惜しいと言わずとしてなんになるか。
「……はぁ」
私は溜息を付く。
暗闇の中、目を開いて心から思う。
――本当に、コレは何度目の出来事になるのだろう……と。
おかしな話をする。
私。伊達紫荻が死ぬのは、花と言う女が原因で死ぬのはこれで十数回目となる。
別に気が狂っている訳じゃない。
ただ事実的にどうしようもなく私は10回以上死んでいるのだ。
それも毎回同じ死に方という訳でない。
最初の記憶は一回目の死。
あの時は今よりずっと早く私は花と言う女の危険性に兄様に進言していた。
でもどうあっても聞き入ってくれない。
花と言う女が来てから兄様も皆も可笑しかったのは確か。
妙に甘ったるい匂いの花に、其れこそ吸い寄せられていくよう蝶のように男が群れる。
高級な着物を何着も与え、豪勢な宴を何日も開き、戦場にすら役立たず手しかない彼女を見せびらかす様に連れて行く。花の為にと休みなく徳川と戦の毎日。
そんな事をすれば民は廃れ心が離れていくのは当然で、奥州は目も当てれ無い程に衰退していった。
国は民だ。私達の生活も戦も民の力で動いていると兄様は充分に分かっていた筈なのに。
この愚行をどうやって辞めさせるべきか。
話し合いには兄様は乗ってくれない。私の話は一切聞いてくれない。
諸国に助けを求めようなんて考えも出来ず、私が下せた決断は1つしか無かった。
簡単だ。今回と同じ。花を殺す。
腕には自信が有ったから、刀を片手に彼女の寝室に向かい寝込みを襲う。
その場に兄様が居るとも知らずに。
結果も今日と同じ。兄様に邪魔され、私は深手を負った。
今日と違う事は死ななかった事か。ただ、足の健は切られ腕の健は切られ。私は将としての終わりを迎えただけ。
その後は暗い部屋に幽閉され、俗世の事など何も分からないままに過ごし、まるで邪魔者扱いされる様に適当な豊臣の武将の所に嫁に出され暴力を受け死んだ。
眼が覚めたらいつもと変わらない自室であったのだが。
コレは長い夢であったかと受け入れたのも束の間。二回目が訪れた。
普段通り過ごしていたら、また花と言う女が伊達家の前に現れた。
一目見た時あの夢は予知夢だったのだと悟り、私は即座に花が兄に近寄る前に彼女は危険だと進言した。ちょっと申し訳ないが敵国の忍びの可能性があると偽って。
前回と違い最初こそ私の言葉を信じてくれた兄の手によって花は幽閉され、暫くのち自国の姫だと名乗りを上げた豊臣の元へ送られることとなった。これで一安心だと思ったのだが、豊臣へ手渡す日。
本当に唐突に兄様が花について豊臣に付いて行くと言い出したのだ。
今思い返しても本当に意味が分からない。
なんでも投獄されている間に兄は気晴らしに花の元に通っていたとか、そこで絆を結んだとか?
だから何だと言うのだ。可笑しな点しかないのだが。そう思うのは私だけか?
そもそも一国の主が女の尻を追いかけて国を留守にするなんて気が狂っているとしか思えない。
小十郎も着いて行くとか言うし。国の問題は私に押し付けられると言う。
しばらくしたら豊臣様と花の婚姻の知らせだ。抜け殻の様になった兄が戻って来たのは直ぐの事。伊達はそのまま豊臣に下る事になった。どういう事?と言いたいが真相は最後まで知ることは出来なかった。
私が花に嫌がらせをしていたとか言う根も葉もない噂が流行ったから。結果、私はほぼ気が狂った彼女の虜になった者達の手によって起き上がるのがやっとの身体になるまで叩きのめされた。
その後は兄の最後の計らいで真田幸村様の元に嫁いだけど、生涯戦にも出られず。最後は夫の為に死んだ気がする。ここら辺はうろ覚えだから霞が掛かった様に思いだせない。其れなりに幸せだったので良かったは、良かったのかもしれないが。最後の最後まで兄とは和解すら出来なかった事は魂に残るぐらい心残りだ。
――と、まあそれが二回目の記憶。
気が付いたら、また自室だった。
それからと言うモノ、私は取り敢えず酷い目に合う。
毒を飲まされ打ち首に会い遊女に売られ、島流しも多数。
いろんな目に合って来たけど、死因はバラバラ。共通する点は必ず私は誰かの手によって戦に出られない身体にされると言う事。その苦痛が数年から数十年続き、最後は呆気なく殺されると言う事。
最早、愉快。
笑うしかない人生である。
あれ、アレだろうか?
実はここは地獄で無限の責め苦を私は受けているのだろうか?
だったら地獄の閻魔様というのは実に人を良く見ている物だ。
この私から
「あーあ。せめて戦場で討ち死にできたならな」
思わず私は声を漏らす。
こうなったら何度だって言ってやる。
せっかくの戦国の世。刀を持ち戦場を駆け巡る戦乱の世。
だのに、だと言うのに戦場で死ねないとは、と言うか戦場に出られないとか?
「――全く、なんてつまらない人生だったのだろう!」
私は三度の飯より戦場を駆ける方が好きなのである。
狂戦士とか不名誉なあだ名は私のモノだ。
――。
「はぁ」
吠えてから溜息を付く。
いや。狂戦士は受け入れている。
正直、あの戦場の緊張感とか?好敵手と対面した時の高揚感とか?
どう言い表せばいいのか分からない感情が高ぶって、戦場では暴れまくるのは事実だし?
血まみれの私を見て腰を抜かし、逃げて行く兵を切り捨てるのも何時もの事で、幾度となく小十郎に説教されたし?
何時も暇だから屋敷を抜け出して他国の
でも、言い訳を一つ残しておくが、伊達に敵対したことは一度だって無いのだから小十郎もあんなに怒り狂わなくても良いと思うのだが。私だけだろうか?
と、まあそんな事は良いか。
なつかしい思い出を振り払い、私は再び私の人生を思い出す。
ま、アレだ。
――狂戦士だとしても女狐には勝てないと言う事か?
「そんなバカな!相手はただの女だぞう!」
身体を起こし、馬鹿な事を口にしてから再度私は大きくため息を付いた。
再度倒れ込むように身体を横にする。
私は確かにイカれているのだろう。
敵と見るや容赦なく切り掛かって殺す化け物だ。
三度の飯より戦が好きで、
きっと私は戦場で最後を迎えるのだと何処かで感じていた。
それでも。
それでも私は、戦場以上に、兄と伊達家が好きだった。
「……何が駄目だったのでしょう」
私は幾度となく殺される。
戦場で死にたいと言う願いを無碍にされ、下らない事で死ぬ。
花と言う女に関わって死ぬ。
花と言う女を殺そうとしても死ぬ。
必ず兄が、私の周りにいる人たちが壊れて可笑しくなって。
何が間違っていたのだろうか。
花と言う女を最初に殺さなかったのが悪いのだろうか?花と言う女を見つけたことが悪いのだろうか?
コレは億度となく繰り返される中で必ず起こる事象。
なんと言うか、奥州に迷い込んだ豊臣の娘――花と言う女は必ず私が最初に見つけると言う事。
彼女を見つけなければ良かったのだろうか?
でも、その事象に気が付いて私が幾度となく阻もうとも女は私の前に現れる。
すぐ様に切り掛かっても伊達のモノが邪魔をする。
だったら
男であればまるで妖術でも掛けたように骨抜きにする、あんな女……。
伊達家の未来を考えれば、日の本の事を考えれば――?
――無理だ。
こんな私でも昔から大層可愛がってくれた恩がある人たちだから。彼らだけは殺したくない。
それともこんな思いこそが無駄なのだろうか?
伊達の事を考えて、逃げる事だけは絶対にしなかった。
彼らの行く末が、兄の顛末が余りにも不遇な未来しか見えなくて見捨てられなかった。
でも、この気持ちこそが間違いだったのだろうか?
――何もかも捨てて、私は
逃げるべきだったのだろうか?
「……」
私は無言のままに唇を噛みしめる。
きつく目を閉じれば身体に温かな光が当たるのが分かる。
嗚呼、時間の様だ。
次目を覚ましたら、また自室なのだろう。
まだ優しい兄がいる屋敷で目を覚ます。
そして私はまた、戦場にも出られない、誰からも愛されない苦痛と言う未来へ駆け出す。
もしかしたら、これ等を受け入れる事こそが正解なのかもしれない――。
「――馬鹿らしい」
私は私の考えを否定する。
受け入れ掛けた答えが余りにも馬鹿らしく感じて。
どうして私だけ不幸にならなくてはならないのか。戦場で死ぬと言う些細な願いも叶えられない。
幼いころに願った戦国の世の終わりを、日の本の行く末を見られずにただ無駄に命を落とすなんて。
そんなの絶対に嫌だ。
これが閻魔様の地獄でも良い。
だったら私は、全てを捨てて逃げてしまう――。
次の世界では必ず、生き残って見せると。
心に決めて、目を開けた。
――。
小さな手、ぷにぷにとした小さな手。
言葉も発せず、見たことも無い天井をただ茫然と見つめる。
次に目が覚めた時、赤ん坊迄戻っているなんて誰が思えよう。
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