第1話 妹が出来ました
「いやぁぁぁぁ!!いやです!!おとーしゃま!!」
玄関の先で泣き叫ぶ声が響く。
俺の目に映るのは困った顔をしたオレンジの髪の男と、それに縋りつく俺より小さな子供の姿――今日から俺の“妹”になると言う存在の姿だった。
因みにオレンジの髪の男は妹を今まで世話していた養父、名前は確か竹中半兵衛と言う。
彼の職業は良く分からないが、親に捨てられたりした訳アリの子供を新しい親が見つかるまで面倒見ていると言うモノ。そして泣き叫ぶ妹は先程も言った通り、今日から俺の家の子になると言う事。
その妹が何故半兵衛に縋りついているかと言えば、簡単だ。俺の家。この伊達家の子供になるのが嫌らしい。さっきから耳が痛くなるほどに泣きわめいている。
父と母、半兵衛と言えば泣きわめく妹の前で慌てふためくばかりで、一つ下の弟は俺の隣でつられて泣いている。
地獄絵図と言うモノはこういう物だと4歳ながらに悟った。
「紫荻ちゃん、こないだまであんなに懐いてくれていたじゃないか」
「そうよ。いったい何が嫌なの?」
両親が宥める様にぬいぐるみとか手に持って妹をあやす。
ぴーぴーぎゃーぎゃ泣く妹が空の様に澄み渡った蒼い瞳で何故だか俺を睨みつけたのは、正にその時だ。
「いやです!!!」
――。
……どうやら俺が嫌らしい。おかしな話だ。今日会ったばかりの筈だが。
出会って一分も経たないうちに嫌われたと言うのか。何かしただろうか?さっき、笑いかけたのだがソレが怖かっただろうか?まだ4歳だけど上手く笑えないのだ。勘弁してほしい。何故だろうか。酷く悲しくて泣きたくなってきた。
「お兄ちゃんが怖いの?」
「ちがいます!いやです!」
「お兄ちゃんが出来るのが嫌なのかな?」
「いーやーでーすっ!!!!」
両親が再び聞くが、妹は手足をバタつかせ泣きわめく。隣に居た弟が同じように泣きわめき始める。
どうしよう、泣いていいだろうか。
本当に何かしただろうか?なぜそんなに嫌われる必要があるのだろうか。あ、涙が出て来た。我慢しなければ、俺はお兄ちゃんなのだから、此処で子供が三人泣き喚くとか収拾がつかない。
「紫荻ちゃん。大丈夫だから、此処に居る人たちは皆優しいって事は知っているだろう?」
「いやです!おとーしゃまがいいです!」
「紫荻ちゃん。君の部屋も玩具も沢山用意してある。他に欲しい物があるなら買ってあげるから機嫌直そうね」
「なら、へいおんなせいかつー!!!」
いや、平穏な生活って。
しかも俺を見ながら言い切った。俺が居たら平穏な生活が送れないと言う奴か?
と言うか何処でそんな言葉覚えたのか。
今の言葉で完全に折れてしまったのか、両親は酷く困った顔をして顔を見合わせ合っていた。
響くのは子供の泣き喚く声だけだ。
――。
「ひっく、ひっく。おとーしゃまぁ……」
あれから一時間。
結局のところだが、妹はほぼ引き剥がされる形で義父とお別れする事となった。
どうやったかと言えば大人三人がかりで、こう……無理矢理。
今は玄関、扉の前に蹲りグスグス泣いている。
流石に可哀想な事をしたのでしばらくはそっとしておこうと言う両親の判断で1時間はあのまま。
毛布を体に掛けられて、それでもグズグズ泣いている。それを俺はリビングの中から見つめている訳なのだが。
それからまた5分。
流石にあのままにしておくのも可愛そうではないか?心配になって来た。
今日から家族になる訳なのだから、もっと気を使ってやるべきなのではないか?
悩む。
恐る恐ると足を踏み出したのは、それから更に5分ほど経ってからの事だ。
「おい」
声を掛ける。
「おとーしゃま……」
無視された。
少しの間。
「おい、おいってば!」
どうしようもなくなって腕を引っ張ってみた。
「いやぁ!!!」
凄い力で振り払われた。ちから強。
ちょっと心が折れそうになった。お兄ちゃん泣きたい。
でもこの子は妹だ。ここで負けてはいられない。
とりあえず膝を付いて顔を覗かせる。
「おまえ、今日からおれの妹だろ?なんでそんなに…………お、おれが嫌なんだ?」
言って辛くなった。
「……」
「……おれは今日からおまえの兄ちゃんだ。おまえの嫌がることとかしないし、おれは兄ちゃんだから、お前をまもる。おまえを泣かすやつはゆるさないし、イジメてくるやつは……えっと、叩いてやる。やくそくする。だから――」
「いまこのじょーきょーがいじめです!はめつです!じんせいはめつ!」
え?そこまで?優しく声かけただけなんだけど?
人生破滅しちゃうの?俺何したの?いや、なにするの?もしかして存在するだけで?存在がいじめ?
いや、まて。冷静になれ。子供の力で何が出来る。何も出来まい。きっと妹の言っていることはアレだ。空想的な妄想的な。そんなアニメでも見たに違いない。なんて教育上に良くないアニメだ。
「――しない」
「します!!」
「しない」
「します!おかしなおんなにたぶらかされて、わたしをすてます!それでうりとばしたり、ししをきりおとしたり、せっぷくをめいじたり、ふんだりけったりです!!」
「し、しない!!!!」
何それ怖い!どこでそんな言葉覚えて来たの?深夜アニメ!?
俺の否定を無視して妹は泣きわめく。
「せっかくおとーしゃまのところにうまれかわって、こんどこそあんたいとおもっていたのに!あんまりでしゅ!だてけにはかかわらないってきめたのに!!うわぁぁあぁぁぁん」
おい、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ?
俺は1年前から妹が出来ると聞いて楽しみにしていたのに。本人は伊達家に関わりすら持っていたくなかった、だと?
泣くぞ?泣きたいのはこっちだぞ?そのぷにぷにした頬をツネってやりたい。
いや、ツネりたいと思う前に既に俺の腕は動いていた。
「するか!!」
柔らかい頬を容赦なくつねり上げる。
「いたい、いたい」と声が聞こえたが、こうなれば無視だ。
むしろ更にぎゃん泣きする前に声を荒げて言う。言い切ってやる。
頬から手を離して、びしっと指を彼女の顔先に差して。
「おれはおまえの兄ちゃんだ!そのおれがなんでおまえに酷いことをする必要がある!」
「そういって、けっきょく――」
「うるさい!兄ってやつは下の兄弟をまもるものだ。何があってもまもって絶対にうらぎらない!それが兄貴ってものだろう!だからおれは絶対におまえを2度とうらぎらない!」
感情から搾り出た言葉のまま言い切った。
きつく言ったせいか息は荒く肩が上下に動く。
真っすぐに見つめた蒼い瞳は、同じように真っすぐと俺を見ていた。
俺を見る瞳の色は完全に疑いの色がにじみ出ていたけど、その瞳を真っすぐ見据え絶対に逸らさない。
俺に気圧されたのか、勢いに負けたのか、妹の瞳から敵意が僅かに無くなったのはそれから数秒後の事だ。
いや、もしかしたらこの状況に諦めただけなのかもしれない。それでも。
妹が今までと違い、怯えにも似た色合いで縋る様に俺を見上げて来たのは確かな事だ。
「――しんじられません」
「だったらあれだ。おれがうらぎったら、おまえの好きにしろ」
この期に及んでまだ、なんて思わない。
妹の問いに直ぐに答えを出したら、妹は少し悩む様な表情を浮かべる。
少ししてきりっとした顔を上げて言った。
「じゃあ、かたなできりころします!こんどはよけないでください!」
「…………わかった」
いや、怖いな。
勢いで頷かなきゃと思って頷いたけど、怖いよ。
本気じゃないよね?この時代に刀とか見ないし。そもそも今度って何。
――まぁ、と思う。
とりあえず泣くのは止めてくれた。
後ろで何やら感動したかと言わんばかりのすすり泣く声が聞こえるが気にしない事とする。
俺は改めて妹に手を差し伸べる。やっとと言うべきか、改めてと言うべきか、自己紹介が必要だろう。そう思って。
「――おれは政宗だ」
「しっています!」
何故知っている?
いや、こほんと咳払いを一つ。
「おれはおまえの名前はしらない」
嘘だ。本当は知っている。アレだけ名前を呼ばれていたら嫌でも覚える。
だが、コレはこれから兄妹になるのだから必要な事だろう?
不満気な瞳が俺を見つめる。それも僅かな事。
小さな手がおずおずと俺に伸び、手を取った。
「…………しおぎです。…………あにうえ」
小さい声ながらもはっきりと。
そんな妹に俺は小さく笑みを浮かべるのだった。
それにしてもと思う。
一応事前に聞いていたが、兄上とかお父様とか。刀とか?やっぱり妙に時代芸かぶれだなぁ、と。
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