第4話

 執務室を出たカスールに、ゴンザレスが問いかける。


「カスール殿も人が悪い。元々あの娘がお目当てでしたな?」

「多少、田舎くさく垢抜けない娘ではあるがな。まあ、少しは楽しめるであろうよ」

「税を用意してきたらどうなさるので?まあ、まず無理でしょうが」


 本来、復興のための追加の税などありはしない。いや、無いわけではないのだが、領主よりカスール達領主代理に言い渡されていたのは、各町や村を視察して回り、支援が必要であれば前向きな検討をする準備があることを伝え、その現状を領主に報告することであり、余裕のある街や村には無理のない範囲で後日徴収する旨を伝え、やはり領主に報告することであった。

 領主の目の届きにくい辺境に於いて、カスールがありもしない「領主代行権限」を振りかざしてその場で勝手に税を絞り上げ自分の懐に入れたり、時にはめぼしい女を差し出させたりしていることを、ゴンザレスはよく承知していた。


「その時はとして、ありがたく徴収するまでよ。さもなくば、お前達への報酬分がそのまま赤字になってしまうからな。その上で税の代わりとして娘は頂く。まあ、後でお前達にもさせてやる。飽きたら娼館なり奴隷商なりに売り飛ばせばよい」


 東の王国に於いて、犯罪奴隷や借金奴隷以外の奴隷の取引は禁止されている。しかし戦乱からの混乱の裏で、闇奴隷商が暗躍しているのもまた事実であった。


「ふふふ…本当にカスール殿は人が悪い。あいつらもの後にご褒美があると知れば、より張り切ることでしょう」

「ふん、なお前には言われたくないわ。それよりも、くれぐれも明日までは皆を暴れさせるでないぞ?反感を買えば必死に抵抗するようになる。それでは取れるものも取れなくなるからな」

「承知しております。食堂で騒ぐ者がいないか、少し様子を見て参りましょう」

「頼むぞ。私は先に部屋へと上がらせてもらおう。明日が楽しみであるな」


 村長宅を出た二人は、すぐ近くの宿屋へと向かうのであった。





「宿屋が視察団で貸し切りって、酷くないですか!?今夜は野宿しないで済むと思っていたのに」

「そんなに部屋数も無い小さな宿だからなぁ。視察団も全員が泊まれているわけでもないし、仕方あるまいて」


 蜂蜜酒ミードを片手に愚痴るジョンを、向かいの席でこちらはエール片手のジョセフが苦笑いしながらジョセフが宥めている。

 ジョセフの言うとおり辺境の村の小さな宿屋では、護衛だけでも20人を抱える視察団を受け入れるだけで満室になるのも、当然と言えば当然であった。


 併設されている食堂兼酒場も貸し切りとのことであったが、他に食事を取れる店も無く不憫に思っていた店主への顔馴染みのジョセフの口利きもあり、何とか食堂の片隅で果実酒と食事にありつけたジョンであった。


 尚、ジョセフは荷主の雑貨商の家に泊めてもらうとの事で、何とか一緒に泊めてもらえないかお願いしてみようかと言われたものの、流石にそれは申し訳ないと辞退したジョン青年。

 ジョセフ、とことん良い人なおっちゃんである。


「しかしお前さん、エールは飲まないのかい?ミードじゃ甘いだろ」

「…苦いの、苦手なんですよ…」

「いい歳してお子様か!」

「大きなお世話ですよ!大人だって甘い方が好きなのもいるんです!」


 むくれるジョン青年、ちなみに25歳独身彼女なしである。


「にしても…視察団てこんなに護衛が多いものなんですか!?おまけに冒険者ばっかりみたいですし」

「戦前にも視察団が来たことはあったが、その時は護衛の数はせいぜい10人くらいだったと思うぞ?まあ、今の方が治安も悪くて人手も無いんだろうが」

「いや、いくら治安悪くなってるって言ったて、視察団襲う馬鹿な盗賊もいないでしょ。実入りないし。人手足りないって言っても、領軍の騎士や兵士が一人も居ないってのも変だし。…それに、なんだかやたらガラ悪いし」


 食堂を占拠し大声で談笑している護衛達を見て、眉をひそめながら声を潜めてジョンが言う。


「おいおい、滅多なことを言うもんじゃないぞ!?目を付けられたら厄介じゃ済まんぞ」


 ジョセフが窘めるが、それは少し遅かった。


「おうおう、兄ちゃん、なんだその目は!?なんか文句あるのか!?俺たちの貸し切りのとこをお情けで飯食わせてやってるのに、態度がでかいんじゃねぇのか!?立場ってモンがわかてんのか!?ああん!?」


 半目で眺めていたジョンと目が合った護衛が、立ち上がって絡んできた。

 見事なまでのチンピラっぷりである。


「いやぁ、済みませんね。こいつ、長旅で疲れてるところに酒飲んで酔っ払っちまったみたいで。眠くなって瞼が落ちてきてるんですよ。な?」

「ジョセフさん、別に酔っちゃいないよ。冒険者としてみっともないと思って見ていただけさ」

「おい、ジョン!」


 とっさに言い訳してやり過ごそうとしたジョセフに、真っ向から否定して堂々と言い放つジョン。更に絡んできた護衛に言い放つ。


「あんたら、護衛任務の最中だろ?なに飲んだくれて大騒ぎしてんだよ。任務遂行中って自覚あるのか?今、魔物が襲ってきたらどうするつもりなんだ?全く飲むなとは言わないけれど、そんなんで恥ずかしくないのか?同じ冒険者と思われたくないね、俺は」

「んだとゴルァ!!やんのかてめえ!!ナメてんじゃねえぞ!!」

「ジョン!!」


 殴りかかってきた護衛に思わず声を上げたジョセフは、次の瞬間驚きで声を失う。


 護衛の拳をスッとよけたジョンは、その腕を掴んで背中へとねじり上げると共に、立ち上がりざまに護衛の膝裏を蹴りつけて床へと護衛を叩き付け、膝で背中を押さえつけて一気に制圧してしまう。


「…沸点低すぎるだろ。おまけに弱いし」


 ニヤニヤと様子を見ていた他の護衛達が、一気に立ち上がり剣を抜こうとしたその時。


「やめろ馬鹿共!何をしている!!」


一喝し護衛の動きを止め食堂に入ってきた大男に、ジョンが問いかける。


「…あなたがかい?」

「A級【戦士ウォーリアー】のゴンザレスだ。よそ者か?俺を英雄と知っていると言うことは、我々が領主代理巡回視察団と知っての狼藉だろうな、小僧?」

「狼藉?身に降りかかる火の粉を払っただけだよ。いきなり絡んで殴りかかってくるなんて、部下の教育がなってないんじゃないですか?

「…ふん、そいつを放せ」


 膝を離しジョンが立ち上がったのを見ると、ゴンザレスは徐に背中の大剣を抜き放ちジョン達のテーブルを真っ二つにする。


「ひぃっ」


 目の前のテーブルを真っ二つにした大剣に、思わず悲鳴を上げるジョセフ。


「…小僧、名は?」

「…C級【スカウト】のジョン」

「とっとと失せろ。俺の手がまた滑る前にな」

「…ジョセフさん、行こう」


 恐怖で腰が抜けたジョセフに肩を貸して何とか立たせたジョンは、金貨を一枚店主に投げる。


「親父さんごめんね。食事代に、テーブルとの修理代だよ。受け取って」


 金貨を受け取り呆然と二人を見送る店主だったが、ふと見上げるとそこには無残にも切り裂かれた天井が。


「あの小僧、全く動揺しやがらねえ…それにあの動き…C級の【スカウト】だと!?何もんだ、あいつは…」


 未だ無様に寝転がるC級である【】の部下を一瞥すると、ゴンザレスはそう呟いた。

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う~ん、平和だなぁ…あれ? たの字 @tukemen350yen

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