第3話

 ジョンを乗せた荷馬車が辺境の村、サイプスフィールドに着いたのは、日の入り迫る夕暮れ時だった。


 サイプスフィールドは東の王国の南西部に位置し、さらに東側には「魔の森」と呼ばれる未開の森が広がっている。

 魔の森は奥へと進むほどに強いモンスターが生息し、また、今は亡き文明の遺跡が眠っているとも言われている。


「いやぁ、助かったよ。有り難うジョセフさん」

「いいってことよ。今夜は宿に泊まるんだろ?宿の食堂で一杯やらないか?」

「いいね。その一杯は奢らせてもらうよ」

「決まりだ。俺は積み荷の受け渡しがあるから、先に行っててくれ」

「わかった。楽しみにしてるよ」


 ジョセフと村の入り口で別れたジョンは、宿屋があるであろう村の中心部へと足を向ける。

 辺境の小さな村は、どこも宿屋や村長宅のような施設は概ね村の中心にあることが多い。


「この規模の村だから、宿屋は一軒だけだよね…視察団も泊まっているはずだから、早速殿を拝見できるかな?」


 陽が落ちる前に宿屋に入りたいな。そう思いながら、ジョンは足を速めた。



 ※



「税が用意出来ないとは、どういうことかね?村長」

「もうこれ以上の食料はお出し出来ません。秋までもたず、皆が飢えてしまいます」

「ならば、金でも財宝でも、住民からかき集めればよかろう。もう何度も言っているはずだが?」


 領主代理代理である役人のカスールは、村長宅の執務室のソファーに腰掛けたまま馬鹿にしたように村長に問いかける。

 部屋の本来の主たる村長は、カスールの前で立ったまま縮こまっていた。


「この村は貧しい寒村です!住民も皆、ギリギリの生活をしているんです!そもそも、既に今年の税は納めたはずです!今更追加で納めろなど」

「今!王国は疲弊しておる!戦争が終わったとはいえ、まだまだ復興もままならぬ。よって、国の要請を受けた領主の代理であるこの私、カスールがわざわざ巡回視察に訪れ、結果、この村にはまだ税として納める余裕が十分にあると判断したものである!それとも何か?この村は王国国民として、復興には協力出来ぬと申すのか?それとも、領主代理たるこの私の判断が不満だとでも申すか!?」


 三日前にサイプスフィールドに到着した視察団は、その日のうちに村内を見て回り、次の日にはカスールから復興費用として追加の税を三日以内に用意するように村長に伝えていた。


 辺境の村であり進軍よる直接の侵攻は無かったとはいえ、活性化、凶暴化した魔物による襲撃が無かったわけでも無い。むしろ、隣接する魔の森からのモンスターの襲撃は他の村よりも熾烈で、これに対処するため冒険者ギルドに依頼して冒険者に常駐してもらうことで何とか生き延びていた。

 当然、依頼の報酬も村人全員が生活を切り詰めたり財産を切り崩すことで捻出しており、その報酬もそれなりの実力者を派遣してもらったことで相応の金額であった。

 村全体が非常に困窮しているのが現状なのである。


 この現状を訴え、支援をお願い出来ないかと視察団の来訪を心待ちにしていた村長にとって、支援どころか逆に追加の税の徴収など余りにも非情な通告でり、とても受け入れられるものではなかった。


「この村に余分な蓄えなどありません!金や財宝もとっくに、全て冒険者ギルドへの報酬として支払っているのです!追加の税など、到底納めることなど出来ないのです。どうか、どうかご再考を!」

「ならぬ!」


 村長の必死の懇願を、カスールは一喝する。


「追加の徴収は決定事項である!税を集められぬと言うのであれば、村長、貴様を牢獄に繋げなくてはならぬ。それとも」


 カスールは口角を上げ、不敵に告げる。


「なんなら護衛として連れてきている彼らに、一軒づつ徴収に出向かせてもよいのだぞ?まあ、粗忽者の彼らが、多少振る舞うかも知れんが。のぅ?ゴンザレスよ」

「ですなぁ。何もないこの村に、皆少々退屈しておりますからな。久々の仕事とあれば、少々やもしれませぬな」


 カスールの問いかけに、ソファーの後ろに控えていた護衛の大男――ゴンザレスが答える。

 鍛えられた大きな身体にこれまた大きな大剣を背負った男は、下卑た笑いを隠そうともせずに村長を睨め付けた。


「あ、あなた達は、住民に手出しするつもりなのか!?」


 ゴンザレスから放たれる威圧にたじろぎながらも、気丈にも問い返す村長。


「なに、我々とて別に手荒な手段をとりたい訳ではない。貴様がきちんと税を用意すれば良いだけのこと。だが、どうしてもそれすらも出来ぬと申すのであれば…そうだな」


 カスールもまた、下卑た笑みを浮かべる。


「私とて鬼ではない。村長、貴様には一人、娘がおったな?なかなかの器量よしだと記憶しておるが」 


 視察団が村に到着した際、手の空いている村人が総出で出迎えていた。その中には村長の娘も含まれており、カスールの目にとまっていた。


「な…娘を、エリーをどうするつもりだ!?」

「なに、その娘を差し出せば、私の力で追加分の税を無かったことにしてやらんでもない。私は慈悲深いのでな。娘一人で解決するのだ、悪い話ではあるまい?」

「そんな…」

「まあ、明日の昼までに税を用意するか、娘を差し出すのか、よく考えることだな。時間はあまりないぞ?」


 立ち上がったカスールは村長の肩を叩きながらそう告げると、ゴンザレスを伴って執務室から出て行った。


「…私は一体どうすれば…エリー…」


 膝から崩れ落ちた村長の呟きに、応えるものは誰もいなかった。

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