れもねーど

瑠栄

狂おしい程、愛してた

『みてみて!!』


 彼女あいつの声が、鼓膜に焼き付いている。


『なんだよ。あっ、また作ったのかぁ?』


 あの時の俺は、この日常の貴重さを分かってなかった。


『次はアップルジュースじゃなくて!!レモネード!!!』


 拗ねたように膨れる。


『は、レモネード?お前さぁ・・・』


 眉をひそめながらも、膨らんだ頬を突きたい衝動と理性が俺の中で戦っていた。


『あんたがレモン大っ嫌いな事ぐらい、もう知ってるよ!!』


⦅兎か⦆


 地団太を踏むあいつは、凄く可愛くていじりたくなる。


『じゃあ、何でレモネードなんだよ。別ので良いだろ、別ので』


 いじり倒してやろうと思い、早速先手に出る。


『だって、私レモン大好きなんだもんっ!!同棲してるんだから、私が作ったレモン料理も食べて欲しいじゃん??』


 "また俺に料理を作ってくれようとしている"。


 その事実だけで、俺は幸せだった。


『ぜってぇー、やだ』


 いじる前に、言えば良かったんだろうか。


『はぁ、我儘さん』


 いや、言うべきだったんだ。


『るっせえ』


 愛してる・・・・


 その、一言が言えれば、まだ違ったのかもしれない。



* * *



「・・・っ」


 目頭が熱くなって、慌てて擦る。


 目の前には、昨日冷蔵庫で冷やして一晩寝かせておいたレモネード。


 何気に、朝昼晩飯以外で何かを作るのは初めてかもしれない。


『1回食べてみなって!!』


「・・・ふっ」


 あの時のレモネードは、不味くてとても食えたもんじゃなかった。


『まっず!?』


『嘘ぉ!?・・・まっず!!??』


 作った本人ですら、水×3杯飲んでいた。


 それでも・・・。


「あの時のは・・・、甘かったな」


 甘いを通り越して、甘ったるかったが。


「・・・」


 部屋に、静寂が訪れる。


 今まで、静かな事の方が少なかった。


 ―――いや、静かな事はあった。


 それでも、あいつがいるだけで温かかった。


 今は、温度も感じない。


「・・・さて」


 昔の余韻に浸りながら、自作のレモネードをスプーンで掬う。


 あいつの作り方通りに作った。


 材料も道具も時間も、全て同じで。


 甘ったるさを覚悟して、スプーンごと口に放り込む。


「・・・酸っぱい」


 俺が予想していたよりも、遥かに酸っぱくて。






 ―――――あいつが作った時の甘ったるさは、どこにもなかった。

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れもねーど 瑠栄 @kafecocoa

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