八代先輩が見てる
午前中、授業を受け持って無い時間に花島と小林は校長を兼任している理事長の呼び出しを受けて理事長の元へ向かっていた。
常盤の庭学園の理事長室の扉を小林はノックする。
「失礼します、お呼び出しを受けた小林と花島です」
「よし、入れ」
「失礼します」
中から入室許可の渋い良い声がして二人は入る。
中には理事長
四十代見た目の渋いような甘いような怪しい不思議な容貌を持つ彼は未婚のワンマンな常盤の当主でもある。
花島と小林の二人は学園に雇われているのではなく常盤礼二個人に雇われている者達である。
「失礼します、お待たせしました。突然のお呼び出しでしたが何か御座いましたか?」
普段よりも真面目な小林が前に出て理事長に挨拶と要件を伺う。
すると常盤は徐ろに紙の書面を二人に見せるように机に置く。
書面には『七不思議を巡りし聡き娘、力を得る。七不思議を巡りし賢しき娘、技を得る。七不思議を巡りし美しき娘、愛を得る』と書かれていた。
ボールペンの手書きで女性らしい字という印象の筆跡である。
一見怪文書である。
「この様な物が朝理事長室にに来たら置いてあった」
「……理事長室は理事長しか自由に鍵を持ってない上に理事長は居ない時鍵を閉めてますよね?」
「そもそも今日始めに此処に来たら置いてあった。君達二人以外にはまだ知らせてもいない。もちろん校長室と理事長室は書面の機密情報や個人情報などが保管された金庫があったりする為にセキュリティは厳重だ、来た時もちゃんと閉まっていたしな。そして此処の鍵を持つのはスペアキーを含めても今は俺しかいない筈なのに何処か壊された形跡もなく此れは置いてあった訳だ、監視カメラも見に行ったぞ」
因みに理事長室の鍵のスペアキーは今は常盤邸の金庫に保管されているらしい。
理事長がもし長期不在の場合はその間は教頭に校長室の鍵を貸与し管理を任せるそうだ。
「つまり密室にも関わらず、それを破るなどの痕跡も残さず誰かが侵入したと」
「危険性と言うかやった犯人はわかっているからセキュリティについてはそこまで気にしてはいないんだが」
「と言うと理事長は犯人についてご存知と。と言うか監視カメラで見えてたんですか?」
「カメラで一応姿は見えてた。犯人は小林も知っている今まで学園教師をおちょくって遊んでる七不思議の長たる『謎の先輩女子』もとい土地神様だ」
「『謎の先輩女子』の正体って土地神様だったんですか?」
「そうだ、俺が此処の生徒で『常盤の庭』に所属してた頃、当時の社の管理人は『謎の先輩女子』の目撃があったり色々なの事があったときに昔説明してくれた。その社の管理人が言ってたんだ『土地神様はその土地において絶対だ。物も事も隠せないし阻めない』だから不審者騒ぎがあっても捕まえようとしても捕まるわけがないし遊ばれるだけだとな。あ、『謎の先輩女子』が土地神様だという話はあまり言いふらさないで欲しい、色々面倒だから」
「はい、承知しました土地神様だったんですね。……つまり『謎の先輩女子』は鍵を閉めても鍵無しで開けることが出来ると言う事ですか」
小林は察してはいたので確認の為に理事長に尋ねた。
「しかも侵入した事を堂々と伝えてるから向こうの悪意とか危険性はなさそうだが、此処に理事長室がある限りどうしようも無いだろうな。むしろ真っ向から対処しようとすると別の問題が積み重なる、学園の移転とかそういう次元になってしまうからな」
「ええと、とりあえず……土地神様の動機は、今回はこの書面を置くためでしょうか」
「おそらくそうだろうな。で、この内容について二人は分かるか?心当たりはあるか?」
「七不思議を巡りし者ですか……此方については花島さんの方が詳しいかと」
そう言って小林は振り向いて花島を見遣る。そして常盤もほう、と言ったあと花島の方に顔を向けた。
花島は急に話を向けられ内心ビクッとしつつも表に出さない様に堪える。
「花島、心当たりがあるのなら説明してくれ」
「はい、では。まず数日前のお話になるのですが、私は一年一組の子に八代翠子先輩と言う先輩のクラス何組なのか教えて欲しいと頼まれました」
「それは……土地神様の事だな、なら見つからなかったんだろう?」
「はい、勿論。そして私が行き詰まっていたら小林先生に『謎の先輩女子』について教えられました。そういう怪談だったんですね、私は此処に来て浅いので知らずに無駄な時間を過ごしました」
花島はほんの僅かな時間だけ壮絶な虚無の顔をした、そしてすぐに真顔に戻る。
一瞬だけ見えた常盤が少したじろいだが話を進めた。
「……それは大変ご苦労様。つまり『謎の先輩女子』に調べてたということは怪談を七不思議巡りをしていたという事か」
「御明察の通り、私は相談者から友人と七不思議巡りをしていたと昨日の放課後に報告を受けました」
「相談者とその友人が『七不思議を巡りし娘』と言うことか、で誰の事なんだ?」
「『常盤の庭』に新しく入った一年一組の稲見さん、斉木さん、宮島さんの三人の事です。私は稲見さんから相談を受けました」
「確かに昨日、『常盤の庭』の書類に承認印を押した覚えがあるな……あの三人か、得心が行く。つまり、聡き娘が稲見で、賢しき娘が斉木さんで、美しき娘が宮島さんだな」
稲見だけ苗字呼び捨てなのは理事長の家の常盤家の分家筋の若葉家の更に縁戚の家だからだろう。
そして斉木は御三家の一番古く他の御三家の祖でもある『祝』家の実質的な分家の家であり、宮島は『祝』ともう一つの御三家で財閥の『政理』に招かれた家だから配慮していると思われる。
「おそらく成績的にも理事長の仰る通りでしょうね、この三人ですとそう解釈するべきかと」
副担任である花島がそう頷いた。
「……しかし、それでは結局なんの為にこの怪文書が此処に置かれたのかの理由はわからないな」
常盤は考え込む。
それに対して、あの、と小林は口を開いた。
「もしかして中身の文章そのものはそこまでは重要ではなくて、何か警告のような物なのかもしれませんね」
「……どういう事だ?」
常盤は小林に詳しい説明を促す。
小林は確証は御座いませんが、と前置きして話し出した。
「この三人に何か起こるとかこの三人が何か起こすとか、そういう意味で三人に注視しろと言う意味かもしれません」
「なるほど、そういう事か。少なくとも怪文書で引き付ける意味にはなるか」
「ただ、先程の土地神様の説明を聞くにこの会話全部聞かれてる可能性があるのではないかと思うのですが」
先程常盤は大まかに『土地神様に隠し事は出来ない』と説明していた。
「……それはそうだな」
「でしたらあまり書面を馬鹿にするような事は言わないほうが良いのでは?」
「その通りだな」
常盤はもう手遅れな気はするがなと言い渋い顔をした。
「後は最近それとは別枠で『
「……そうか、これはもう確実に今年は荒れ狂いそうだな」
八代さんもとい土地神様が現れるのは変革期のお知らせとして学園が荒れる年になる事が多い。
常盤は両手で頭を抱えその後天を仰いだ。尤も見えるのは天井であるが。
「荒れそうなのは一年の学級でしょうか」
「まぁ、恐らくな。荒れそうな学級は二人も察しが付くだろう」
「一年一組ですか」
「そこに先程例にも上がった俺の親戚が居るんだが……まぁ」
「そもそも一組は油断すると荒れますからね」
「して、副担任でもある花島はどう思う?」
小林と話していた常盤は花島に問いかける。
「担任が生徒から反感を買う様な行動が見られるのですが、忠告しても私の事を若手で所詮副担任と立場が低く思われて聞く耳を持たれませんでした」
申し訳御座いませんと花島は頭を常盤に下げた。
それに対し常盤は手を振り花島に頭を下げるのを止めさせる。
「まぁ、察しはつく。私が若くして理事長兼校長に就任した頃も侮る態度が顔に出ていたからな」
「はぁ……」
今はそこまでされないが、と常盤も真顔で言った。
一年一組の担任は此処に居る人よ三人より年上であり四十歳後半であった。
「まぁ、二人が雇用的にも扱いが違う事を知っているのは学年主任と本当のベテラン教師だけだからな。勤務年数だけ多い担任は気付こうともしないだろう、後は女の嫉妬と言う所か……小林はどう思う」
「おそらく、間違ってはいないかと。花島先生はマルチリンガルの才女で一目置かれてましたし。経験を積ませて学園の顔の教師の一人にするのは誰の目にも分かってましたから。そういえば、以前担任が凄い形相で花島先生を睨んでるのも見掛けたことがあります」
「そうだったのか、そもそも下に就かせた人事は悪手だったか……」
「いえ、仕事ですので。あの時は道に転がってる石ころを見るような目で見返しておきました」
ある意味ゴミを見る目より酷い扱いの目である。
「もしかしたら、花島に臨時の担任が回ってくるかもしれない。花島は心しておくように」
「……承知しました」
「小林先生も色々フォローしてくれ」
「承知しました」
学園の中に新しく風が入ってきたようだが、どの様な嵐を巻き起こし学び舎を比喩的に崩壊させるのか未だにわからない。
翌朝、『怪文書とは何事か。予言書と心得よ』と言う抗議文が理事長室に置いてあり、当の理事長は社の管理人に相談をしにいく羽目になったのだった。
壁に耳あり障子に目ありと言った所だろうか。障子のメアリーと誰かが呼びそうである、障子は無いが。
そして新しい怪談が生まれるのだろう。
七不思議に導かれて すいむ @springphantasm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます