十八話、ソウジンとラブリィ。

 ――リリジン王国王都、東大通り屯所。

 

 日は既に暮れ夜の帳が下りた時刻。

 警備兵詰め所としての機能は終わり、ほとんどの兵士が帰宅の途に就いていた。つい先ほどまで残っていた兵士もその日最後の見回りに向かい、巡回を終えたら家に直帰することとなっている。

 未だ屯所に明かりがついているのは、最後の一人、所長であるタイメイが残っていたからだ。


「……」

「ソウジン、何故彼女を連れて帰った」


 詰問するかのような口調に、ソウジンは口を噤む。


 平民区とはいえ、貧民街に近いボロ家へ連れて帰るのはよくないと思い、職場であるが仮眠室もある東大通り支部にやってきた。

 抱えていたラブリィはベッドに寝かせ、ソウジンは近くの椅子に座っている。タイメイは部屋の入口に立ち、じっとソウジンを見つめていた。


「……何故、でしょうね」


 言葉に迷い、結局出てきたのは当たり障りのない一言だった。

 珍しく意気消沈しているソウジンだが、これには明確な理由がある。それは男の目の前にある寝台、というよりベッドに寝ている少女・・にあった。


「……久しぶりの魔法で、気が昂っていたのかもしれません」


 タイメイの方は見ず、じっとラブリィを――少女を見つめる。

 そう、少女である。


 思えば当然の話であった。

 ソウジンの知っている同僚兼後輩のラブリィはダンジョン脱出後に消滅してしまったのだ。ピンクツインテロリ魔人ことロピナが言うに、分身魔法のようなものだと。当人から聞いていないため細かいことはわからないが、推測はおそらく正しいだろうと思っている。


 リリララ魔法学園の制服を着た、夜空色の髪の少女。

 背丈はラブリィより少し低いだろうか。胸は小さく、尻も小さい。全体的にラブリィよりも小柄だ。髪を結ぶ位置は頭の右側。ラブリィとは正反対の位置であり、長さは背中半分と同じ程度。瞳の色は助けた時によく見た。綺麗な紫青色だった。


 ラブリィと同じなのにラブリィと違う。

 この少女がラブリィ本人なのかどうかはともかく、問題はここまで連れ帰ってしまった点にある。何せ制服を着ているのだ。学生だ。つまりリリララ魔法学園の生徒だ。

 一生徒に過ぎない少女を勝手に連れて行くなどあってはならない。犯罪である。それも警備兵主導とは許されない。首だ。


「所長、俺は首ですか」

「何を言っている?」

「警備兵が学生の拉致など許されないでしょう」

「あぁそういうことか。そうだな。許されん」

「です、ね……」


 肩を落とす。

 首か。無職か。俺の薔薇色……ではなかったが、平穏な警備兵生活が終わってしまうと思うと辛くなる。食のない人生、殺し合いに追われる日々じゃないだけマシだと思いたいが、うまい飯を食える日々を知ってしまったばかりに苦しい。


「何か勘違いしているようだな、ソウジン」

「はぁ……」


 返事とも溜め息とも取れる曖昧な声をこぼし、顔を部屋入口に向ける。タイメイはいわおのような顔を和らげてソウジンを見ていた。


「確かに学生を連れて帰ったのは問題だ。だが今回に限っては大丈夫だ。その生徒ならば問題ない。それにな、ソウジン」

「は、はぁ」


 何が問題ないのか疑問だが、今は飲み込んで話を聞く。タイメイは、ふ、っと笑って。


「――よくやった。お前の活躍で救われた命がある。兵士長として鼻が高い。自らを誇りに思え、ソウジン」

「――――」


 不覚にも。

 不覚にも、グッと来てしまった。


 前線で戦士として生きて、敵を殺しても褒められることはなかった。仲間が死に、上官が死に、友が死に。その分敵を殺した。殺して殺して殺して、誰も救えずただ殺し殺される日々。逃げてきたのに明確な理由はあるが、結局はそんな日々に心折れたのが原因だ。


 戦場から逃げて、自堕落に生きようと賄賂も汚職も蔓延する警備兵になった。

 兵士としての生活は褒められるものではなかっただろうが、誰かを殺し身近な者が殺される生活よりはうんと良かった。

 些細だが、市民を守り、礼を言われる機会もあった。


「お前は良い兵士だ。ソウジン。よく仲間を助けた。私からも礼を言う。ありがとう」


 けれどこうして、同じ兵士に、それも上官である兵士長に認められたことはなかった。自分が見捨てられないから、助けたいから助けただけなのに、こうも肯定され感謝されてしまうと……なんとも気恥ずかしくなってしまう。


「――いえ。俺は……自分のするべきことをしただけです」


 目を逸らし、久々にこみ上げてくる羞恥心を抑えて頬を掻く。

 タイメイはそんなソウジンを眺め、口元に微笑を浮かべ声をかける。


「フッ、お前がそう言うならそれでも構わん。――さて、私は少し外に出ている。話が終わったら来てくれ。なに、時間に余裕はある。ゆっくりと話せ。お前が助けた仲間だ。お前が救った仲間だ。忘れるな。お前の手で救い上げた命だぞ」


 そう言って、タイメイは部屋の戸を閉める。

 遠のいていく足音を聞きながら、ソウジンは身体を戻し数秒瞑目する。タイメイの言葉がじんわりと胸に広がっていく。

 かっこいいな、あの人。思いは口にせず、目を開けてベッドを見る。


「だ、そうだぞ。ラブリー。……意識があるのはわかっているから、もう寝たふりはよせ」


 ぴくり、と布団が揺れる。身体を横にし、こちらに向けられていた瞼が持ち上げられる。見慣れた紫青の瞳が覗く。


「おはよう、ラブリー」

「……お、おはようございます」

「お前はラブリーだな? 俺の知っている、貧乏警備兵のラブリーで合っているな?」

「べ、別に私は貧乏じゃないですけど……えと、はい。ソウ先輩のおっしゃる通りです、はい。そのラブリィで合っています」

「そうか」

「……」

「……」

「……え、っと、それだけ、ですか?」


 おずおずと問われ、ふむとワンクッション置いてから頷く。間を置いた意味は特にない。


「ああ」

「や、聞きたいこととか、ありませんか?」

「お前にか」

「はい……」

「俺が?」

「はい」

「どうして?」

「どうしてって……いっぱいあるでしょう? なんで制服着てるとか、なんでちっちゃくなってるとか……」

「まあ興味はあるが、わざわざ聞くほどじゃねえだろ」

「な、なんでですかー!? 私にもっと興味持ってくださいよ!」

「興味なら持ってるぞ」

「えっ」


 きょとんとした顔をして、みるみる頬を赤らめていく。わかりやすいにもほどがある。


「良い魔法を使う。仕送りはいくらか。給金は俺と違うのか。貯金はあるのか。貴族ならいくら金を持っているのか。今のお前といつものお前と、使える魔法に違いはあるのか」

「お金と魔法のことしかないじゃないですかぁ!!」


 ラブリィの求めている言葉はわかっていたが、それを言う義理がソウジンにはなかった。言えば調子に乗るのは目に見えている。言うわけがない。

 声を大きくする少女に肩をすくめ、それよりと続ける。


「逆にお前はどうなんだ? 俺に聞きたいことはないのか」

「あります……けど……」


 言葉尻が薄くなっている。

 窺うような視線は、聞いていいのかどうかわからないからだろう。確かに今回の事件はソウジンにとっても色々と想定外が多かった。魔人とか前線兵士とか。後方国家で遭遇するなんて例外が過ぎる。


「別にいいぞ。大抵の質問になら答えてやる」

「じゃ、じゃあ……好きな人とかいますか?」

「……」


 お前は子供かと言いたくなってしまった。既に半分口から出ていた。危ない。

 目の前のラブリィはよく考えたら普通に子供だったのだ。口を閉ざし数秒、一応は真面目に付き合うこととする。


「ラブリー」

「はい……ぇ、え? も、もしかして私のこと好きって言いました!?」

「ああ。詰め所の中じゃお前が一番俺と親しいだろうよ。あと兵士長だな」

「…………兵士長と一緒ってすごい複雑なんですけど」


 言葉通り複雑な顔をして言う。半目で口元だけ緩んでいる。


「他に聞きたいことは?」

「は、い。……先輩、私のこと、よく見つけられましたね。あの魔人の魔法ですか?」

「それもあるが、お前の生命反応は把握しているからな。マーキングというやつだ」

「え……」

「後輩を守るのも先輩の役割だろう?」

「……ずるいです」

「何がだよ」

「なんでもです」


 顔を伏せる少女に、ソウジンは無言で待つ。ようやく色々片付いたのだ。いくらでも待ってやろう。

 数十秒して、ようやくとばかりに顔を上げたラブリィは未だに頬を紅潮させていた。


「ラブリー。まだ聞きたいことはあるか?」


 尋ねると、少女はこくりと頷く。


「……はい。ソウ先輩、あのかっこいい魔法はなんですか?」

「雷魔法だ。風と水の魔法が使えれば誰でも使えるらしいぞ。ラブリーでも使えるかもな」

「いや無理ですよ。助けてくれた時めちゃくちゃかっこよかったですけど……何がどうなってあんな少ない魔力であの規模の魔法にしてるのか意味分かんないです」

「まあいいだろ。詳しい原理は俺も知らないんだ。まだあるか?」

「えと……先輩の軛錠って、何が宣誓? になってたんですか?」


 半ば予想がついているのか、ほんのり頬を赤くして言う。ソウジンは頷き。


「魔力制限の解錠には誰かを守る宣言が必要だ。今日はラブリーを守ることが宣誓だった。魔法制限の宣誓は単純に、命懸けで守ること。伝えただろう?」

「そう、だったんですか……。そうですね。聞きました。……どっちも守ること、ですか?」

「ああ。同じようなものでも重みが違う。魔力制限は破っても魔力を使えなくなるだけだが、魔法制限は破ると死ぬ」

「……先輩、頭大丈夫ですか?」


 本気で心配しているようだ。顔に一切の嘘が含まれていない。

 苦笑し、心配無用だと首を振る。


「お前が心配するほど弱くないから安心しろ」

「むぅ……そんな先輩に助けられちゃったし、私なんにも言い返せません」


 少しだけ拗ねた顔をしている。じっとソウジンを見つめ、それから短く溜め息を吐いて話を続けた。


「先輩」

「ああ」

「聞きたいことまだまだいっぱいありますけど、今はいいです」

「そうか」

「先輩から私に聞きたいことは?」

「……そんなに聞いてほしいのか?」

「ええはい」

「じゃあ聞くが、なんでお前小さくなってるんだよ」

「そ、それは……」


 突然の核心的な質問に、ラブリィは布団を口元まで引っ張り上げもごもごとする。じっと待っていると、迷いに迷っていた瞳がソウジンに向いた。


「……えと……私、今の私が本物なんです。本名はラヴィリエッタ・ヴァレンティナって言います」

「聞かない名前だな。だが……お前が言い淀んでいたのはそれが理由か」

「……言い淀む?」

「ダンジョンで少し話しただろう。俺たちは互いのことを何も知らないと」

「あ……そう、ですね。はい。今の私が理由です」

「わかった。……なら俺の知るラブリーは?――あぁ安心しろ。そう不安そうな顔するな。別に俺を騙していたとかはどうでもいい。お前が若くなったのも気にしない。お前はお前だ。俺の同僚で後輩の、ただのラブリーだよ」

「べ、べつに不安がってませんけどっ」


 小声の"ありがとうございます"には首肯を返し、少女の話の続きを待つ。


「少し話逸れちゃいましたね。……えっと、私、生まれた時から固有魔法があったんです……」

「ふむ……ギフトか?」

「はい……そのギフトが、もう一人の自分を作り出す魔法でした」


 顎に手を当て頷く。

 ギフトは、いわゆる先天的な才能だ。磨けば誰でも手に入れられるものもあれば、後からでは手に入らないものもある。特に魔法関係ならば希少な代物が多い。それを固有魔法と呼ぶが、ラブリィのギフトもその一つなのだろう。ソウジンの雷魔法もギフトの一つである。

 ラブリィに目で続きを促す。


「夜になって眠るともう一人の私の記憶が本体に戻るので、記憶はずっと共有していました。勉強も運動も、魔法もですけど、あらゆることが人の二倍早く身に着くんです」

「なるほど……」


 普通に便利だなと思う。ソウジンであれば、二人で働いて一人に戻って飯代を浮かせる。給料は二倍、食費は一人分。最高じゃないか。


「最初はずっと今の私と同じ……同じ姿で行動していました。転機はソウ先輩との出会いです」

「俺と、か」

「はい。いつだか、覚えていますか?」


 自身を見つめる紫青の瞳に深く頷き。


「一年前だな」

「全っ然違いますけど!!」


 自信ありげに頷かれただけあって、ラブリィの否定も大きかった。ちょっぴり期待した分ショックも大きい。

 まあこの姿見て思い出さないんだし、そりゃ覚えてるわけないよね。内心で思いつつも、やはり期待してしまっていたのは乙女の性か。溜め息を一つ吐き、ラブリィは続ける。


「私とソウ先輩が初めて会ったのはもっと前です。私の家、王都にあるんですよ。普段は魔法都市で寮暮らしなんですけど、たまに王都で過ごしたりもしていたんです。そんな時、街中で強盗があったんですよね……」

「なるほど、その時俺が警備兵らしく犯人を捕縛したわけか」

「違いますよぉ。ふふふ、先輩そんなに警備兵っぽくなかったですし」


 くすりと笑う少女の表情があどけなく、ラブリィなのにラブリィっぽくなくて少々調子が崩れそうになる。肩をすくめて思考を放った。


「なら俺はどうしたんだ」

「ソウ先輩はですねぇ。ご飯食べてましたねー」

「昼飯か」

「そです。美味しそうに食べてましたねー。仏頂面なのにもぐもぐしてて、強盗だー!の声にも一切反応しないで、私、この人本当に兵士なの? って思いました」

「いや兵士だろ。昼飯時はしょうがねえ。……まだお前が警備兵になる前と言うと、二年前くらいか?」

「はい。大体それくらいかな……。うん。で、ですね。お昼食べてたソウ先輩全然動かなくて、私も学生ですけど一応貴族ですし、犯罪を見逃すのはなぁと思ったんです」

「高貴な者の義務か」

「きゃふふ、ノブレス・オブリージュ、なんて言うそうですよ?」

「聞いたことねえが、それっぽい響きだな」

「ふふ、はいっ」


 少し調子も戻ってきたのか、ラブリィの声に張りが出てきている。

 身体へのダメージや魔力切れの症状は回復しているようだ。一安心である。


「結局ラブリーが捕まえたのか?」

「いーえ? その強盗、なんと私たちがいるお店に入ってきたんですよぉ。あ、ソウ先輩と私、同じお店でお昼食べてました」

「……安い店か?」

「大衆店です。当時は王都じゃ結構人気だったかもです。今は……どうだろ?可もなく不可もなく? わかんないです」

「そうか。思い出せねえな」

「ふふ、いいですよぉ別にー」


 どうせならと記憶を手繰ってみるも、昼飯の記憶など多すぎてどれがどれだかわからない。警備兵をやっていれば強盗なんざ指の数じゃ足りないほど経験する。まあ、話を聞いていこう。ラブリィが楽しそうだから今はそれでいい。


「強盗がお店に入ってきた理由はわかりませんけど、とりあえず誰か人質にしようと思ったんでしょうね」

「俺に向かってきたのか」

「違いますよぉ。私です。大人の男の人に向かっていくわけないじゃないですか。ソウ先輩強そうだし」

「ラブリーにか。……二年前なら、今よりもっと若いのか」

「ええ。ですねぇ。私、まだ未成年です」

「……お前、その年齢でこれまで俺のことからかっていたのかよ」

「ばっ、ちょ、ちょっと急に引かないでくださいよ!!?」

「だが事実だろ」

「です、けどぉ……」

「まあどうでもいいが。それで?」

「相変わらず雑な人ですね、ソウ先輩……」

「続きはどうした」

「はぁーい」


 軽く身を起こした体勢から、再びベッドに戻る。布団を引き上げ、指でぱたぱたと遊んでいる。見た目もそうだが、どうも精神まで幼くなっているようだ。いつもの調子で軽口を叩き過ぎるのもあまりよくないか。少々自制しようと思うソウジンである。


「私を人質にしようとしてきたんですよ」

「あぁ。俺が助け出したんだな」

「違います。強盗の通り道にソウ先輩が座っていて、邪魔だー、ってどけようとしたんです」

「……半殺しにしたわけか」

「よくおわかりで。けど半殺しどころじゃなかったです。放置したら死んじゃうくらいにはボロボロにしてました」

「自分のことながら、俺も若かったな」

「今もあんまり変わってないですけど」

「そうか?手足は折るが死なない手度に加減しているだろ」

「うーん……そうかなぁ」


 ラブリィは微妙な顔で頷き、"まあめったにないしいいか"と流すことにした。


「ともかくですね。それが私とソウ先輩の出会いです」

「いや覚えてるわけねえだろ」

「どうしてですかぁ?」

「ラブリーとの接点が少な過ぎる」

「かもですけど、それがきっかけですよ? ソウ先輩のこと調べて、警備兵の人って知って、ちょうど私も学生以外のことしてみたいなぁって思っていたから、もう一人の私で兵士になってみようって動いたの」

「そう簡単に兵士なんてなれるもんじゃねえだろ」

「そこはほら、貴族ですし。私、タイメイ兵士長のことも知ってましたし」

「兵士長はラブリーのこと知っていたのか……」

「ふふふ、私、あの人の手引きでソウ先輩の傍にいるようになったわけですし」


 驚いたが、兵士長ならそういうこともあるかと納得する。先のやり取りでタイメイへの信頼が厚くなったソウジンだ。


「その後は先輩も覚えていると思いますよ? 一緒にお仕事するようになって、一年前の事件があって先輩に助けられて、ソウ先輩ってすごい人なんだぁって知って、毎日結構楽しくて……」

「そういえばラブリーが積極的に俺に関わり始めたのは王都抗争事件以来か。油断の過ぎる女だとは思っていたが、まだ子供だったなら納得はいく」

「まあでも、色々甘く見ていたのは事実ですから。ソウ先輩のおかげで助けられました」

「あぁ」

「……ソウ先輩に助けられるのは、これで四度目ですね」


 ベッドから起き上がり、ぺたりと床に足を付けて言う。

 わざわざソウジンと向き直るよう体勢を変え、背筋を伸ばし姿勢を正している。真剣な面持ちに何を返そうか迷い、いつも通りでいいかと口を開ける。


「四度目か? 三度ではなく」

「ふふ、四度目です。一度目は強盗から守ってくれた時、二度目は貴族の私兵崩れから守ってくれた時、三度目はダンジョンで私を助けてくれた時。四度目は今……。だから、四度目で合ってます」

「そうか」

「です」


 頷き、じっと見つめてくる紫青の瞳を見つめ返す。


「だから……改めてソウ先輩」

「ああ」

「私のこと、助けてくれてありがとうございました」


 今さら礼など、とも思うが、ラブリィにとっては大事なことなのだろう。目の前の少女はそんな顔をしている。


「どれだけ言葉を尽くしても足りないくらい本当に……ありがとうございました」

「……」


 どうにも、相手が見知った後輩だとわかっていても、いつもと雰囲気が違い過ぎてむずがゆくなってしまう。救った相手に真正面から感謝されるのは、嬉しいが恥ずかしくもある。自分の行いが認められたようで、あまり経験のない状況に言葉が浮かばない。


 怪我をさせてすまなかった。悪かった。ごめん。……俺はお前を、守れたか。

 伝えたいことは多く、言いたいことも聞きたいことも、聞いてほしいことさえあった。けれど、そのすべてが言葉にならず、声にならない声が虚空を揺らす。

 結局ソウジンは、色々と飲み込んで軽く頭を掻き。


「どういたしまして」


 とだけ口にした。


「は、はい。私にできることがあればなんでもするので……ぁ、え、えと……か、身体でもっ」

「お前……」


 ソウジンはラブリィの正気を疑った。さっきまでの考えがすべて吹き飛んでしまった。

 戦慄の表情を浮かべる男に、少女はあわあわぶんぶんと首を振る。濃紺の尻尾がよく揺れる。


「べ、べつに本気じゃないですよ!? も、もちろん先輩が本気なら私もやぶさかではないですけど!?」

「言ってること変わらねえよ……」


 顔を赤くしてもじもじと指先を弄るラブリィに、ソウジンは溜め息をつく。だがその表情は先の苦渋と戸惑いを含んだものとは異なり、冗談を交わす時の緩いそれになっていた。

 ソウジンは軽く笑いながら、ちらちらとこちらを見るラブリィに声をかける。


「だがまあ、ラブリーがそこまで言うなら一つ頼むか」

「な、何をでしょうかっ」


 期待と不安を綯い交ぜにした眼差し。期待の割合が多いか。見た目は変われど中身は同じ。そんなラブリィに内心苦笑しつつも。

 

「――ラブリィ・・・・。一緒に、夕飯を食べてくれるか?」

 

 あの時は叶えられるかどうかわからず、それでもと交わした約束だったけれど。でも、ごたごたが終わった今、目前に迫った約束はきちんと果たすことができるから。自分から本気で誘うのは初めてかもしれないと思いながらも、ソウジンは丁寧に彼女の名前を呼ぶ。


 じっと見つめる先、ラブリィは紫青色の瞳をぱちぱちと瞬かせ。


「はいっ!」


 満面の笑みで頷くのであった。



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好感度MAXのメスガキ系後輩(♀)と行く王都警備兵貧乏暮らし 坂水雨木(さかみあまき) @sakami_amaki

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