十七話、後始末。グッバイピンクロリ。

 残心を解き、ソウジンは呟く。

 

「――その名はもう捨てた」

 

 絶命した男の魔力が完全に消えたことを確認して槍を消す。


「俺は……」


 強さ、なんてものを口走ってしまったのはきっと、久々に魔法を使ったからだろう。あの頃より心は弱くなった。あの頃より身体は強くなった。守れるものを守れるように……守れたのだろうか。自分が今この国にいる理由を、守れたのだろうか。

 殺した相手を振り返り、短く首を振る。


 魔法強化を解き、ピリピリと残る雷を振り払ってロピナの下へ進む。


 一人目を殺し、二人目を殺し。

 魔力感知により賊が三人だとはわかっている。ソウジンはもう一人を殺していないが、魔法強化は既に解いても問題ない。なぜなら。


「――おや、ソウジン様。今朝ぶりでございますね」

「あぁ。あんただったか」


 正門を通り近づいて来たのは、整えられた白髪に深く皺の刻まれた顔、品のある白黒の礼服を身に纏った老人だった。

 既に数日は経過したような気もするが、深い藍を湛え始めた空には未だ太陽の余韻が残り、たった一日すら経過していないことを示している。


 老人と出会ったのは今朝の貧民街であり、まさか王都より離れたリリララ魔法学園で再会するとは思ってもみなかった。


「ソウジン様は既に賊を排除されたようですね。私は遅れてしまったようで、申し訳ございません」


 目礼する老人にソウジンは頷く。

 スッと目を動かし、老人が左腕に抱えた人間大の袋を見る。黒い布地で覆われ中身は見えないようになっている。


「賊は三人いたようだが……捕らえたのか?」

「はい。遅ればせながら一名捕らえさせていただきました」

「そうか。そいつが前線帰りだと知っているか?」

「はい、存じております」

「それならいい。捕らえたのがあんたなら後々の対処も可能だろう。敗残兵とはいえ、後方国家の平均と比べれば突出している。気をつけてくれ」

「承知いたしました。ご配慮、痛み入ります」


 一応と忠告だけ済ませ、三人目の賊の話は終わりにする。

 老人の全身をさらりと流し見てみると、綺麗な衣服の割に顔や手足に細かな傷を負っていた。服は新しくしたか、専用の魔法でも使ったかのどちらかだろう。高位貴族の使用人ならそういうこともありえる。


「他に賊はいないよな」

「はい。私の見た限りではおりません。ソウジン様の調査で見つからないならば、いないと考えてよろしいかと」

「そうか」


 簡単な情報交換を行い、別れかと思えば老人はソウジンの隣を歩く。意外に思うも、向かう先によろよろと立ち歩く金髪を見つけて察する。


「ヘルトリクス様」

「――あぁ……じいか」

「はい、ヘルトリクス様。ジィサでございます。よくぞご無事で」

「ふ……このオレを無事と言うか」

「はい。ララペム様、サリカ様より拝聴しました。魔人との戦闘、さらには前線兵士との戦闘。如何にヘルトリクス様と言えど、殿下は未だ若き身空。魔人は元より前線兵士との戦闘も生存率の低いものでございましょう。よくぞ、ご無事で」

「は……そう言ってもらえると、オレも少しは肩の荷が降りる。賊は……終わったのだな」

「はい。私と、こちらのソウジン様の尽力により制圧は完了しております」

「……そうか。ソウジン、助かった。ならば後、は……頼、む……」


 託す視線には頷きを返し、気絶したヘルトリクスは老人に任せる。

 気力だけで立ち上がっていたのだろう。安心して緊張の糸が切れたのかもしれない。王子という立場だけでここまで強くなれるものでもない。これはヘルトリクス個人の、ヘルトリクス故の強さだろう。


「ソウジン様。私は先に失礼させていただきます。国の治癒術師がリリララ魔法学園の外に待機しております」

「わかった。俺もすぐ消える」

「はい。詳しい話は後日、改めて私が参ります故、よろしくお願い致します」

「ああ」


 今度こそ老人と別れ、後ろ姿を見送ってソウジンもロピナの下へ行く。

 老人の正体はヘルトリクスの発言で理解できた。王室の使用人か身辺警備か、敗残兵を捕らえた力量を考えると後方国家の上澄みだろう。もしくはあの老人も前線帰りか。わからないが、考えても仕方ない。さっさと帰って飯にしよう。


 緩く首を振り、退屈そうなロピナの側に寄る。ソウジンを見つけてにこやかに笑っていた。手を振ってくる。


「ソウジンちゃん、やるじゃない。オマエ、二つ名持ちだったのね。写し身とはいえ、超絶さいかわなアタクシ様とやり合えたのも納得だわ!」

「もう二つ名なんて持ってねえよ」

「フフフ、雷槍らいそうだなんて、カッコいい名前ねえ。ウフフ、ますます欲しくなったわあ」

「擦り寄るな。カルフィナとラブリーは?」


 ニヤニヤと身を寄せてくるピンクロリから離れ、地面に寝かされた二人を見る。未だに二人とも桃色の薄靄に包まれたままだ。


「小娘たちならもう治ってるわよお。他の人間も魔力切れで眠っているだけ。そんなことよりソウジンちゃん。オマエ、"音消し"もできたのねえ」

「鍛えたんだよ」

「それなのに二つ名に色は入ってないのねえ、フフ」

「……」


 黙り込む。

 魔法呪文で"色"が重要視されるように、この世界における色はあらゆる場面で大きな意味を持つとされていた。それは前線における二つ名にも言え、音越えは当然、音消しまで会得している者には色を冠する名が与えられている。


 ソウジンの魔力と魔法による音消しを目にしたロピナは、そのことについて言及したわけだが。


「……まあ、過去のことだ。もういいだろう。国の兵士が来る。カルフィナは……守護の魔法だけかけて置いて行こう。俺はラブリーを連れて帰る。お前も――何のつもりだ」


 言葉を濁すソウジンに、すくりと立ち上がったロピナは魔力を励起し相対する。

 口角は上がり、瞳は嘲りの色を見せている。相変わらずのニヤつき具合だ。


「キャハハ、アタクシ様がいつまでも大人しくしていると思う? 小娘ならちゃあーんと魔法かけてあげたから、アタクシ様は帰らせてもらうわ!」

「……」

「な、お、オマエっ、雷だか電気だか知らないけど、無言で魔法強化するのは卑怯じゃないかしらあ!?」


 ぷんすかと宙に浮いて怒る魔人に、少しだけ悩む。

 このまま見逃すのは人類のためにならないとわかっている。だがソウジン個人としては、ラブリィやカルフィナの治療を請け負ってくれたピンクロリを無慈悲に抹殺するのは礼儀に欠けるのでやりたくなかった。

 少々とはいえ、魔力の回復した魔人と戦えば周囲に被害も出るだろう。それに、今のソウジンは前線の兵士でも二つ名持ちの戦士でもなく、一介の警備兵だ。何より面倒くさい。


「まあ、いいか。さっさと帰れ。もう王都にちょっかいかけるんじゃねえぞ」

「へ? そ、そう……」


 魔法を解き、ひらひらと手を振って追いやる。

 ラブリィを抱え、うんうんと呻く彼女を落とさないよう体勢を整える。


「フ、ウフ、キャハハ! オマエ、もしかしなくてもアタクシ様に惚れたわね! ウフフフ! ああ、アタクシ様の魅力はどんな戦士にも通じてしまうのねっ。罪なアタクシ様。でもこんなアタクシ様を生み出した世界が悪いのよ!!」

「黙れ、撃ち落とすぞ」


 言うと、異様な速さで空を駆け上っていった。

 遠くまで行き、肉体強化をしなければ見えない位置まで飛んで手を振ってくる。


『キャハハ!! また遊んであげるわあ! 次はもおーっとアタクシ様の虜にしてあげる! ヘルトちゃんにもよろしくねえー!』


 わざわざ一方的に念話を届けてきた。うるさい声に顔を顰める。


「……はぁ」


 溜め息を一つ吐き、とくとくと速めの鼓動が伝わってくるのを感じて微かに頬を緩める。

 抱えたラブリィがちゃんと生きていることに安堵し、制御できる速度まで強化を施して王都へ走っていく。


 日は沈んだ。

 空は残照を呑み込み、徐々に深い夜空色を広げていく。抱えた同僚の髪と同じ、綺麗な夜の色だ。

 土と血に汚れてしまっている――と、血の香りがしないことに気づく。香るのはラブリィ特有の甘く華やかな匂いだけ。


 脳裏にピンクロリの憎らしいウインクが浮かんだので適当に振り払っておく。

 魔人云々はともかく、治療は完璧以上だった。浄化までしてくれるとは思っていなかった。綺麗な髪を汚れたままにしておくのは、女でなくとも気が引けるものだ。


「……本当に、綺麗な髪だ」


 呟き、月夜に褪せずきらめく夜空の少女を抱え直す。

 腕の中で身じろぎした少女の髪が乱れ、ちらりと見えた耳が赤くなっているような気がした。


 ソウジンは小さく微笑み、夜の街道を駆けていく。

 音もなく、静々と。二人分の息遣いだけが、風に紛れて流れていった。

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