十六話、"雷槍"のソウジン。

 稲妻のごとき激烈さを伴って現れたのはソウジンであった。

 音越えに魔法を重ね、王都より数秒でリリララ魔法学園までやってきた。


 今にも死にそうなラブリィ――ラブリィ似の生徒を助け、見るからに悪人な男は槍で振り飛ばした。もし善人だった場合困るので加減はした。死んではいないだろう。


 上空から見た以上に周囲の状況は悪い。

 生徒や教師だけでなく、兵士、騎士も倒れている。近くには見覚えのある生徒もおり、遠くにはヘルトリクスも倒れ伏している。地面に手を付いているところを見るに、ヘルトリクスは大丈夫だろう。


 状況を確認し、改めて腕の中の少女を見る。


「……ラブリー」


 返事はない。息はあるが気絶してしまったようだ。

 服も肌も、美しい夜空色の髪も土と血で汚れてしまっている。


「ロピナ、お前治療はできるか?」

「アタクシ様にできないことはないわよ。ていうか、ここまで付いてきてあげたアタクシ様に言葉一つないの?」


 背後から軽口が聞こえてくる。振り返れば倒れた茶髪の少女――カルフィナをちょんちょん突っついてピンク色の薄靄で包んでいるのが見えた。

 吊り上がった瞳が怠そうにソウジンを見つめ返す。


「助かった。ありがとう。それよりラブリーが死にそうなんだが」

「す、素直ね……。まあいいわあ。オマエ、治癒魔法は?」

「自己活性ならできるが他人には使えねえ。魔力に余裕ねえし、そもそも俺の魔法は見ての通り……わかるだろう?」

「フーン……そうねえ。フフフ、こうして見ると結構面白い魔法使ってるわね。ウフフ、やっぱりソウジンちゃん。面白いわあ」

「わかったから治療は?」

「こっちのカルフィナにはもう始めてるわよ。よかったわねえ、小娘。今のアタクシ様は元気ないけど機嫌は良いのよお」

「ラブリーの治療は」

「しっつこいわね! そっちの小娘が死んだらオマエも死ぬのでしょう? わかったからさっさとこっちに寄越しなさい!」

「頼む」

「フン、こうもアタクシ様をこき使うだなんて本当……オマエ、頭おかしくて面白いわあ」

「あと、他の死にそうな奴の簡単な治療も頼む」

「はあ!? ちょっと図々しくない?」

「頼んだぜ、可愛い無敵の魔人様」

「――ウフ、しょうがないわねえ!」


 ニヤニヤしているロピナにラブリィを任せて立ち上がる。

 向き直るのは近くの男だ。黒い髪に黒い瞳の、血臭香る闇色のコートを羽織った男。

 見やると、何やら動揺した様子でソウジンを凝視していた。


「――冗談。ありえない。そんな馬鹿な……。お前、何だ。誰だ、お前。どうしてお前みたいな奴がこんなところにいる。ありえない、あぁありえない」


 ぶつぶつと呟いているが、特に知り合いではない。記憶には残っていないしこれが初対面だろう。

 どうするべきかと考え、ひとまず普通に話してみることにした。


「お前が誰だか知らねえが、血の臭いがひどいな。――ここで誰か殺したか?」

「"黒拳黒脚"ッ!!」


 手足を黒く染め、消えるような速度で襲い掛かってくる。

 地面には足跡が残り、しゃがみ込んだ後こちらへ踏み込んできたとわかる。拳を振ると見せかけて足を回し、遠心力を乗せての蹴りが本命だ。


「問答無用かよ」


 目前に迫った足を見ながら呟く。

 ソウジンには男の動きがすべて見えていた。魔力による肉体強化と魔法による能力の劇的向上。魔力操作、魔法技術の練度、そもそもの基礎能力の差がはっきりと出ていた。


 仲間内でヤミクロと呼ばれる男の足が自身に到達する寸前、するりと前に出て拳を振るう。手持ちの槍は魔法製なので、振るえば相手を即死させてしまう可能性が高い。だからこその拳だったが。


「"闇霞"ッ!」


 感触はなく、ただの靄を殴るに留まってしまった。それでも纏った雷がダメージを与え、靄の一部を消し飛ばす。その場に垂れる赤色の血。


「オマエ、逃がしていいのお?」

「いや逃がすわけねえだろ」


 後ろで見物していたロピナに言われるまでもなく、手元の雷槍は既に投げ終えていた。

 一条の細い光となって飛んだそれは、鋭い烈風を吹かし遠くの学舎に突き刺さる。次の瞬間、ドカァァンと大気を引き裂く轟音が辺り一帯に響いた。


「……おいロピナ」

「何かしらあ!?」

「なんでお前が怒っているんだよ」

「オマエがアタクシ様に怒ろうとしているから先に怒っておいたのよ! そんなこともわからないの? ソウジンちゃんってお馬鹿あ?」

「面倒くさ……」


 音消し魔法は?と聞こうと思ったが、対応が面倒くさかったのでやめた。何やら勝ち誇った顔をしていて鬱陶しい。無視しておこう。


 雷槍はビリビリと小さな音を立てて壁に突き刺さっている。


「ぐ、かはっ……おかし、い。あぁおかしい、ね」


 槍は当たり前のようにヤミクロを穿ち、深々と貫いたまま継続的に雷撃ダメージを与えていた。

 パチ、と音を鳴らしたソウジンが文字通り雷速で槍の側に現れ、呼吸を乱した男に話しかける。


「……少し考えてたんだよ。俺は部外者だからな。お前らがチンピラ共の頭っぽくて色々納得はしたんだが、手を出すと面倒だし後始末も大変だ。一介の警備兵がやることじゃねえ」

「は、ぎな、ならどっか、行けばいいね。帰って、くれ。あぁ帰って」


 雷に蝕まれながら、体内を乱す稲妻に魔法を阻害されながらヤミクロは話す。

 ソウジンは頷き、まあそうなんだがと続ける。


「とはいえ、一つ聞かなきゃいけないこともあるんだよ」

「あ、あぁ。なんだ、い?」

「――お前たち、前線帰りか?」

「――――」


 その質問には多くの意味が込められていた。

 ヤミクロは言葉に詰まり、稲妻走る眩しい瞳から淀んだ目を逸らす。


「そうか。わかった」

「な、にを――――き、ぇ?」


 気の抜ける声と共に、男の意識は暗転する。永遠に覚めることはない。


「よりによって前線帰りかよ……」


 軽い溜め息を一つ。雷槍を爆破し、賊の一人を蒸発させたソウジンは一歩でロピナの隣に戻る。


「フームフム、オマエ、結構魔法慣れしているわね!」

「まあな」


 期待と喜びに満ちた眼差しは見なかったことにし、動き始めていた気配の下へ向かう。


「あァクソがよォ……」


 苛々と足音を響かせ、剣を引いて歩いてくる男。さっきかなり遠くまで飛ばした賊の一人だ。思ったより戻ってくるのに時間がかかっていたようだが……。


「遅かったな」


 一声かけておく。

 剣呑な目をさらに険しくさせてこちらを見てくる。剣を一振り。


「――今、何かしたか?」


 後ろから吹き出す声が聞こえた。くすくすとした笑い声。空気を読まないロピナだ。

 実際のところ何をしたかはよくわかっている。しかし、魔法強化の余波で飛ぶ斬撃は消滅したため、あながち何もされていないというのも間違いでもない。


「あァ!?」

「そう威嚇するな。お前、前線帰りだな?」

「ハッ、それがどうしたよォ、てめェに関係ねェだろ」


 鼻で笑い、ヒジンと呼ばれる剣士の男はソウジンを睨みつける。


「それがそうでもないんだよ……」


 呟き、ガリガリと頭を掻く。背後をちら見し、魔人・・ロピナを見て。ニヤニヤと手を振ってくる相手に気が抜ける。少し、言葉を選ぶ必要がありそうだ。

 考えるのと同時、目前に迫ったヒジンが地面を蹴って両の手で掴んだ剣を振り上げようとしていた。


 ソウジンがどんな絡繰りで魔法を使っているのかわかっていないが、先ほどの攻撃に威力はなかった。ほとんど肉体にダメージはなく、さっさとここを片付けて屋内に戻ったであろうヤミクロを追おうと考える。

 無論のこと、ヤミクロが魔力の欠片も残さずこの世から消滅しているなどヒジンは夢にも思っていない。


 見た目派手だが強者の気配はせず、魔力反応も弱い。

 前線国家を脱出してより先、ヒジンは自分より強い敵と相対していなかった。真の強者がどんなものか、隔絶した存在がどんなモノなのかを忘れてしまっていた。だからこそ。


「まあその程度だよな」


 納得の呟きが耳を掠めた時にはもう、ヒジンの全身を異様な衝撃が貫いていた。


「ご、ガァァッ!!?」


 総身に纏う雷から新しい槍を生成し、石突を使ってヒジンの腹を突いた。

 やっていることは貧民街で洗脳された住民を相手にした時と同じだ。だが速度が違う。瞬きなんてレベルではなく、当たり前に音を越える槍撃が繰り出されていた。

 今回は音もない。丁寧な槍捌きと魔法を駆使することで、音越えにより生じるエネルギーをすべて相手に叩き込んでいた。


 地面と平行に宙を吹き飛び、先ほどとは比べものにならない勢いで壁に叩き付けられる。粉砕し、廊下を突き抜け一つ奥の建物をへこませた。


「聞こえてるかわからねえが、前線帰りなら俺にも関係あるんだよ」

「ぐ、ギィアあァッ!!」

「っと」


 半歩下がり、剣の範囲から外れる。飛ぶ斬撃は顔を逸らして避けておいた。

 石片を落としヒジンが立ち上がる。突かれた腹が痛むのか、片手で腹部を押さえている。


「俺もお前たちと同じ……いや同じと言うのはちょっと嫌だな。お前たち屑とは違うが、前線帰りって意味では同じなんだよ」

「っるせェ!!」


 今度は油断なく、フェイントも混ぜて魔力を伸ばし刃の接触範囲を誤認させ、ふんだんに魔力を込めて飛刃を使っていく。

 振って、振って、振って。数秒で数十以上に剣を振るう。


「な、んで当たらねェ!?」

「お前が遅いからだろ」


 一槍。

 敢えて音と衝撃波を残し、剣により逸らされた槍から生じる波で男が吹き飛ぶ。体勢を崩し、宙に浮いたところでソウジンの蹴りが刺さる。

 轟音を立てて再度壁に叩き付けられるが、ヒジンは必死に身を捩ってその場を離れる。同時、突き刺さり弾ける雷槍。爆裂した魔法の槍が周囲に雷を広げ、火傷し痺れた男が膝をつく。


「前線から逃げ帰る奴には二種類いる」


 と、っと無音でヒジンの前に現れたソウジンは呟く。

 返事はなく、得体の知れないものを見る目が向けられる。懐かしい表情に苦笑する。


「一つは国境を通り逃げてきた者」


 無理やりに身体を動かし剣を振るうも、ソウジンに当たることはなかった。


「もう一つは、越境により脱国した者だ」

「それが、なんだってんだよォ!!」


 ダン! と地面を蹴って土煙を広げ、拾った石片を投げ飛刃を使い目くらましも行う。

 一度不利な状況を脱しようと、人質探しに大園庭へ戻ろうとする。


「――国境なんて誰でも通るだろうと思うが、意外にそうでもないんだ。前線国家から後ろに行く時、国境なんてほとんどないようなものだろ? 人伝にちゃんと話を聞いて特定の街に行って手続きをしなきゃならない。面倒くせえからな。敗戦で惨めに逃げ帰ったやつがそんなことするわけねえよ」

「ぎ、ガアァァアッ!!」


 逃げようとするヒジンの背を蹴倒し、手のひらに槍を突き刺し動きを止めた。

 雷撃が巡る。眩い光が男の血肉を沸騰させる。


「だがまあ、その手続きが結構大事なんだ。国境で言われるんだよ。前線から逃げるなら、せめて迷惑かけずに後ろで静かに生きてろってな」


 溜め息を一つ。

 人類が生存のために戦っているのに、そこから逃げるなんて本来許されるはずがない。負けたら滅亡なのだ。そりゃ戦力を逃がしたくなどない。だが、気力のない奴を戦わせても意味がない。だからこそ誰にも何にも迷惑をかけず、波風立てず生きろと言われるのも仕方ない。


「ぐ、ぐぎィ……ち、きしょ、ォ」

「ついでにもう一つ」


 歯を砕き凶相を歪めてソウジンを見る。

 這いつくばる罪人を真顔で見返し、警備兵は淡々と話を続けた。


「これでも俺は前線で少しは知られていたんだ。お前も前線帰りなら"二つ名"ぐらい聞いたことあるだろう」

「――ッ!!!」

「む」


 雷を置いて後ろに跳ね、突き刺した雷槍を弾けさせる。

 轟音と光が収束した後には、腕からだらだらと血を流す男が立っていた。


「魔力を集めて暴発させたか。危険なことをする」

「ハッ、殺すッ!」


 力を増した斬撃がソウジンを襲う。飛刃を宙に置いて、鋭さを増したそれが一振りごとに増加していく。


 雷で消し飛ばす以上に増える方が早い。多量の雷撃を放出すれば別だが、ソウジンの魔力にそこまでの余裕はない。肉体強化の魔法版、魔法強化だからこそ今も動けているのだ。


 少し押され気味――だが。


「二つ名持ちの敗残兵には、国境で追加の任務が与えられる」


 当たらない。傷つかない。届かない。

 明らかに速度も威力も増しているのに、ヒジンの攻撃はソウジンに掠ることさえない。血を流し、冷えて落ち着いた頭で焦燥感を抑え込む。

 聞きたくないのに、先ほどからソウジンの声が耳にするりと入り込んでくる。バチバチと音を鳴らす雷の槍を見ていると、頭のどこかが何かを言う。


「――お前らの尻拭いはお前らでやれ、だとさ」

「黙れェッ!!」 


 渾身の一撃が飛散する雷を斬り、広げた刃がソウジンの肩口に――ふ、っと消えた稲妻がヒジンの肉体を激しく叩く。

 吹き飛び、転がり、何とか体勢を整えようとして壁を壊し大園庭まで戻る。血を吐きながらも立ち上がると、既に数メートル先にはソウジンが立っていた。


「要するに、だ」


 呟き、ここに来て初めて雷の化身は槍を構える。脇を締め、右手に槍を、右足は前に、左足を引いて半身になる。左手は後ろに持っていき、軽く前傾姿勢を取った。


「後方国家を荒らす敗残兵は、同じ敗残兵の俺が殺さなきゃならねえんだよ」


 歪む視界を正し、ヒジンは剣を構えた。腕を上げて両手で柄を掴み、ソウジンの顔に刃を向ける。左足は前に右足は後ろに、胸を張って剣士の正道な構えを取る。


「俺は強い人間じゃねえが」


 ぽつりと、ソウジンは目の前の賊ではなく、誰かに、自分に言い聞かせるようにと言葉をこぼす。


「――お前程度に負けるほど弱くもねえよ」


 ビリビリと強烈な雷を纏い、帯電し放電する槍を見て、相手の構えを見て、相手の姿を見て、轟雷を秘めた、目の焼けるような眩い瞳を見て。

 ヒジンの朧げな思考が、沈んだ記憶を映し出す。


「――――」


 一度だけ、見たことがあった。

 戦場を駆け巡る、圧倒的な稲光。接敵した次の瞬間には別の敵を狩り殺し、本物の雷のように天地を瞬いていた。

 自由自在に槍を操るその姿は、同武器の使い手から敬意を込めて"槍使い"と呼ばれ。けれどヒジンはそれ以上に、男の代名詞ともなった固有魔法と槍を組み合わせた二つ名をこそ覚えていた。


「――て、めェッ」


 そんな、自分とは比べものにならない強さを誇っていた二つ名持ちもあっさり消えたと聞き、前線の恐ろしさを知った。はっきりと前線の恐怖を知ったのはもっと後だが、鮮烈な稲妻の輝きは知っている。覚えている。奴の、前線で名を馳せた奴の名は――――。

 

「――"迅雷一閃"」

 

 両者同時に踏み出し――雷の残滓と小さな声を置いて消えたソウジンが、ヒジンの背後に現れる。ジリジリと、空気を引き裂いた稲妻の残響が槍の軌跡を辿る。

 

「雷、槍ォ――ォ――」

 

 剣を持ったままの男が前のめりに崩れる。

 倒れた先、地面に血が広がることはなかった。ただ男の胸に大穴が空き、傷口は黒く焦げている。


 残ったのはソウジンただ一人。魔法の雷が、男の内心を代弁するかのように儚く弾けていた。

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