第41話 焚き火を囲んだ夕飯と談話
そして風呂から上がれば夕食だった。
といっても野宿の晩飯だ。
岩場の隙間で焚き火を囲み、パンと肉を焼き、紅茶を飲む。その程度のものだった。
「すまないな。今はたいした食材を持ち合わせていなかった」
「全然! パンだけの時もありましたよね、マコト様」
「パンどころか釣った魚だけの時もあったぞ」
「そうでしたね!」
「聖女の仕事もなかなかハードなんだな」
イリーナは目を丸くしていた。
聖女の任務なんて神聖な感じだが、実際はこうした外地での任務はほとんど冒険者と変わりない。
野宿だってもう何度目だろうか。
俺も霊薬をちびちびやりながら色々思い出していた。今日の霊薬はリ◯ビタンDに似た味わいで体に染みる。
「お肉美味しいです!」
でかい肉の塊に食らいつき、口いっぱいにしてモゴモゴしながらエリスは言う。
まぁ、腹一杯食べられるだけでもこの野宿はましといったところだろう。
「こんなもので喜んでもらえるなら何よりだ。それにしても今日は月が冴えるな」
「月ですか?」
空を見上げれば宙空には満月に少し足りないくらいの月が煌々と照っていた。
星も綺麗だ。
この世界はファンタジーの世界だから星空が俺の生前いた街より遥かに綺麗に見える。
天の川が見えるのなんかいつものことだった。
「私にも友達がいてね。月の好きなやつだった」
イリーナは唐突に言った。
「お友達ですか?」
「ああ、数少ない友達のひとりだ。学校に通っていた時はよく一緒に過ごしたものだ」
「イリーナさんも学校に行かれてたんですね」
冒険者といえば子供のころから修行するものだと思っていたから意外だ。
剣術学校かなにかだろうか。
「よく笑うやつだった。元気だけはやたら良くてな。見ているだけでこっちまで元気になるやつだった」
「仲が良かったんですね。ご友人さんと」
「こっちは1人が好きだったんだけどね。あいつがしつこく周りをウロチョロするものだから。根負けして友達になったような感じだったな」
「ふふ、良いご関係ですね」
「まぁ、あいつとの時間は嫌いじゃなかったね」
イリーナは昔を思い出しているのか月を見ながら遠い目をしていた。
「私が1人で生きているうちにあいつの方は冒険者の男と結婚して。まぁ幸せそうだった。子供にも恵まれて」
「それは素晴らしいですね。今もご友人さんは元気なんですか?」
「死んだよ。モンスターに襲われてね」
「え....。それはごめんなさい。私、すごくひどいことを....」
「良いんだ。気にしなくて良い。私が勝手に話しただけだから。あの日はあいつの好きな、月の綺麗な夜だった。ああ、ひどい話だったよ」
それから、イリーナはその視線をエリスに移した。なぜだか、すごく優しい目だった。
「君を見ているとあいつを、メイベルを思い出す。本当に良く似ている」
「そ、そうなんですか? 私がご友人さんと?」
「ああ、本当にね。話はそれだけだ。さぁ、食べたらとっとと寝るがいい。明日も戦闘ばっかりだぞ」
そう言うとイリーナは手に持っていたパンを強引に口に捩じ込み、寝床の準備を始めた。
「い、イリーナさん。今の話は?」
イリーナの話の真意がまだあるような気がしたエリスは急いで寝床を整えるイリーナの背中に言う。
「続きは明日だ。アルバ岬でアーフィスがもっと詳しく話してくれるさ」
「アーフィスさんが? 今の話を詳しく知っているんですか? でも、なにがどういう」
「とにかく今日は寝るんだ。明日保たないぞ」
そう言うとイリーナは寝床に入り、すぐに寝息を立てて寝てしまった。
なにがなにやら。
イリーナは急に昔話をしたと思ったら逃げるように寝てしまった。
色々唐突でいまいちなにがしたかったのか理解できない。
理解できない。
しかし、俺はそれらが示す答えがひとつだけ頭をよぎっていた。
しかし、それは事実ならば確かにアルバ岬の賢者はとんでもない変人だった。
そして、その変人ぶりからはあまりに意外なほど人間的な人物だった。
「どういうことなんでしょう。なんで突然ご友人の話をされて、なんで突然床につかれたのでしょう」
「さてな。人間いろいろあるんじゃないか?」
「マコト様はなにか分かったんですか?」
エリスは目を丸くして俺を見つめる。
だが、俺から言えることはなにもなかった。
全部明日になったら分かることだろうから。
だから、代わりに聞いた。
「エリスはやっぱりお母さんとお父さんのことは気にならないのか?」
温泉でのやりとりの二番煎じだった。
しかし、やっぱり改めて聞いた。
聞いた方が良いと思ったからだ。
「き、気にならないですよ。どうしてですかマコト様。なんでいきなり?」
「本当に気にならないのか?」
俺が重ねて聞くとエリスは少しだけ寂しそうに表情をかげらせた。
「本当はあんまり考えないようにしてるんです。考えると寂しくなるから。周りと比べようとしてしまうから。だから、考えないようにしてるんです」
「そうか」
エリスの言葉は多分それが全てだった。
エリスはその胸に人知れず孤独を抱えているのだろう。
教会が実家だと言っても、マザーが母親だと言っても。
本当は自分は親がいないんだと心の底では思っている。
でも、そう思うのは自分を育ててくれた全員に失礼だから。そんなことを思ってはダメだと胸の奥にその思いをしまっていたのだろう。
それがエリスの孤独だった。
エリスはどこかで自分はひとりぼっちな気がしているんだと思う。
「話してくれてありがとうエリス」
「なんで、どうしたんですかマコト様。マコト様までどうしていきなり」
「イリーナが言ったことも、多分俺が聞いたことも、明日答えが出ると思う。だから、もう寝ようエリス。今日は疲れただろう」
「マコト様がそうおっしゃるなら寝ますけども。次から次になんだか分からない話とか質問とかが投げかけられて釈然としません」
エリスはむー、と口をとんがらせていた。
確かにエリスからすればそうだろう。
だが、答えはまた明日だ。
エリスはとにかく俺にうながされるまま眠りにつき、やがて寝息を立て始めた。
ようやく今日は終わった。
色々大変な日だった。俺も周囲を警戒しつつ寝ることにする。
多分聞き耳を立てていた誰かにも今の話は伝わっただろうなと思いながら。
転生したら聖女の守護霊だった〜俺を精霊としか思ってない聖女の行動が危なっかしくて困る〜 鴎 @kamome008
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