第40話 セーフゾーンの温泉

 そして、晩飯の用意もそこそこに俺たちはひとっ風呂となったのだった。


 湯煙が漂い、その中をちゃぱちゃぱと水の音が響く。


 当然エリスとイリーナのものであり、当然2人は生まれたままの姿だった。



「はぁ〜、疲れが取れます」


「今日は歩き通しだったし、戦闘もあったしな。疲れてて当然だ」



 2人は思い切り伸びをしたりしているようだ。


 だが、当然見えない。


 俺は硬く目をつぶり、エリスの右斜め上でそれっぽいポーズをしているからだ。


 目の前にはおそらく魅惑の肌色の景色が広がっているが、それは見てはいけない。見ない。そう、硬く誓ったのだ。



「それにしても、本当にモンスターが強いですねここは」


「ああ、しかも下級モンスターの強化されたようなのばっかりだ。不思議な場所でね。まるで冒険者を試しているかのようだ。女神の試練というやつなのかね」


「アルバ岬まで2日かかる理由は分かりました。今日みたいなペースだと確かに時間がかかります」


「逃げても執念深く追いかけてくるやつも多いからな。簡単には進めないんだ」



 ここまで進んできての感想をエリスとイリーナは交わしていた。


 というか、思ったが。このクレシア街道はまるでRPGの隠しステージみたいだった。


 冒険初期を思わせる簡単なフィールド、出てくるのは初期モンスターのコンパチながら強力なものばかり。


 まるでクリア後に行ける隠しステージそのものじゃないのか。


 これも女神の趣味なんだろうか。



「それにしても君たちは強いな。クレシア街道でこんなに余裕を持って進める者は珍しい」


「はい! マコト様がいれば百人力ですから!」


「マコトだけじゃない。君だって大した法術の腕だ。2人のコンビネーションも良いしな。さすが腕利きの聖女というわけか」


「あ、ありがとうございます」



 まともに褒められてエリスは少し赤面しているようだった。


 いや、見えてはいないのだが。



「エリスは第6聖女だったか。新聞で読んだが」


「はい! 私が今の王様になって6人目の聖女です。聖女としてマコト様を顕してまだ数ヶ月しか経っていませんが」


「そうなのか。守護者の顕現に時間がかかったんだな。そういうケースもあると聞くが。話によれば大聖女ジゼルも同じだったと」


「そ、そうなんですか!?」


「ああ、私が聞いた伝承ではね。齢16のころにようやく守護者を顕したとか。そこから破竹の大活躍だったとか」


「そ、そうだったんですかぁ。良かった。少し安心しました。こんなに守護者様を顕わすのが遅いなんて出来損ないなんじゃないかって」


「そんなことはないだろう。世の中色々だ」



 2人は楽しそうに会話をしている。


 良かった。エリスとイリーナは完全に打ち解けているようだ。


 エリスは割と人見知りなところがあるが、どうやら心配ないようだ。



「君は生まれはどこなんだ? 聖女に選ばれる前はどうしていた?」


「私は孤児で、赤ん坊のころに教会に引き取られたんです。だから教会が私の実家みたいなものです」


「そうだったか。それは少し踏み入ったことを聞いたな」


「いえ、全然お気になさらず! そこを悩んでいるということはないので! ちなみに拾われたのはタレルという村だそうです」


「タレル? あのモンスターに襲われたという」


「はい。故郷というなら、そこが私の故郷です。あんまり馴染みはないんですけどね。私としてはアイズの教会が故郷です!」



 エリスはにっこり言った、と思う。


 エリスならそういう顔をするはずだ。


 だが、改めて聞くと少し胸が痛む話だった。


 少なくとも曲がりなりにも平和な国で生まれ育った俺には壮絶と言って良い過去だ。


 だが、多分それを言うことはあまりにも出過ぎたマネな気がした。俺みたいなのがエリスの人生に口を挟んで良いとは思えない。こんなただのやさぐれたおじさんが。


 だが、それでも、俺はエリスに少しだけ、



「エリスはお母さんやお父さんが誰か気にならないのか?」


 ああ、言ってしまった。


 それにエリスは少し黙った。


 珍しかった。明るいエリスが押し黙るというのは。



「そ、そんなことないですよ。私の故郷は教会で、マザーが私のお母さんみたいなものですから! 全然気になりません!」



 なんだかはぐらかされたような気がした。


 しかし、それ以上言うのはさすがに踏み込み過ぎな気がして俺は黙るしかない。



「なるほど、君たちが今回ここに派遣された理由はそれか」



 そして、唐突にイリーナは言った。



「え?」


「いや、なんでもない。気にするな。それにしてもマコト。なぜずっと目を閉じているんだ?」


「俺!?」



 そして、唐突に俺に話を振られ俺は動揺する。


 そこに気づくな。気づいたらダメなんだよ。



「待機している時はこんな感じだが?」



 精霊だから厳かにたたずんでるだけなんだよ。これで誤魔化されてくれ。



「ほぉ?」



 それと同時にざぱ、とイリーナが温泉から上がる音がする。



「い、イリーナさん?」



 ひたひたと足音が響き、俺の目の前で止まる。



「じゃあ、別に目を開けても構わないだろう? 精霊だから私たちの裸なんてなにも思わないだろうし。こーんな風に胸を寄せても、こーんな風に腰をくねらせても何の問題もないだろう? ほら、目を開けてくれ」


「ぬ! ぬぅ! 精霊ゆえ!」


「なんの関心もないんだろう? 証明してくれよぉ」



 おそらく目の前ではイリーナがこれでもかとばかりにエッチなポーズをとっている。


 今目を開けて耐えられるのか。


 だが、イリーナは疑っている。俺の中身が人間的な感性があるのではないかと。それを問い詰めている。


 俺の選択は....!



「は、ハレンチですイリーナさん! 私が恥ずかしいですよ!」


「ぶわ!」



 水に何かが飛び込む音がする。


 俺が選択する前にイリーナはどうやらエリスに風呂に引き戻されたらしい。


 危なかった。ナイスだエリス。



「いくら他国から来たとはいえ守護者様に失礼ですよイリーナさん!」


「おっとすまんすまん。こっちの慣習から外れすぎだったか。マコトの反応が面白くてな」


「もう!」



 エリスはぷんすこ怒っていた。


 さすがにエリスも聖職者だということか。


 そんな感じで楽しいが心臓に悪い時間は過ぎていった。

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