第4話 十三夜
発表会本番3日前の夜、ミュージカルスクールのレッスン場
出演者全員、本番用の衣装を着ている
主役、主要脇役のみ、衣装を着て舞台化粧をしている
ムネオ先生、大きな声で手をたたきながら、今後のスケジュールを全員に話す
「さあ、皆さん、今から、この教室での最終リハーサルするわよ、、、しっかりと舞台衣装に慣れてくださいね」
「よろしくお願いします」
「明日は休養日よね、ゆっくり休んでね、、、明後日は市民会館で最終リハーサルのゲネプロ、そして、明々後日の市民会館での本番と、このスケジュール表通りに進めていきますので、皆さん、気を引き締めてまいりましょうね! もう時間がないからね、、、頑張るのよ!」
朱鷺は乳母の役の衣装を着て、舞台化粧をし、緊張している
隣には、ロミオの母役の裕美も、衣装を着て舞台化粧をし、朱鷺に耳打ちする
「頑張るに決まっているじゃない、ねえ朱鷺、、、私たち同じ年でライバル同士、、、中学生の時から、このミュージカルスクールで、主役の座を競い合ってきたのよ、、、残念ながら今回はふたりとも脇役になっちゃったけどね、、、とりあえず、頑張ろう」
朱鷺は、自信なさげにうなずく
出演者、スタッフにスケジュール表を受け取り
それぞれ、教室の腰掛に座り、おしゃべりをしている
朱鷺は部屋の隅の腰掛に座ったまま、一人だけ台本を食い入るように見入っている
本番の曲が流れ、主役(ロミオとジュリエット)の二人、教室の真ん中で歌いだす
朱鷺は、教室の隅で台本を見つめ、自分の世界に入っている
教室の外側から、威儀の者の正装で、朱鷺の様子を見ている青年
『ロミオとジュリエット』の美しい音楽が、外まで流れている
金木犀の香りが漂い、十三夜の月が輝いている
教室内に、ムネオの熱く濃い指導の声が響き渡る
朱鷺はなぜか、涙があふれ、感情のコントロールができなくなり、
身体が震えだしてしまう、、、動けないのだ、、、
ムネオの熱い指導が続いて、どんどん舞台の場面が進行していく
「いいわよ、、、今の調子で、、、いいわよ、、、あっ、そこ、もうちょっと、、、まだ早いわよ、、、駄目じゃない、朱鷺ちゃん、、、あーあ、、、もうすぐ本番なのよ、、、」
突然、乳母のソロパート曲が止まり、ムネオの悲鳴のような叫び声が聞こえる
「大丈夫、、、朱鷺ちゃん、、、大丈夫、、、朱鷺ちゃん、、、朱鷺ちゃん、、、」
教室の中から、何も聞こえなくなるが、
しばらくして、ざわめきの中で、弱々しい朱鷺の声が聞こえる
「、、、頑張ります、、、私、、、頑張ります、、、」
輝く十三夜の月光を浴び、、、外から教室内の様子を眺めていた青年
長いまつげを伏せ、憂いに満ちた目で、唇をかみしめたまま、青年は突然消える
今夜も、ミュージカルスクールの厳しいレッスンを終えて、ふらつきながら帰宅
マンションに帰り着いた朱鷺は、コンビニで買った弁当とビールを出す
仏壇の前で、手を合わせる
「あーあ、やっぱり、ママとの思い出が一杯詰まったここが一番! ホッとして、くつろぐわ、、、今夜も、あの厳しいムネオ先生のレッスンを頑張った自分に、乾杯しなくっちゃ、、、カンパイ、、、今日はちょっと倒れちゃったけどさ、、、乳母役の朱鷺ちゃん、、、私、それなりによく頑張った! ねえ、ママもそう思うよね、、、」
顔色の悪い朱鷺、ビールを飲み、コンビニ弁当を飲み込むように食べる
が、美味しくない
いつものように、パソコンでyoutubeを見ている
やがて、パソコンを離れ、空き缶と弁当の残骸を片付ける
が、、、ふと思いつき、、、急いでパソコンの前に戻る
「、、、やっぱり、、、たぶん、、、間違いない、、、」
じっくりパソコンを見つめ、何度も繰り返して、確認する
「このyoutubeⓈ君、今は若いけど、年取ると絶対ああいう顔になると思うわ、間違いない、あの夜、電車で会ったあの紳士、絶対、Ⓢ君だと思う、でも、今は、若いのよね、年齢、違っちゃっているのが、、、変なんだけど、、、ね」
朱鷺、もう一本ビールを手にするが、ゆっくり冷蔵庫に戻す
「疲れてるからかな、、、こんな、ありえないことで盛り上がる私って、変だわ、、、」
あの電車の不思議な出来事が、頭の中で整理されていくようで、少しホッとする
ベッドの中に入ると、すぐに寝入ってしまう
窓の外、、、西の空に美しく輝く十三夜の月、、、
ベッドで眠る朱鷺を、威儀の者の正装で、長身の青年が見つめている
そして、、、
まつげを伏せて、優しく微笑みながら、朱鷺の薬指に触れ、
朱鷺の耳元で、やさしく、ささやく
「、、、いにしえより、、、変わらない、、、」
やがて、窓の外、十三夜の月が西の空に沈んでいくと、彼もゆっくり消えていく
漆黒の雲がたち込め、遠雷が光る
間遠だった雷光と恐ろしげな雷鳴が、漆黒の雲と共に、激しく、近づいて来る
雷雲を突き抜け、雷光に輝くエメラルドグリーンの竜が現れ、月を目指し昇る
夜空の竜は、鋭い爪が当たらないように柔らかく、眠る若い娘を抱きしめている
月裏に潜む、天翔ける磐船(いわふね)を探して、美しく輝く体をくねりながら昇る
、、、やがて、目覚める、横顔に幼さの残る若い娘、高校の制服を着ている、、、
しばらくすると、竜の腕の中で静かに涙を流す娘
「、、、ママ、、、クラクションの音が、、、ママ、、、ママ、、、」
その娘の涙を、竜が鋭い爪の指先を丸めて優しくぬぐい、静かにうなずく
やがて、おびただしい血がしたたりはじめ、娘はうめくように
「、、、助けて、、、誰か、、、」
すると、一息もつかぬ間に、
竜は月の光を受け、キラキラと煌めくエメラルドグリーンのガラス片を放ちつつ、
竜は、大量の血を流す娘を抱き、清らかな輝きを増しながら、
月裏に潜む、天翔ける磐船を目指して、娘の命を救うため、昇っていく
娘の命を救うために、月に向かって、昇っていく
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