第6話 十五夜
本番前日、、、夜、、、市民会館の楽屋、化粧前
壁一面に、鏡が張り巡らされた、大部屋の楽屋
テーブル前、明るいライトに、眩しく照らされている
出演者たちが、にぎやかに、濃い舞台化粧をしている
朱鷺は、乳母の役の化粧に、苦戦している
ロミオの母役の裕美は、すでに化粧を完成させ、朱鷺の隣でくつろいでいる
「朱鷺、、、私たち、こんなに早くから化粧したら、ゲネプロの時には、乾燥で化粧がひび割れして、本物のしわしわ婆さんになっちゃうけど、ねえ、、、私、、、イヤになっちゃうわ」
「裕美、大丈夫よ、こまめに直していけば、」
「そうはいってもね、、、私たちお肌の疲れがたまっているお年頃でしょ、なかなか難しいことだわ、、、ところでさ、朱鷺、いつになったら台本見ずにお稽古するの? いい加減にしないと、まずいことになる! と、思うんだけど、、、」
「そうなんだけどね、分かっているんだけど、ね、台本離せないのよ」
「いつまでも甘えていては、ダメよ朱鷺! ところで、私ね、この発表会が終わったら、もうこの世界から卒業するわ、、、決めたの、、、」
「えっ、急に、なによ、どういうことなの、、、?、、、」
「朱鷺と一緒に、中学生の頃からこのミュージカルスクールに通ってさ、いつか朱鷺の追いついて、主役の座から引きずりおろしてやろうと思って、、絶対に勝ち上がって見せよう、と思って、、、私、頑張って、、、レッスン頑張って、、、競い合ってきたけどね、、、私はここが限界なの、、、ミュージカルの道、諦めることにしたの、、、やっと気が付いたのよ、、、勝ち負けじゃないのにね、、、私ってバカだったのよ、、、自分の才能がないことに、、、やっと気が付いたの、、、」
「、、、私、裕美がいたから、ここで頑張ってこれたの、、、私、、、一人で、、、これから、、、どうしたら、、、いいの、、、高校1年生の時、突然、ママが交通事故で死んでしまって、、、なぜか、、、一緒にいた私だけが助かって、、、今でも、あの時のクラクションの音が耳から離れなくて、、、時々、手のひらの汗が止まらないの、、、クラクションの音が聞こえるとね、、、拭いても拭いても、、、手のひらの汗が、、、でもね、なぜか、最近やっと手のひらの汗が出なくなって、ほっとしている、、、けどね、、、なぜかしら、、、」
「仲良かったもんね、シングルマザーで頑張る朱鷺のママ、素敵な人だったもんね」
「私の大切なママ、、、私、、、寂しくて、悲しくて、どうしょうもない時、、、ミュージカルスクールの厳しいレッスンで、裕美と競い合うことが、私を立ち直らせてくれたの、、、」
その時、楽屋の入り口にムネオ先生がやってきて
「さあ、みなさん、、、お美しくなりましたか、、、お化粧のできた人から、順に衣装部屋に行って、それぞれのお衣装を着せてもらってくださいね」
「はーい!」
楽屋の皆、そろって元気よく返事して、次々と衣裳部屋に向かう
裕美、朱鷺へ本心の告白し、清々しい笑顔で振り返ることなく部屋を出ていく
朱鷺、鏡前で頭を抱え、しだいに顔をゆがめて、台本の上にうつ伏せになる
誰もいなくなった楽屋に、一人取り残された朱鷺
窓の外からは、金木犀の香り
しばらくすると、あの長身の青年が金木犀の小枝を手に、朱鷺の後ろに立っている
青年の隣には、、、
乳母のドレスを着た美しい中年女性が舞台化粧の顔から噴き出る汗を拭いている
舞台女優のアリサだ、、、
朱鷺、金木犀の香りに気づき、振り向き
「いい香り、、、金木犀の香りね、、、えっ、、、あなた、、、あの時の、、、」
「こちらは、2012年に国立劇場で上演された『ロミオとジュリエット』において、乳母の役を演じられ、その年の演劇賞を最高得点で受賞されたミュージカル女優のアリサ様です、、、今、、、国立劇場の『ロミオとジュリエット』の舞台が終わったばかりのところ、、、とりあえず、、、女優のアリサ様をお連れしました」
朱鷺は、憧れのミュージカル女優アリサの出現に驚くが、
成り行きはともかく、嬉しくて、アリサの話が聞きたくてしょうがない
「国立劇場の『2012・ロミオとジュリエット』、私、何度も通いました、アリサ様の乳母、とても素晴らしかったです、、、本当に素敵で、、、感動しました、、、素晴らしい歌声で、何度も何度も舞台のCDを聴いて真似しちゃった、、、私、、、全部歌えます、、、アリサ様の歌、、、全部、、、歌えます、、、」
興奮して話す朱鷺の隣に、アリサは汗を拭きながらも、優雅な身のこなしで移動し
「ごめんなさいね、、、舞台が終わったばかりで、まだ汗が引かないの、なんだか急にここへ連れられてきたのよ、、、この人に、、、私、、、」
アリサ、朱鷺の持つ台本に気づき
「、、、あなた、、、『ロミオとジュリエット』の乳母の役なのね、、、」
笑顔でうなづく朱鷺
青年がアリサに耳打ちし、朱鷺が乳母の役に苦しんでいる状況を説明する
アリサは、優雅に微笑んで、、、
「乳母の役、よね、確かに難しいお役、、、私もすごく悩んで、役作りしたのよ、、、歌のテクニックはもちろん大切ですが、感動してほしいの、、、心を強くして、より豊かに心動かして、相手を思って、歌うことが一番ですよ、、、できり限り最善を尽くす!、、、そして、、、」
アリサはここまで話すと、二人の様子を見守っている青年を、チラッと見て、
朱鷺の耳に手を当てて、何かをささやく
アリサのささやく声に、頬を赤らめて、うれしそうにうなずく朱鷺
アリサが優雅な身のこなしで、青年の元に戻ると、
突然、青年とアリサ、、、ふたりとも、一瞬で消える
金木犀の小枝だけが、床に残っている
朱鷺は声も出さず、目をつむり、深呼吸している
「、、、夢、、、なの、、、でも、私、最善を尽くすわ、、、」
そうつぶやくと、台本を置いて、金木犀の小枝を拾い、衣裳部屋に向かう
窓の外、十五夜の月が輝いている
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