第2話 三日月

 翌日、夕方、市役所通用口の時計、6時10分を指している

 平凡な服装で顔色の悪い朱鷺と、スポーティな洋服が似合って笑顔が可愛い笑里

 ふたり、揃ってゆっくり通用口から出てくる


 「朱鷺先輩、今日はミュージカルスクールお休みの日ですよね! 帰りにお夕飯ご一緒したいんですが? 少し相談に乗っていただきたいことが、、、朱鷺先輩のスピリチュアルパワーで教えていただきたいことがあって、、、今から飲みに行きませんか?」  


 朱鷺、笑里に気づかれないようにして、財布の一万円の存在を確認し、笑顔で


 「いいわよ、笑里ちゃんのお供をするわ! 今夜はスクールお休みだから、しっかりと付き合うわよ」

 

 「良かった、うれしい、、、朱鷺先輩いつもお忙しそうで、遠慮していたんです」


 「私ね、今回の発表会、ジュリエットの乳母役がどうしても嫌でね、なんとかして、自分自身に納得させようと思っているんだけど、なんだかねえ、迷路にはまっちゃった感じなの、、、今夜は笑里ちゃんと一緒に盛り上がって、気持ちの切り替え日にさせてもらうわ!」


 「今夜は、ふたりで、とことん飲みましょう!」


 朱鷺は笑いながら、笑里と通用口を出て、夜の街を目指す

 西の空に、三日月がキラキラ輝いている





 2時間後の居酒屋

 ふたり、混み合う店内でビールを飲みながら居酒屋らしい料理を楽しんでいる

 朱鷺はかなり酔って、頬を赤らめ、大きな声で盛り上がっている


 「今日はレッスンお休みで、息抜き日なのよ! お酒美味しくてね、、、私、ちょっと解放されたかも、、、笑里ちゃんも、もっとジャンジャン飲んで!」


 「ジャンジャン飲みます! 朱鷺先輩、ここの焼き鳥、めっちゃ!美味しいです! 最高っす! もっと頼んでもいいですか?」


 「今夜は私のおごりよ! どんどん飲んで、、、焼き鳥食べて、、、いっぱい頼んで、、、笑里ちゃんったら、本当に可愛いんだから!」


 笑里、笑顔で元気よく手を挙げ


 「すみません! お願いします! 焼き鳥5種盛り合わせ、追加です!」


 店の奥で、女性店員が返事している


 「そういえば、、、笑里ちゃん、、、相談したいことって、、、何、、、」


 「朱鷺先輩、私ね、この間のお休みの日、篤史の家に行って、サプライズで、ベッドの中で待っていたのね」


 朱鷺、不思議な顔で悩みながら、思い出そうとするが


 「、、、篤史って、、、誰、、、」


 「先月の、生活衛生課の皆で行った、あのバーベキュー大会、そこで知り合った、あの時の、、、体育会系の、、、篤史君!」


 「あ、あの時のマッチョ、、、日に焼けた、、、」


 「そうです! マッチョの篤史君、、、日に焼けた、、、」


 「ああ、あの男の子ね」


 「彼の家のベッドの中でね、私ね、裸でね、待っていたの」


 「、、、え、、、裸、って、、、服脱いだの?」


 「だって、、、服脱がなきゃ、裸にはなれませんけど、、、だって、彼は将来性ありそうだし、実家が会社経営の資産家なんですって、、、バーベキュー大会で、篤史ったら、紫子のデッカイ胸ばかり見てたし、先に私のものにしないと!って思ったんです、、、ところで、篤史君、どう思いますか? 朱鷺先輩のスピリチュアルパワーで、これからの私と篤史君のこと、見てくださいよ! お願いします!」


 その時、長身の男性店員が、焼き鳥5種盛り合わせを持って来る


 「お待たせしました。焼き鳥5種盛り合わせです。」


 朱鷺、笑里から目をそらせ、盛り合わせの皿を受け取り、長身の男性店員の顔を見て、体が固まってしまう


 「、、、昨夜の、、、」


 「そうです、、、昨夜の、、、です。」


 長身の男性店員は長いまつげでゆっくり瞬きすると、店の奥に行ってしまう

 朱鷺は、ぼうぜんと店の奥を見つめている


 「先輩、朱鷺先輩、、、でね、篤史君ね、裸の私を見て、、、ねえ、、、聞いていますか? 私の話、大切な相談なんですけど」


 朱鷺、青白い顔になり、目が座って


 「篤史君だっけ、、、ダメよ、、、あの男、、、笑里ちゃんのこれからの人生には登場しないわ、、、ダメよ、、、」


 「どういうことですか? 私の人生に登場しない男って、、、いったい、、、どういうことですか?」


 「あんな最低クズ男、、、笑里ちゃんの人生には登場しないのよ! 今も、、、これからも、、、ずっと、、、絶対に!、、、だからダメなのよ!」


 朱鷺、そう叫んで立ち上がるが、意識を失い、倒れる

 居酒屋の店内、笑里の悲鳴が響き、大騒ぎになる

 店奥から、長身の青年が駆け付け、倒れた朱鷺を軽々抱き上げ、店奥へ





 居酒屋、店奥の小部屋

 気を失いソファに横たわる朱鷺の額を、笑里が濡れたタオルでふいている

 朱鷺、目を覚まして、手を上げようとする


 「朱鷺先輩、大丈夫ですか? お疲れがたまっていたんですね、、、いつもお酒強くて、、、乱れたことなんかなかったのに、、、無理に誘って、ごめんなさい、、、」


 朱鷺、笑里の肩に手を置いて


 「私、どうしちゃったの?」


 「もう、大丈夫ですよ、、、お水、飲んでください」


 朱鷺はおいしそうに水を飲むが、笑里は心配顔で


 「倒れたんですよ、いつもよりお酒の量が多かったみたいです、ピッチも早かったし、さっきタクシー呼んだので、もうすぐに来ますよタクシー、先輩のマンションまで送りますね!」


 朱鷺、キョロキョロまわりを見回して


 「店員さんは、、、焼き鳥の盛り合わせを持ってきた、、、男の店員さん、、、背の高い、、、長いまつげの、、、懐かしい感じの、、、男の店員、、、」


 「朱鷺先輩、大丈夫ですか? 最後に焼き鳥の盛り合わせを持ってきたのは、女の店員さんでしたよ。 この店の店員は、全員、女性ですけど、、、」


 「、、、え、、、私の見間違いとは、、、思えないけど、、、」


 店のほうから、女性の声で


 「お待たせしました、、、タクシー来ました、、、」


 笑里は、顔色の悪い朱鷺を抱き起し、フラフラ歩き出していく





 夜空に、ぼんやり浮かんだ雅な御殿が、ふんわり浮かび、

 桜の花びらがが、ひらひらとふりそそいでいる

 その御殿の中に、、、

 あでやかな十二単をまとい、おすべらかしの美しい女性が二人、

 そして、威儀の者の正装をまとい、武具を携えた長身の青年が一人、

 長いまつげを伏せて、整った横顔が見える

 三人は、笑顔だが声を出さず、笛の柔らかな音色を楽しんでいる

 遠くから、女の声柔らかに響く


 「やすらはで、寝なましものを、小夜ふけて、傾ぶくまでの、月を見しかな」


 笛が複雑な音色に変わり響き渡る、やがて、琴も加わり、華やかになる

 桜の花びらは止み、、、

 赤く染まった紅葉の葉が一枚一枚、ゆっくり舞うように落ちてくる


 「傾ぶくまでの、月を見しかな」


 琴の音が止み、、、寂し気な笛の音だけが聞こえている

 次第に紅葉の葉も止み、、、青年のささやく声が聞こえる


 「、、、やっと、、、逢えた、、、愛おしい、、、」


 地上では、豊かな森で多くの鹿たちが草をはみ、楽しそうに遊んでいる


 しばらくすると、

 浮ぶ御殿は、ゆっくり霞んでいき、星空に溶けるように消えていき、

 次第にか細く聞こえていた笛の音も途切れてしまう






 

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