第30話 清水さんと僕

「僕たちも教室に戻ろうよ」


先輩がいなくなって数分後、僕と清水さんは未だに体育館裏にいた。


「あんなこと言っといてなんでお前はいつも通りなんだよ! というかそもそもどうしてここに私がいるって分かったんだ?」


 清水さんが言うあんなことが一体何を差しているのかは分からないけど、後半の質問には答えられる。


「正直ここにいるとは分からなかったよ。でも告白なら他の人が来ない場所でするだろうから、学校中の人が来ないような場所を順番に見てきたんだよ。それでここの近くに来た時に叫び声が聞こえて、もしやと思って来たら清水さんを見つけたんだ」

「……お前に告白のことは言ってなかっただろ」

「愛さんから聞いたんだ。愛さん、清水さんのことすごく心配してたよ」


 愛さんに清水さんを見つけて無事であることを報告する。すぐに既読がつき安心したと愛さんから返信が来た。


「愛が……。それは分かったけどなんでお前は私を捜しに来たんだよ。教室で待っていても良かっただろ」

「心配だったんだよね」

「何が?」

「清水さんが危ないかもしれないと思って」


 愛さんの話は部分的にしか聞いていなかったが、清水さんに危険が及ぶ可能性は十分あるように思えた。


「そんなのほっときゃいいだろ。もし何かあったとしても私の責任だ」

「ほっとけないでしょ」

「なんでだよ」


 なんでそんな当たり前のことを聞くのだろうか。

ここは僕の気持ちをしっかり清水さんに伝えないといけない気がする。


「多分清水さんが思ってるより僕、清水さんのこと大切だと思ってるから。清水さんがもし傷つくことがあったら絶対後悔すると思う」

「なっ」


 清水さんの顔が先ほどと比べて赤みを帯びている。


「お、お前ほんと急に何言ってんだよ!」

「何って清水さんは大切な人だって……」

「それ! 大切な人ってどういう意味だよ!」


 何故か清水さんは興奮気味だ。


「先輩に言われて改めて考えたけど、僕たちの関係って一体なんなのかなと思って。クラスメイトではあるけどそれだけの関係じゃないし、でも友達だとは清水さんは思ってないかもしれないなと。それで僕が清水さんをどう思ってるかって考えたら、大切な人って言葉がしっくりきてさ」


 答え終えたが清水さんからの返事はない。


「あの……清水さん?」

「それって異性として……」


 清水さんの声量が小さく聞き取れない。だけど少し落胆しているように見える。


「ごめん。もう一回言ってくれる?」

「今のは独り言だから気にするな」

「う、うん、分かった」


 正直結構気になるけど目に見えるくらいテンションが一気に落ちた清水さんにはなんだか聞きづらい。


「お前がなんでここに来たか理由は分かった。それにしてもこんなことになるなら髪染め直すんじゃなかったな」


 清水さんが自嘲気味に笑った。


「告白されるのが嫌で清水さんは髪を金色に染めてたの?」

「そういや言ってなかったか」

「うん。言いたくなければいいけど」


 清水さんは少し考えるしぐさを見せる。


「お前だったらいいか。意外だと思うだろうが私中学までは結構モテたんだよ」

「清水さん綺麗だし、一緒にいて楽しいから全然意外じゃないけど」


 愛さんからも少し話を聞いていたということもあり衝撃は少ない。


「……話の腰を折るな」


 清水さんに睨まれるがいつもより凄みを感じない。

その顔が朱に染まっていることも関係があるかもしれない。怒っているというより少し恥ずかしそうだ。


「まあいい、それで毎回告白した理由を聞いてたんだがみんな揃って一目惚れだの見た目が好みだの言いやがって。それって容姿でしか私を判断してないってことだろ」


 そういう清水さんは何とも言い難い表情をしていた。


「清水さん……」

「だから高校でもそんな外見だけで判断する奴らに告られるなんてゴメンだったから、髪色を金色に変えたんだ」

「清水さんって昔から髪金色じゃなかったの?」


 衝撃的なカミングアウトに驚きを隠せない。


「違う。中学までは普通に黒だった」


 中学生の頃の清水さんを想像する。清水さんが僕の通っていた中学校の制服を着た姿はなぜか既視感があった。


「あれ?」

「どうかしたか?」


 なぜ僕は中学の制服を着た清水さんをどこかで見たことがある気がするのだろう。


「清水さんって僕と同じ中学だった?」

「唐突だな。前に言っただろ」

「そうだったかな」


 前に話したことがあったような、なかったような。正直覚えていない。


「だからなのか。清水さんと中学の時に会ってた気がしたのは」

「思い出したのか!」


 清水さんが勢いよく僕の肩を掴み自分の顔に寄せる。


「ちょっと清水さん近いって! 思い出したって何を?」


 僕の言葉を聞くと清水さんが肩から手を離した。


「いや、分かってないならいい。同じ中学だったから学校のどこかで会ったこともあるだろ」


 そう言った清水さんの顔はどこか寂しそうだった。僕は上手く言えないけど清水さんにそんな表情をしてほしくなかった。

両手で自分の顔をパンパンと叩く。


「なにしてんだ?」


 清水さんが不思議そうに僕を見てくる。

僕は脳を全力で働かせ記憶を辿る。今と多少容姿や雰囲気は違っても、清水さんと昔会っていたなら完全には忘れていないはずだ。


「な、なんでそんなに真剣な目で見てくるんだよ!」

「あ、ごめん」


 無意識に清水さんの顔を見つめていたらしい。


「それにしても私を心配するのはいいけど、気を付けないとお前だって危なかったんだからな」

「ははは、それ前にも誰かに言われた気が……」


『気をつけないとお前も危ないぞ』


 頭の中にいつの日かの声が響く。

そうだ。前にも今の清水さんみたいに誰かが僕のことを心配してくれた記憶がある。あれはいつのことだっただろうか。確かまだ中学の頃だったような……。


「本堂?」


 そうあれは中学三年の時だった。昔の記憶が今になって鮮明に甦る。


「おい、本堂、聞こえてないのか?」


 ハッとする。思い出すことに夢中で清水さんの声が聞こえていなかったみたいだ。


「ごめん、少し考え事してた。それでなんだけど、僕と清水さんって中学三年生の時にもしかして会ったことある?」

「あの時のこと思い出したのか?」

「本当にさっき思い出したところだけどね」


 中学で初めて会った時とは言葉遣いや雰囲気が違っていて、一年以上一緒にいたけど正直分からなかった。この前までは髪色も違っていたこともあるかもしれない。


「……気づくのが遅いんだよ」

「それにしてもなんで中学の頃会ったことあるって言ってくれなかったの? 清水さんは僕のこと覚えてたんでしょ?」

「だって恥ずかしいだろ……」

「恥ずかしい?」


 何が恥ずかしいというのだろう。思い出してみても中学の頃の清水さんもそこまで変わった格好や性格ではなかったと思うけど。


「本堂に助けてもらったことを私だけが今でもまだ覚えてるって、なんだか一方的にお前のこと気にしてるみたいじゃねえか……」

「そんなことはないと思うけど。それに助けたって言ってもあの時も別に大したことしたわけじゃないし……」

「そんなことねえ!」


 清水さんが叫ぶように大きな声を出した。


「そんなことねえ。あの時だって今回だってお前は私のこと助けてくれた。中学の時もさっきもお前が来なかったら大変なことになってたかもしれねえ。あの時は言えなかったけど……その……」


 次の言葉は発せられない。僕は清水さんが話すまでいつまでも待つつもりでいた。そしてその時は思っていたより早く訪れた。


「……ありがとう」


そこまで大きな声ではなかったけど僕にははっきりと聞こえた。

そのシンプルな感謝の言葉に僕の心は驚くほど揺さぶられた。この気持ちはなんだろう。上手く表現できなくてもどかしい。これまで僕に芽生えていなかった新しい感情なのかもしれない。


「……なんか言えよ」


 自分の気持ちを整理しているうちに思ったより時間が経っていたようだ。

清水さんが僕を不安げに見つめてくる。気持ちを不格好でもいいから一刻も早く口にしなければ。


「よかった」

「何が?」

「清水さんの助けになれて。僕が今までしてきたことって自己満足でしかないから、相手がどう思ってるかはあまり気にしたことがなかったんだ。だけどこれまでのことが少しでも助けになれてたならよかった。ありがとう清水さん」

「ふふ、なんでお前まで私にありがとうって言ってるんだよ」


 清水さんが柔らかい笑みを見せる。清水さんが笑っているところを僕は初めて見たかもしれない。


「もしかして清水さんって可愛い?」

「な、なんだよ急に。それになんで疑問符ついてんだ!」


 自分でもなぜ出たか分からない言葉が口から放たれた。僕は一体どうしてしまったのか。


先ほどまでの笑顔はどこにいったのか、怒りからかはたまた恥ずかしさからか清水さんの顔は真っ赤になっていた。


「ちょっと落ち着いて清水さん」

「落ち着けるか! いきなり可愛いとか言って、からかってんのか!」

「からかってなんてないって。ただちょっと思ってたことが口からポロッと漏れたというか……。とにかくこんな時に冗談で可愛いなんて言わないよ!」

「ッ……。じゃ、じゃあ本気で可愛いって言ったのかよ」

「そうだよ。僕は清水さんを本気で可愛いって思ったから可愛いって言ったんだ」

「なっ」


 ここまで来たら引くに引けない。こっちもそれなりの覚悟を持って可愛いと言ったのだと信じてもらうしかない。

僕をじっと見てくる清水さんの顔は変わらず朱に染まっている。


「……お前がそこまで言うなら分かった」

「分かってくれて良かったよ」

「分かったからこの話はこれで終わりな」

「うん」


 どうしてこんなことになったか分からないけど、僕たちの口論は無事に終了した。




「さて、そろそろ教室戻るか」

「そうだね」


 体育館裏に来てからどれくらい経っただろう。結構長い間ここにいた気がするから俊也は僕を少し心配しているかもしれない。

帰ろうかと思ったその時、まだ聞いていない疑問があることを思い出した。


「そういえばずっと気になってたこと聞いてもいい?」

「なんだよ」

「金髪に染めた理由は分かったけど、それならなんで黒髪に戻したの?」


 髪を黒く染めた時にも一度聞いたけど、その時には答えてもらえなかった記憶がある。だけど今なら清水さんも理由を教えてくれるのではないか。


「それは……」

「それは?」


 息を呑む。やはり髪を黒に戻したことにも意味があるのか。


「……その時が来たら話す」

「その時っていつになったら話してくれるの?」

「そ、その時はその時だ!」


 清水さんはそう言うと勢いよく駆け出した。


「えっ、ちょっと待ってよ清水さん!」


 僕は一足早く走り出した清水さんの背中を追い、教室まで走って戻ることになるのだった。

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隣の席のヤンキー清水さんが髪を黒く染めてきた 底花 @teika2485

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