第29話 清水さんがいない昼休み③

「……少しだけだぞ」


 なんとか許可をしてもらえた。先ほどまでずっと全力で走りっぱなしだったので非常にありがたい。息を整えているといつの間にか清水さんが僕の隣まで来ていた。


「おい、なんでお前がここにいるんだよ」


 清水さんが小声でボソッと僕に話しかけてきた。


「まあ色々あってさ」


 本当はもう少し丁寧に説明したいけどその時間はない気がする。愛さんにも報告をしたかったんだけど。


「そろそろ話せ。お前はそもそも誰だ?」


 待ちくたびれたのか、先ほどまで清水さんと話していた男の人が声をかけてくる。


「待たせてすみません。僕は二年の本堂大輝と言います」

「これは丁寧にどうも、後輩君。それで本堂君はこんなところまで何しに来たのかな?」


 急に先輩が言葉遣いを直す。それが逆に不気味に思えてくる。僕がここに来て人数的にはこちらが有利なので先輩も手荒なことはしないと信じたいけど……。


「清水さんを捜しに来ました」


 端的に目的を告げる。先輩はニコリとしているが目が笑っていない。


「だったら目的は果たせたみたいだね。そして彼女は俺と話している途中だから君はここでもうさよならだ」

「もうお前との用事は済んだだろ。私はもう教室に戻るぞ」

「つれないな。もう少し話せばきっと気持ちも変わるよ」


 先輩は既に僕のことは眼中になく清水さんしか見ていない。


「変わるわけねえだろ。お前みたいな容姿だけ見てる奴なんて願い下げだ」


 少し口調はきついけど、中学時代の清水さんの話を聞いた後だとそう言いたくなる気持ちも理解できる。僕が一人で納得していると歯ぎしりをする音が聞こえた。


「性格丸くなったと思ってこっちからわざわざ付き合ってやるって言ってやったら、なんだその態度は!」


急に声を荒らげた先輩の方に視線を移すと、その表情からは怒りの感情しか読み取れなかった。


「先輩落ち着いてください」

「部外者は引っ込んでろ! だいたい顔以外に良いところがないお前がぜいたく言ってんじゃねえ! 調子に乗るな!」


 先輩は感情をコントロールしようともせず好き放題言ってくる。ふと気になって清水さんの方を見る。彼女は今まで見たことがないくらい悲しげな表情をしていた。僕の中にある何かの糸がプツリと切れた。


「……訂正してください」


 自分でも驚くほどに低い声が出る。


「あ?」

「訂正してくださいって言ったんです」

「何をだよ?」


 先輩が凄い剣幕で睨んでくるが恐怖は感じない。


「顔しかいいところがないと清水さんに言ったことです」

「事実だろ」

「いいえ、先輩が知らないだけで清水さんには良いところがたくさんあります」

「な、なんだよ」

「清水さんは調理実習で人手が足りなかった時は率先して僕を手伝ってくれましたし、昼ご飯を買えなくて困ってたら自作のお弁当を分けてくれるくらい優しい人なんです」

「本堂……」


 清水さんが何か言いたげだが僕にも言いたいことがまだまだ残っている。


「それに聞き上手だから話してていつも楽しい気分にさせてくれますし、それに別に話すことがなくて一緒にいるだけでも……」

「おい、もう分かったからいいって」


 清水さんが僕の話を遮ってくる。その表情は先ほどまでと異なり焦っているように見える。悲しそうな表情ではなくなってほっとする。だけど話を止めるわけにはいかない。


「なにも良くないよ。まだ全然清水さんの良いところ伝えられてないんだから。確かに先輩の言う通り清水さんは容姿も優れているとは思いますけど、それは清水さんの魅力のほんの一部でしかなくて……」

「もういいって言ってるだろ!」

「むぐっ」


 清水さんが正面から手で物理的に僕の口を塞ぐ。手には思った以上に力が籠もっていてなかなか外すことができない。必死の抵抗の末に拘束を外した時には僕も清水さんも息が切れていた。


「はぁ……はぁ……。急に何するの清水さん」

「……はぁ……はぁ。お、お前が恥ずかしいこと言うからだろ!」

「別に全部本当のことなんだから恥ずかしくなんてないよ」

「恥ずかしいわ! 聞く方の身にもなれ!」

「何お前らじゃれあってるんだ」


 声のした方を向くと先輩が何故か呆れた顔をしていた。その表情にはもう怒りの感情は見られない。


「あ、すみません。それじゃあ再開しますね」

「いらない。もううんざりするほど聞いた。なあ一つ聞いていいか?」

「なんでしょうか」

「お前がここに来た時から気になっていたが、お前はそいつとどういう関係なんだ?」

「僕にとって清水さんはほっとけない人です」

「ほっとけない人?」


 先輩は分かっていないみたいだ。端的に言いすぎて伝わらなかったのだろうか。


「はい、優しいのに不器用だから目を離せない存在です。多分、一緒にいる限り僕はずっと清水さんを思わず見てしまうと思います」

「本堂お前な、何を……」


 清水さんがなぜか動揺している。何も特別なことは言ってないのに。


「……なるほどな。はあ……」


 先輩がため息を吐いて僕と清水さんに背を向けた。


「先輩?」

「やめだ、帰る。のろけを聞くためにここまで来たわけじゃない」

「のろけ?」


 何を言っているのだろう。僕が話していたことが正しく伝わっていないのかもしれない。


「おい、ちょっと待て。この状況で今コイツと二人きりにするな」

「清水さん?」


 僕が来た時は先輩から離れたがっていたように見えたのに、どういう心境の変化だろう。


「嫌だね。この俺を振ったんだから二人きりで気まずくなってせいぜい苦しんでくれ。それとその……言いすぎた。さっきは悪かった」


 それだけ言うと先輩は校舎に向かって一人歩き始めた。


「言いたいことだけ言って帰るんじゃねえ!」


 清水さんの叫びはここにいる三人以外に届くことはなかった。

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