第28話 清水さんがいない昼休み②

「おーい大輝。起きてるか?」

「え? うん、大丈夫だよ」


 昼休み、僕が少し考え事をしているとお弁当箱を持った俊也が声をかけてきた。


「何ぼーっとしてるんだよ」

「ちょっとこの前の休日のこと思い出してて」

「休日になんかあったのか?」


 そう言いながら俊也は僕の前の空いている今野君の席に座った。


「ショッピングモールに行ったら偶然清水さんに会ったんだよね」

「清水さんに?」

「うん。お姉さんも一緒だった」

「清水さんのお姉さんってことは清水愛さんか?」

「俊也、愛さんのこと知ってるの?」

「さすがに俺も生徒会副会長くらい知ってるよ。それに愛さんはあの清水さんのお姉さんだったり可愛かったりで結構有名人だぞ?」


 そうだったのか。愛さんのことをよく知らなかったのは僕だけだったらしい。


「それでその二人に会ってどうしたんだ?」

「愛さんに誘われて清水さんたちと一緒に買い物したんだよ」

「面白い展開だな。大輝って愛さんと元から面識あったのか?」

「いや、その時に初めて会った。愛さんは僕のことを知っていたけど」


 おそらくだけど清水さんからあらかじめ僕の話を聞いていたのだろう。


「そうなのか。それにしても初めて会った大輝を自分たちの買い物に誘うとは、愛さんってフットワーク軽いな」

「僕もびっくりしたよ」


 愛さんの距離を縮める早さには確かに僕も驚きを隠せなかった。


「それで買い物って何を買いに行ったんだ?」

「服を買いにきてたみたい」

「そしたら大輝は服選びを手伝ったのか」

「あまり手伝えてはなかったけどね。服を試着した二人にただ感想言ってただけ」


 意見がほしいとは言われたけど有益な意見を言えた覚えがない。


「服選びの手伝いなんてそんなもんじゃないか?」

「そうかな」

「俺もあまり女の子の服選びを手伝った経験ないから断言はできないけどな。それでその後はどうしたんだ?」

「ゲームセンターで遊んだ。その後に愛さんは用事があって別々になって僕と清水さんは一緒に途中まで帰ったよ」


 端的に言えばこの説明で合っているはずだ。


「へえ、なるほど。それなら大輝はその休日について何を考えてたんだ?」

「ちょっとその時、愛さんに言われた言葉が気になってて……」


『どうして圭のそばにいるの?』


 あの質問がなぜか今でも僕の頭を離れなかった。

 そんなことを思い出していると教室の後ろのドアが勢いよく開いた。


「圭!」


 驚いてその声のした教室の後ろ側のドアの方を見ると、そこには愛さんが焦った顔をして立っていた。


「俊也、ちょっと行ってくる」

「お、おう、気をつけてな」


 ただごとでないと思った僕は急いで愛さんのところに向かった。


「愛さんどうしたんですか?」

「大輝君! 君がいてよかった。早速だけど圭ここにいない?」

「いません。清水さん、昼休み始まってすぐにどこかに行って……」

「やっぱりか……」


 愛さんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「清水さんがどうかしたんですか?」

「前にファミレスで圭が面倒な人にいいと思われてるって言ったよね。その子が昼休みになってからいないらしいんだよ。その子の友達によると用事があるって言ってたらしくて。それで嫌な予感がして来てみたら案の定、圭もいないからさ。一足遅かったか……」

「つまり清水さんがその人に呼び出されたってことですか?」

「そういうこと。いないと分かったらこうしちゃいられない。圭を捜さなくちゃ」


 愛さんは前にも見せた真剣な顔をしている。


「待ってください。僕も捜します」

「ダメだよ。大輝君に迷惑はかけられない」

「迷惑なんかじゃないです。僕も清水さんが心配なので。協力させてください」


 ジッと愛さんを見つめる。数秒ほど視線を合わせたのちに愛さんは観念したのか、珍しくため息を吐いた。


「思ってたより大輝君って強情だね。分かった。でも無理はしないでね」

「分かりました」

「ああ、そうだ。見つけたら連絡取りたいから連絡先教えて。他にももう一人私の幼馴染みが捜してるからグループ作って、何かあったらそこで伝えるね」


 僕と愛さんは連絡先を交換し、それぞれが別々な方向に走り出した。






「おい、誰かいるか」


 昼休み、私は人があまり来ないことで有名な体育館裏まで来ていた。


「約束通り来てくれたんだね」


 声をした方向を見ると長身の男がそこに立っていた。その容姿はおそらく私以外の女子にならそれなりに受けがいいように見える。顔を見てみるが全く見覚えがない。ただその態度からしておそらく同学年か先輩なのだろう。男は何故か自信ありげな笑みを浮かべていた。


「何が約束だ。こんなもの入れやがって」


 その男に持ってきたメモ用紙を見せつける。そのメモ用紙は今朝私が下駄箱で見つけたものだった。メモには今日の昼休みに体育館裏まで来てほしいとの旨が雑に記されていた。それを見つけたせいで私は朝から最悪の気分だった。


「わざわざ持ってきてくれたんだ。読んでいるなら用件は分かるだろ?」

「ああ」

「俺と付き合ってくれないか」


 やっぱりこうなったか。心の中でため息を吐く。こうならないために高校生になってから変わったはずだったのに。


「聞きたいことがある」

「なんだ?」

「どうして私に告白してきたんだ?」

「それは君と付き合いたいと思ったから」


 何を当たり前のこと聞いているんだとでも言いたげに男が答える。


「だからなんで私と付き合いたいと思ったんだよ」

「それは……黒髪になった君を見ていいなと思ったからだよ」


 またコイツもか。高校生になっても私なんかに寄ってくる男は結局外見にしか興味がないようだ。


「それで答えはどうなんだい?」

「断る」

「は?」


 男は信じられないとでも言いたそうだ。先ほどまで顔に浮かべていた薄っぺらい笑みが消える。


「名前も知らないような奴の告白なんて受けるわけがないだろ。見た目だけで好きになるなら私に似てる奴でも他に見つけてろ」


 心の中で姉の愛以外でな、と付け加える。


「そんな怒らなくても。一旦落ち着こうよ」

「機嫌は確かに良くはないが私は落ち着いてる。その上で断るって言ったんだ」

「落ち着いているなら聞いてよ。確かに俺たちはまだお互いのことよく知らないけど、それを知るのは付き合ってからでも遅くはないんじゃないかな?」

「いや、お互いのことを知っていって少しずつ好きになって告白して付き合うようになるのが普通だろ。付き合うまでの順序が逆だ」

「ふっ」


 男が鼻で笑う。さっきまでの笑い方と違って今回は嘲っているように見える。


「何がおかしい」

「いや、君って思ったより純粋なんだね」

「なっ」

「別に今は好きじゃないだろうけど、後から好きになるかもしれないし別にいいじゃないか。俺と付き合おうよ。悪いようにはしないからさ」


 押しが強いなコイツ。それになんだか言い慣れているように感じられる。この男は他の女子にも今回のように言い寄っていたのかもしれない。面倒な奴に目をつけられた気がする。


「私の気持ちは変わらねえよ。付き合ったとしてもお前を好きになるなんてありえないし、そもそも付き合うことも絶対にねえ」

「うーん。困ったなぁ。それなら友達からならどうかな?」

「しつこい。そんな下心見え見えの友達なんてお断りだ。それで用件終わりなら戻るぞ」


 プルプルと小刻みに男が震える。その顔からは先ほどまでの余裕は完全に消えていた。


「こっちが下手に出てやったらいい気になりやがって!」


 男は思いっきり逆上している。非常にまずいことになった。まず、この体育館裏は滅多に人が来ない。私はここに来ると誰にも伝えてないから、ここに私がいることを誰も知らない。つまりここで何があっても助けは見込めないということだ。


「それがお前の本性か。メッキが剥がれたな」


 余裕があるように振る舞っているが現状を打破する案は私にはない。普段から運動しているから多少は抵抗できるかもしれないが、それでも男女の体格差は覆せないだろう。男はじりじりとこっちに距離を詰めている。もうダメかと思い私は思わず目をつぶった。


「待て!」


 私と男が声のした方を向くと、そこには本来ここにいるはずがない本堂が立っていた。


「……またお前に助けられんのかよ」


 他の奴には聞こえないくらいの声で呟く。


「おい、誰だお前?」

「……ぜぇ……ぜぇ。……すみません、ちょっと待ってもらっていいですか?」


 さっきの威勢の良さはどこに行ったのか。本堂はなぜか既に息も絶え絶えの状態だった。

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