第27話 清水さんがいない昼休み①

「おらぁ、お姉ちゃんの登場じゃい! 皆の者、道を空けろ!」


 本堂とショッピングモールで会った日の夜、自室でマンガを読んでいると部屋着の愛が突入してきた。


「人の部屋に入る時はノックして一声かけてからにしろっていつも言ってるだろ」

「そんなこと後回しじゃい! それより、はよ帰り道の話を聞かせなさい!」


 愛の人差し指がまっすぐに私を差す。部屋に入る時ノックしなくていつノックするのか。


「なんでそんな偉そうなんだ」

「実際に偉いからね。生徒会副会長なめんなよ!」

「家で実の妹に権威を振りかざすな」

「次回から気をつけます。それで大輝君とはあの後どうなったの?」


 話を脱線させる才能は誰にも負けない愛だが、脱線する前の話を忘れてはいないらしい。


「何ってそりゃ普通に帰っただけだ」

「ふーん」


 愛が疑いの目で私を見てくる。


「な、なんだよ」

「圭さん、私知ってるんですよ?」

「何を」

「二人が帰った時間、雨が降ってましたよね。そして圭さん、あなたは傘持っていきませんでしたよね? 傘もなしにどうやって濡れないで家まで帰ってきたんですか?」

「ぐっ」


 なぜこういう時に限って愛はむだに記憶力がいいのか。その記憶力をぜひとも勉強の方に役立ててほしい。


「お母さんたちが帰ってくる前に帰ってきたみたいだから雨が降っている最中に帰ってきたんだろうし、服もバッグとかの荷物もほとんど濡れてないみたいだった。そうなると一つの仮説が立ちますね」

「……もったいぶらずに言えよ」

「いいでしょう。単刀直入に言います。あなた、大輝君の傘に入れてもらいましたね」


 本当になぜこんな時だけ愛の推理は冴え渡っているのだろう。


「どうですか圭さん。私の仮説に間違いはありますか」

「……ない」


 仮説が間違いだと愛に言ったとしても、どうせどこかでぼろが出て真相が判明してしまうだろう。それならば初めから認めた方がまだ疲れずに済む。


「おお! 真相解明! 相合傘なんて圭やるね!」


 別に認めたとしても疲れないわけではないのだが。


「そんな大したことじゃないだろ」

「大したことでしょ! どっちから誘ったの?」

「……私からだな」


 最初に傘を貸す提案をしてくれたのは本堂だが、相合傘をすることになったのは私の発言がきっかけだろう。


「圭からだって……。あの受動的な圭が?」

「悪いか! 濡れたくなかったんだよ!」


 何も特別なことはない、ただそれだけのことだ。だというのに愛はにやりと笑った。


「そうだよね。褒めてもらったワンピに獲ってもらったぬいぐるみ、どっちもとっても大切だから濡らしたくないよね」

「そんなこと言ってないだろ!」

「でもそうでしょ?」

「……違うとは言ってない」


 愛は変わらずニヤニヤしながら生温かい目をしている。


「はい、圭の貴重なデレいただきました!」

「やかましい。もう帰れ」


 ドアを指差すが愛はやれやれとでも言いたそうな顔をしている。


「まだ夜は始まったばかりだぜ? それに相合傘について詳しく聞いてねえからよぉ」

「詳しくも何も、本堂と一緒に帰った以上の情報はねえよ」

「そんなこと言っちゃって。何について話しながら帰ったのさ。お姉ちゃんに言ってみてよ」


 今日の帰り道での会話を思い出す。本堂の過去の話は言わない方がいいから他に話したことといえば……。


「私と一緒にいて楽しいとか、普段と違う私が見れて嬉しかったとか、相合傘緊張するとか言われた」

「大輝君、思ってたよりグイグイ来るね! これはやっぱり脈ありなんじゃない?」


 愛は興奮を隠しきれていない。愛以外に例がないから分からないけど、人はこんなに人の恋愛話で盛り上がれるものなのだろうか。


「アイツはそういう意味で言ってねえよ」


 ウソは言ってないだろうが、本堂が恋愛対象として私を見ているかといえばかなり怪しい気がする。


「そうかなぁ。意識してない女の子に綺麗って言ったり、ぬいぐるみをプレゼントしたり、相合傘して緊張するって言わないと思うんだけどなぁ」

「アイツはするんだよ! お前にも服選ぶ時にキュートとか言ってただろ!」


 なんだろう、他の女子に綺麗だと言うアイツを想像して少しモヤッとする。


「今日見た限りじゃ大輝君はそんな子じゃない気がするんだけどなぁ。せっかくなら圭のこと女の子として意識してますかって聞けばよかった」

「何恐ろしいことしようとしてんだ」


 想像するだけでゾッとする。


「冗談だけどね。それにしても最終的に大輝君は圭を家まで送ってくれたの?」

「……いや」

「え? でも家に見慣れない傘なかったから、大輝君の家に先に着いて傘を貸してもらって帰ってきたわけじゃないんでしょ?」


 だからなんでこういう時に限って考察が鋭いのか。


「途中で雨止んだから帰った」

「どういうこと?」

「一緒に帰る途中で雨が止んだから一人で走って帰った」

「ホワイ? なぜそうなるんだいプリティガール?」

「しょうがないだろ。こっちだって今日は色々あって限界だったんだよ!」


 予定になかった出会いから始まった今日の本堂との一日は私には濃厚すぎた。


「このピュアピュア乙女! せっかくのチャンス生かさなくてどうするんだい?」

「誰がピュアピュア乙女だ」


 でも確かに偶然得た好機をものにできなかった気はする。少し落ち込んでいると、それを察してか愛がポンと私の肩に手を乗せた。


「まあ少し厳しいこと言ったけど、服の感想聞いたり、プリ撮る時に自分から近づいたり、相合傘を提案したり、圭にしてはよく頑張ったよ」

「なんだよ急に」

「私は褒めて伸ばすタイプなので」

「初耳なんだが」


 愛に何かを教えられる機会は今まであまりなかったから知らなかった。


「そうだっけ。まあこれまでみたいに圭は圭のペースで頑張っていっていいと思うよ」

「愛……」

「ということで相合傘について詳しく聞いていくぞ!」

「は?」


 愛の目は探究心でキラキラと輝いていた。




「ふぁ……」


 月曜日、普段と同じ時間に学校に到着した私は小さくあくびをした。あの後、愛には本堂と相合傘して帰る一連の出来事を根掘り葉掘り説明させられた。結局その説明が終わる頃には時計は十二時を回っていて、起きる時間が早い私はいつもと比べて少し寝不足気味だった。


私は眠気と戦いながら自分の下駄箱を開けた。


「ゲッ……」


 思わず口から声がもれる。そこには私の靴以外にもう一つものが入っていた。

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