第29話 商品⑥ 生首ボール・Ⅳ


 「……来たぞ」

 「……やるぞ」

 足音に気付いた圭吾と純一は、囁き合った。

 ところが、予想外のことが起こった。

 「圭吾、純一!」

 二人が演技をはじめる前に、近づいてきた足音の主から声を掛けてきたのである。


 「へ?」

 二人が拍子抜けした顔を向けると、そこには新平が立っていた。

 ボタンを開き、だぶだぶのジャンパーを普通に着ている新平である。


 「新平?」

 「え?」

 圭吾と純一が驚いた顔になった。


 「このジャンパー、ダメだわ。

 動いたら、開けたボタンの位置がズレて、前が見えなくなっちまうんだよ」


 「あれ? え?」

 「なんで?」

 圭吾と純一は、訴える新平と公園の方を交互に見ながら、間の抜けた顔になった。


 「おい、待てよ。

 じゃあ、今、公園でリフティングをしてるのは誰なんだ?」

 圭吾の言葉で、新平も公園に目を向けた。


 ちょうど、リフティングをしていた人影がミスをし、ボールが大きく跳ね、三人に向かって転がって来るところであった。


 コロコロと転がったボールは、三人の足元、街灯の明かりが照らす地面のところまで来ると止まった。


 「……ひ!」

 三人は顔を強張らせて固まった。

 それはボールではなく、本物の生首だったのだ。

 白目を向いた、圭吾たちと変わらぬ年頃の少年の生首である。


 三人が固まったまま生首を見下ろしていると、目玉がグリグリと動き、黒目が戻ってきた。

 その目が、圭吾たち三人を見あげる。

 そして、口がわずかに動いた。

 た……、たす、けて。


 生首の口が、助けをもとめるように動いた。

 そのとき、今度はタッタッタッと公園から走り寄ってくる足音が聞こえた。

 三人が顔を向けると、恐ろしく不気味なものが見えた。

 転がった生首を追いかけ、首の無い少年の体が、こっちに向かって一直線に駆け寄ってくるところだったのだ。

 新平のように、何かのトリックで頭を隠しているのではない。

 首から上が無いのだ。


 頭が無いため表情が分かるはずも無いのに、駆け寄ってくる首無しの体は、なぜかとても嬉しそうに見えた。


 「わわ!」

 「ひいいいい!」

 「に、にに、逃げろッ!」


 圭吾たち三人は、恐怖に駆られて逃げ出した。

 恐ろしさに、判断力が消し飛んでいた。

 一歩でも遠く、首の無い怪物から離れようと、そのまま車道に飛び出したのである。


 そこに大型トラックが突っ込んできた。


 トラックの運転手は急ブレーキをかけたが間に合わず、巨大なトラックの車体は三人を巻き込んでから、さらに十数メートル進んで、ようやく重い車体を停止させた。


 そして、止まったトラックの下から、衝撃で千切れた三人の生首が、まるでボールのように転がり出てきたのであった。


    ◆◇◆◇◆◇◆


 「……不思議なことにね」

 おじさんは話を続けた。


 「はねられた少年の身元は、二人までは分かったんだよ。

 新平くんと純一くんさ。

 ところが、後の一人が誰なのか、さっぱり分からなかったらしいんだ」


 「え? 圭吾という子じゃないの?」


 「違うんだ。

 事故現場に転がっていた三つ目の生首は、圭吾くんの首じゃなかったんだよ。

 誰も知らない少年の者だったんだ。

 圭吾くんの首はね、まだ見つかっていないんだよ……」


 おじさんが低い声で続ける。

 「もしかしたら、首の無い少年が、新しいボールとして、圭吾くんの生首を持って行ってしまったのかも知れないよね」


 おじさんの言葉に、ぼくは粘つくような薄気味悪さを感じた。

 ……圭吾という少年の首は、首無しの少年に拾われ、どこか見知らぬ場所で、延々とリフティングのボールにされているのだろうか。


 「パス」

 おじさんが、不意に生首ボールを投げてきた。


 あまりにも唐突だったため、今度はよけきれなかった。


 「ひっ!」と、のけ反ったぼくの胸に生首ボールが命中し、胸でトラップをする形になってしまったのだ。

 生首ボールは半球状になり、一瞬、ぼくの胸に張りつく。


 ボールに描かれたデタラメな顔が、ぼくを見上げてニヤリと笑ったような気がした。


 「だーーッ!

 わわわわわわッ!」

 

 ぼくは意味にならない悲鳴をあげて、上半身を思い切り振り、生首ボールを弾き飛ばした。

 

 大きく飛んだ生首ボールは、ペシャッと床に落ちると、ゴロ、コロ、ゴロと転がり、次の棚の角を回り、向こう側に消えていった。


 空気の抜けたボールとは思えない、不自然な転がり方であった。

 なんと言うか、棚の角の向こうに、ぼくを誘うような不自然さと不気味さである。

 

 「……ねえ、きみ。

 あのボールを獲って来てくれないかい」


 「いやです」

 おじさんの頼みを即答で拒否した。

 「絶対にいやです」

 重ねて意志の強さを示す。


 と、生首ボールの転がり込んだ棚の向こうから、コロコロと小さな棒状のものが、こっちに転がり出て来た。


 反射的に目を向ける。

 それはクレヨンであった。


 ……赤いクレヨンである。

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都伝堂 ~都市伝説のその後~ 七倉イルカ @nuts05

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