第2話 最上階の蘭②

蘭霞ランカの話はただの夢とするにはあまりに奇妙だった。まるで二つの人生を両立しているような状態。それか、前世という概念はアディラの国にはないが、そういった類の魂に宿る記憶を夢で追体験していることも考えられる。

「奇妙な話でにわかに信じ難い、と言うのが率直な意見ではあるが、おまえがそんなくだらない嘘語りをする人間ではないことも私は知っている。故にこの件に関してはひとまず私に預けてはくれないか?満足のいく答えを出せなくてすまぬが…」

それに……話している蘭霞の様子は夢に困っていると言うより、その登場人物と自身を比べて劣等感を持っているように見受けられた。


大正時代の遊郭……携帯で検索して出てくる情報に素早く目を通すと、身売り女の待遇の酷さ、治安の悪さ、劣悪な環境など、華やかさより過酷さが目立つ。花魁の装いはアディラも一度は着てみたくはなった。

「すごい環境ですよね。僕も調べてみました。だけど、夢で体験したのはネットで見たものとは比べ物にならなかった。そこでの僕は小さな頃から雑用をしながら暗殺稼業もしていたし……自分のことなんですが、なんだか痛々しいく思うことがあって…」

アディラは蘭霞の肩を寄せ頭を撫でた。気持ち良さそうに身を任せる蘭霞はまるで猫のようだと顔がほころんでしまう。たまにしか顔を合わせることはないが、蘭霞のことは弟のように思っている。なぜか本人にはあまり伝わっていない。

「僕は夢の彼のような過酷な生活も誰かを直接殺すこともない。ただこの最上階のホストとしてお客を満足させるのが役目です。不測の事態があれば周りの人が何とかしてくれますから。ただ、この環境に甘えている自分が最近情けなく感じるんです。」

アディラは突然撫でるのをやめ、ベンチから立ち上がってスタスタと歩き出した。気を悪くさせたかと焦り蘭霞が追いかけると…


ぐるん


いきなり天井が見え、


ドサッ


蘭霞は床に落ちた。

「な、なにをいきなり…」

「ほう、受身はちゃんと取れるではないか」

感心したようにアディラは手を差し伸べてきた。蘭霞は不意にその手を取る。

「わあ!」


ドサッ


今度は茂みに投げ込まれた。アディラは表情も変えず、同じ立ち位置から蘭霞を眺めている。

「今度も受身を取れたな。」

ややムッとした蘭霞は、衣装の乱れを整えながらぶっきらぼうな口調になってしまう。

「護身術程度なら身に付けてますよ。全くいきなりだなぁ。」

蘭霞の様子を明らかに楽しんでいるアディラが軽く笑う。

「まあ、そう怒るな。おまえのその護身術、どれだけ大事なものか後で護衛に聞いてみるが良い。」

と、バラバラと音を立て現れた黒服達が一斉にアディラに銃を向けた。

「なるほど、この爪を取るとこのようになるのか」

はっ、と蘭霞は左小指の爪を見る。危機を知らせるセンサーの義爪がいつの間にか剥がされていた。

「君たち!その方はローゼン家のご令嬢だ。手出しするな!」

「し、しかし…」

両手を上げるでもなく義爪を摘んで眺め、近くで銃を構える黒服に声をかける。

「私は構わないぞ、いい余興ではないか。それにこの者たちはおまえを守るために存在しているのであろう?なあ、そこの黒いおまえ。」

アディラに顎で指名された黒服は動揺しながらも射撃態勢のまま答える。

「我々の任務はドルチェの警護だ。相手が誰であろうと任務は遂行する。」

うんうんと銃口を向けられたまま、アディラは楽しそうに頷く。

「それでは、もしドルチェが護身により敵に隙を与えることが出来たら、そこのおまえ、どう思う?」

今度は別な黒服が指名された。

「じ、自分は時間を稼いでもらえたことに感謝します!救うには時間が何より大事ですから。」

うんうんと満足気にアディラは頷き、一気にその黒服へ突進したかと思うと、あっという間に全員をのし、取り上げた銃を黒服一人の眉間に当てた。黒服たちはダラりとなり呻いている。

「蘭霞、ちと頼りないが良い護衛を持ったではないか。」

蘭霞はため息を吐きながらアディラに近付くと、もう一丁奪っていたらしき銃を蘭霞に向けられた。倒された黒服の焦る声が聞こえる。

「銃を持つ人間に不用意に近付くな。人を信じ過ぎるな。それが夢でも、だ。」

アディラは2丁の銃を下ろし、黒服の方に放り投げ、蘭霞に近付いた。蘭霞はアディラの大立ち回りや黒服との問答が彼女なりの強さの指導なのだと理解する。


パーン


アディラが倒れた。背中に赤い染みが広がる黒服の一人が撃ったのだ。

「なんてことを!あんたら、僕がさっき言ったの聞いてなかったのかよ!」

叫びながら急いでアディラの元に駆け付ける。


むくり


「うわぁ!」


「どうした?面白い顔をして。」

アディラは起き上がり背中の染みをチラッと確認した。

「あー、さっきの黒服くん、協力感謝する。後で皆に褒美でも送ろう。解散して良いぞ。」

「はーい」

アディラを撃った黒服に蘭霞はぽんと肩を叩かれた。彼はなぜか親指を立てて皆とゾロゾロ持ち場に戻る。

「え?え?」

頭が真っ白になる蘭霞を見て吹き出したアディラが、赤い染みを蘭霞の口に付けた。

「ん?ラズベリー?」

「あっははははは!」

腹を抱えて爆笑するアディラに腹が立った蘭霞だが、同時にへたり込みそうなほど安堵した。

(無事でよかった…)

死んだかと思ったのだ…。あの時、アディラを客ではなく友として本気で駆け寄った自分に驚いた。

「沢山収穫があったであろう?アディラ様のラズベリー事件は教育の報酬だ。面白い顔も見れたし、そろそろ帰るぞ。」

「お待ちくださいアディラ様ー!」

蘭霞は笑顔でアディラを追いかけた。強引だったがアディラが教えてくれた強さが何かわかった気がして嬉しかった。


(だけど……君はこれからもずっと独りでいるつもりかい?)


蘭と共に笑い合いながらもアディラはやや危惧し始めた。

(強さへの答えの足しにはなっただろうが、明らかに蘭霞の夢はおかしい…)

そろそろ戻ろうということになり、二人は並んで歩き出す。楽園の美しい景観を眺めながら蘭霞の夢について考えているアディラの隣で蘭霞は携帯を取り出し何やら画面を見せようとしている。

「そういえばアディラ様。最近一緒にやってるアプリでキャラ作りずいぶん凝ってらっしゃいますね?」

身に覚えのない事だった。蘭霞が携帯をいじりながら話しているのでアディラは気になりちょっと覗いてみると……



『ランカきゅん♡明日のギルバトがんばろーね(*´▽`*)』

『みんなー!癒しはアディにまかせて♡』

『だれかぁ~(><)一緒にダンジョン行って欲しいです!お願い♡』



「な………なんだこれはっっ!」

見たこともない表情でフリーズするアディラに蘭霞は首を傾げる。

「アディラ様から何度も誘われていたアプリですよ?僕、MMORPGってあんまり得意じゃないけど、招待特典が欲しいから、と言うことでしたよね。」

「いやいやいやいや、そんなせこい誘い方したことないぞ!あ、するかも…。いや!しかしだな、このアプリ自体知らんし、そもそも招待した覚えも………まさか…。」

蘭霞もハッとした顔をし、鬼の形相に変わり出すアディラの腕を掴む。

「あ、アディラ様、きっと出来心ですよ!お父様も悪気はないはずです。話し合いましょう!」

「ああ、おまえの言うとおりシッカリ話し合わねばな…。」

楽園の生体認証をぶち壊し、無理やり扉をこじ開けようとするアディラに再び黒服の群れが集まった。

「撃っちゃダメだけど誰かこの人止めてーーー!」


楽園は修理の為しばらく閉鎖となり、アディラの父親はホテル専属医療施設に入院することとなった。

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