娼の双蘭

ネコート

冒頭 二人の美少年

太陽の光が強く照らすビーチには真っ白な砂が輝き、透明な波に踊る。広がる明るいサンゴ礁はどこまでも青く美しい。

赤道からやや逸れた場所に位置する南国、吹き抜ける潮風爽やかなそこは、リゾートホテルのオーナーが所有する絶海の孤島。当然の事ながら全てがプライベートビーチであるこの地は、ゆったりと余暇を過ごす観光客に人気の島だ。



────そんなホテル最上階では



「ねえ、ボス」

片方の頬に手を当ててニヤける少年は、しどけなくベッドに横たわり、少女の様に白い艶やかな素肌を惜しげもなくさらけ出している。

「たまには僕と遊んでよね」

ボスと呼ばれた者は少年を一瞥し、やれやれと溜息を吐いた。

「上司への挨拶も忘れたのか?寝坊助が」

少年はふふっと笑いシーツを胸元に寄せ、流し目を送る。

「おはようボス」

ちょっと首を傾げ天使のように微笑む。職人がこれ以上なく丹精込めて作り上げたかのような繊細な美しさに愛らしさを兼ね備えた面差し。濡れたような漆黒の長い髪。アーモンド色の瞳には妖艶な色香が灯っている。

清楚さと艶美さを併せ持つ不思議な少年。魅了される者は一体どれほどいるのだろう。

「それで?今朝はそんな緊急の用なんてあった?てかさ、携帯で連絡してって言ってるじゃん。いきなり思春期の少年の部屋に入るなんてダメなパパっぽくない?」

ボスはわざとらしく再びため息を吐き、組んだ腕の片指を上げて思案する。誘うような目を向けているこの少年に効く言葉は…

「おまえ、今日の予定忘れていないか?ローゼン嬢に切り刻まれるぞ」

途端に少年は焦りだし、とベッドから飛び起きる。

「そうだった!まずい…仕度するから早く出てって!」

パタパタと急いでシャワールームに駆け込む少年を見送り、まだまだ子供だと苦笑する。その子供を使っている自分に自嘲的な苦笑微かに浮かべると、ボスは部屋を後にした。


熱めのシャワーに身体を浸すように浴びながら、少年は先程まで見ていた夢を思い出す。

幼い頃から夢はずっと同じで、しかもその中の人物は自分と共に成長しているのだ。少年にとって夢とは別の自分を追体験するものであり、起きている時の記憶同様に鮮明に覚えているものだ。

だが、他の人にとって夢とは毎日違っていたりスッカリ忘れてしまうものらしい。それを知った時には心底驚いたものだ。

シャワールームから出ると、頭にタオルを乗せたまま今日のスケジュールを確認する。残念なことに来客に間違いはない。

手早く丹念に身なりを整えながらあの夢に思いを馳せる。


夢の中の蘭霞ランカ。今日は無事に過ごして欲しいな、と。





───── 時は大正



もう朝か。


厚めの障子から朝日が透けて少年の顔を照らした。目をこすって起き上がると着崩れた寝間着から透けるような白い肌が覗く。

ここ遊郭には、美少年という言葉がこれほどぴったりな者はいないと口々に語られる至宝が存在する。この寝ぼけ眼の少年が当人だ。

物腰柔らかく穢れを知らぬ少女の様に可憐で清楚。それでいて妖しく艶美な雰囲気を醸し出している。

あまりに美しい彼は男娼集う陰間茶屋かげまちゃやから遊郭切っての老舗妓楼しにせぎろうへ表向き女郎じょろうとして引き抜かれ、現在は太夫のような扱いとなっている稀有な存在だ。

当然ながら教養も高く芸達者な彼には妓楼の上客しか会うことを許されない。彼が女ではないことなど妓楼に入る前からの評判で誰もが知っている。それでも引く手あまたと言うほどの人気ぶりであるのは、単に美貌の持ち主と言うだけではない。そんな彼と一夜を共にできるほどになると片手で数えるくらいの者だろう。近頃のし上がった成金などはいくら金を詰んだところで声を聞くことすら出来ない。


と、そんな具合で周りからは扱われているものの、本人はどうでもいいと思っている。妓楼に引き抜かれるまで苦労が耐えず、食うに困って間諜かんちょうや暗殺稼業もしていた身だ。…それは今もしているが、待遇が変わったのだけはありがたいと思っている。

教養や云々もこの妓楼に移ってから血を吐く思いで身に付けたものだ。彼の根底には『生きていくため』という考えが強くあり、身に付けた技術の全ては明日をもしれぬ身から自分を守る術でしかない。それゆえ、チヤホヤされたり妬まれることに関して無頓着である。


生きてりゃ環境なんて目まぐるしく変わるもんだ。今をどうこう言ってなんになる。


そんな彼の世を達観した様な雰囲気は、周囲の仲間を気味悪がらせ、友人と呼べる者はほとんど居ない。もっとも、幼い時分に共に働いて来た友人達は飢えと疲労で日々バタバタと死んでいったので、人と深く関わるのを避けてしまっていることは彼自身自覚している。


時に…またあの夢を見た。幼い頃より毎日見続け、夢の中の相手も一緒に成長してゆく。仲間に話すと笑われてしまい、他の人々はそういった夢の見方をしないと初めて知ったものだ。


小さな禿かむろ朝餉あさげを持ってきた。いつものように飴玉を数個持たせる。

「分けて食べるんだぞ」

「あーい」

ゆっくりと朝餉を食べながら夢の中の蘭霞らんかを思い出す。


君は危ない目に遭わないでね、と。

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