いぢめ女子学級

渡貫とゐち

強肉強食


 いじめが発覚した場合、教師としてはできるだけ穏便に済ませたい。

 誰もが大問題にならなければそれに越したことはないと思うだろう……。


 一部の熱血教師は生徒の魂に訴えかけるような無茶なことをしては、現場を悪化させていく――私が見た同僚、先輩はそんな人ばかりだった。


 教師として、大人として、無関心でいることはできないけれど、教師が出ていってもあまり良い方向へは転がらない気がする……経験則だ。


 いじめられた側の。


 だって教師が注意し、一件落着したところで、大人には露見しない場所でまたいじめるに決まっているのだから……難しい問題だ。


 昔と違って今はSNSも出てきたし、いじめにも多様性がある。

 教科書を破く、靴の中に画びょう(古い?)、悪口、嫌なあだ名で呼ぶ……だけではない。

 さらには簡単に命を絶つことができる手段も周知されてしまっている。


 中学生だとなまじ行動力があるから、本人にやる気があれば飛び降りて死ぬことはバスケットボールのスリーポイントシュートを決めるよりも簡単で……。

 ただ幸いなことに、私が担当しているクラスではいじめがあっても自殺を考えるような生徒はいなかった。


 ……元々、問題児ばかりのクラスだとは聞かされていた。

 学業に関しては授業態度も悪く、問題ばかりだった……けれど。

 普通の生徒が普通に苦しんで普通に悩むことにはまったく悩まず、逆に自分らしく問題を解決しようと動くところは優秀と言えるだろう。そのやり方に問題はあるが、やられたからやり返しているだけと言えば、やり過ぎとも言えなかった。


 いや、仕掛けた方はやり過ぎなんだけど……。

 やり返す側も同じ規模でやるし、少しでもはみ出ていれば次のターンの反撃に上乗せされる。

 なのでずっと同じ威力の攻防が続いているのだ……それにしても、みんなタフだな、と思う。


 いじめられて、いじめ返して。

 やってやられ、やり返して。それの繰り返しだ。


 全員が加害者であり全員が被害者だ。不登校になる生徒もおらず(途中で帰る生徒はいるけど……というかほぼ帰ってしまうけど)朝には全員が着席している。

 勉強は嫌いだけど友達と会うのは好きみたいなので、そこは子供らしくて安心した。


 大人しい子でもかなり好戦的。

 全員が全員、自分が狩られる側だなんて思っていなくて……。


 そして今日もまた――、

 昼休みにばったりと出会ったクラスの生徒を見て呆れる。



「あなたたち……またやってるの?」


 廊下で。ふたりの女子生徒がお互いにびしょ濡れになっていた。

 どっちが先に仕掛けたのかはもう分からない。今日が始まりというわけではないし、遡れば半年前にはもうふたりのいざこざは始まっていたのかもしれない。

『たぶんこっちが先』

 と、お互いに相手を指差しているので真実は分からなくなってしまっている……。


「どっちかが先に引けば終わるでしょう?」


『一回多くやられるなんてがまんできないでしょ(じゃん)』


 気持ちは分からないでもないけど……。

 始まりが分からない以上、このやり合いは一生続くんじゃないかな……。


 卒業しても繋がりがあるのは良いことだけど、この関係を良いことだとは言いたくない……。どこかでふっと切り替わるように仲良しになってくれればいいけど……こうして並んでいればもう仲良しなのかな?


「あんたが先でしょ!!」


「そっちでしょ!!」


 互いの頬を掴んでは引っ張り合うふたりが廊下に転がって喧嘩を始めた。……じゃれ合ってる? 乳繰り合ってる? いや、本人たちは必死だった。

「やめなさいって」

 と、ふたりを引き剥がす。

 金髪生徒(校則違反だけど当たり前に染めている)と、やや茶髪の、耳にピアスの生徒だった(言っても無駄なので外せとは言わない)――ふたりは睨み合いながら、がるる、とでも言いたげに額をぶつけ合わせて――


「ほら、昼休みがそろそろ終わるから、後は放課後にやりなさい……」


『はーい』


「やるのね……」


 素直で可愛らしい返事だったけれど、内容が物騒なのよ……。



 午後の授業一発目、慣れ親しんだ担当クラスの授業だった。

 教室に入ると中は荒れていた。複数の生徒の席(机と椅子)がなく、放置されている教科書はびりびりに破かれており、黒板は誹謗中傷で埋まっている。

 ところどころの床が白いのは、黒板消しを使ったからか……着席している生徒の髪と服が濡れているのは、水も使ったからね……はぁ。


 これだけ荒れているのに、私が使う教卓だけはまったく、汚れひとつもないというのは気味が悪いわ……。


 私は関係ないから、巻き込まないという意思表示なのかもしれないけど……。

 この子たちは私を部外者として、蚊帳の外にしている……してくれている、んだけど……――クラス担任なのに、それはちょっと寂しくない?


 巻き込んでよ。


 当事者にしてよ。

 そしたら私も、みんなの力になれるのに。



 ――必要ない、のかもしれない。それはみんなから、教師は頼りにならないと言われているようで……、子供の本音が、つまらない大人になってしまった自分に突き刺さる。


 組織に属している以上、起きた問題をおおごとにはしたくないし。できるだけ穏便に、親御さんのことも考えて深入りすることはできない……。人格の歪みを直すつもりが、手を入れることでさらに歪めてしまったとすれば……

 私は教師であってやっぱり他人なのだから……責任は取れない。


 いじめの問題に、教師はどうしたって深くは介入できない。


 私は大人だから……仕事をして、生活費を稼いでいるのだから……。


 安定を求めて見て見ぬフリをする…………

 それが教師を長く続けるためのコツだけど……でも――――



「もういっか」



「あん? なんだよせんせぇ、授業しないのか? じゃあ帰っていい?」

「授業はしないけど帰っちゃダメです」

「? じゃあなにすんだよ――」


 私は目の前にある教卓を、横へ蹴り飛ばした。壁に叩きつけられた教卓の大きな音に、生徒たちが一瞬だけびくりとして、だけどすぐに目が切り替わる。……私を敵としたのかな?


「いじめ、と呼ぶには、弱者なんてこの教室にはいませんけど、誰が誰とやりあっていていつ始まったのか、絡まった糸をほどくように整理していきましょう。

 半年間……いえ、もっと前からですか? このクラスのいじめを整理します。納得がいかないのであれば納得のいくように勝負ができる場を整えます――存分にみなさんが戦えるように、私は全力でサポートします。だから……先生を除け者にしないでください」


『…………』


「先生はあなたたちひとりひとりの味方ですとは言いませんが、でも審判にはなれますから。このままクラスがめちゃくちゃになったまま卒業はさせません――いいですね?」


「せんせぇ……でもあんた、こんなことしたらあたしらの親とか他の大人から文句言われるんじゃないのかよ。だからこれまで手を出してこなかったんじゃ、」


「はい。言われますね。でももう面倒なんでいいんです……勝手にやります」

「……勝手なせんせぇだな」


「ええ。だって勝手なことをするんですから――」



 こんな先生がいてくれたら、私は学生時代、不登校になんてならなかった――――


 いや、どうだろう。


 弱い私は別の理由で不登校になっていたのかもしれないけど……。




 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いぢめ女子学級 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ