第9話 孤独な空、恋の独白

敵がやってくるのはいつも突然だ。

それが偵察なのか、攻撃なのか、機数で推し量る事も出来るのだが、以前の襲撃で警戒レーダを壊されてしまったので低精度のレーダで応急処置をしている現状である。


そのような最中だった。

時刻は2200。けたたましい警報で待機所を飛び出した僕はそこから10分もしないうちに高度6000mの上空に居た。


(流石、閃華だ)


この閃華は双発であり、上昇力に秀でる事から迫りくる敵機を捕捉する哨戒機として運用されていた。

普段は一人乗りで運用されているが、夜間哨戒飛行中は後部に偵察手兼無線手として誰かしら乗ることが常だった。

そんな閃華だが、先日、改修を施した要撃機仕様の機体が基地にやってきた。

そんな新進気鋭、要撃機 閃華の初仕事が僕の登板した日にやってきたという訳だ。


「竹中くん、何か見えるー?」


「今の所は何も」


「そっかー」


いつも以上に気怠げとも、上機嫌とも取れる声で柊さんが聞いてくる。

(もっとも、僕接している時はやけに上機嫌な事が多い気がするが)

新鋭機とはいえ改修機であるから、閃華乗りの柊さんの続投で乗機となった。


目が乾いて来たのでホウ酸水で目を洗浄しながら暗闇の中を凝視する。

僕は戦闘機乗りだから比較的、夜目が利くのだが、観測や、捜索中は瞬き厳禁のためホウ酸水で目の乾きを癒やしたり洗浄しながら実施せねばならない。


(ん... あれは)


暗闇の中に、月明かりを反射して何かが煌めいた。

黒い機影が1機で向かってくるのが見えた。

恐らくは敵の偵察機だろう。


「柊飛行士、11時下方、敵機です」


「お!お手柄じゃん、よーし、いっちょやったりますかー!」


機体が出力を上げながら、減速しない角度で上昇しつつ高度を取る。

敵機が9時下方に来たあたりで柊さんがペダルを蹴りながら操縦桿をぐっと押し込み、春嵐が切り返して行く。


敵機がこちらに気が付いた。

防護機銃で応戦してくる。

たなびく光線がこちらを目掛けて徐々に迫って来るが、柊さんはそれをバレルロールで回避しつつどんどん増速し、敵機へ迫っていく。

敵からすればまさに、降魔こうまつばさだったに違いない。

敵機との相対距離が900mを切った。


ドッドッドッ


と、鈍い音と共に衝撃が振動となって機体と己の体を震わせる。

30mmの巨弾が敵機で炸裂しバラバラ、あるいは引き裂いて瞬時に鉄塊へと変えてしまった。


「いやぁ~、肩がほぐれるね~」


「そんな事を言う歳ではないのでは?」


「コラ、女性の前で露骨に歳の話題を出さない。でもそうね、私、まだ25だもん」


「全然じゃないですか」


柊さんのゆったりとしたような不思議なペースにはいつも驚かされるが、戦闘中でもそうなのかと、内心 僕は驚いていた。


「さ、機影もないし帰ろっか」


「そうですね、敵機なし、帰りましょう」


柊さんがラダーを蹴って機体が基地へとゆっくり反転する。

しばらく夜空を二人で滑り続ける。

僕はあまり沈黙が好きな方ではない。

なにか、居心地の悪さを感じてしまうからだ。

だが何を話すべきか、話題が見当たらなかった。

いや、そもそも作戦行動中の私語は慎むべきであって、こうして黙っているのは正解なのかもしれない。

そう思った矢先だ。柊さんが口を開いた。


「ね、竹中くんはさ、何で空を飛ぼうと思ったの?」


思いもよらぬ角度からの質問に僕は狼狽した。

それをここで聞いてくるのか。


「えっと...」


僕は口ごもった。

何故か、空を飛ぼうとした理由なぞ、とうに思い出せなくなって居たからだ。

最初は、何故そう思ったんだろう。

12歳の自分が、かつて何を思ったのか。

それを思い出すには帰路では足りない程、距離と時間がかかる事が目に見えた。

いや、そもそも空を飛ぼうとして飛んだのではないのかもしれない。


「もしかして、忘れちゃった?」


また見透かされた。柊さんと話すといつも、僕の事を見透かされる気がする。


「...おっしゃる通りです。僕は、何故飛ぼうと思ったのか、忘れてしまったみたいです」


「そっか~、じゃあ、私の空を飛ぼうとした理由聞いてもらっても良い?」


「もちろん、僕で良ければ聞かせて下さい」


「私ね、一人になりたくて空を飛ぼうとしたの」


柊さんの声は、どこか独白をするような、悲しさの篭った声だ。


「でもね、夜間に洋上飛行をしていた時だったかな、燈火管制下だったから無燈火で飛んでたのね。ぽつんと、一人で空を飛ぶのがこんなにも寂しい物なんだって思ったらさ、凄く辛くなっちゃってね。そんな拭えない孤独を抱えたままさ、居たんだけど、ある日にね、夜間にそれも洋上を、一人で飛んでやってくるっていう話しを聞いたの」


そこで着任した時の、柊さんの言葉が僕の頭を過ぎった。


「そうか...それで...」


「そう。だからね、君が無事に着任した時に、この抱え続けなきゃいけない孤独さを何とかしてくれるのは、竹中くんなら何とかしてくれるんじゃないかって思ったの。これは勝手な私の期待なんだけどね...」


僕は、これまでの柊さんの行動が頭を過ぎった。

この沈黙ほど苦しい物はない。

それは相手とて同じだろう。

だが、僕はそれを受けるには何も柊さんの事を知らなかった。


「...柊さん、今日は月が綺麗な夜ですから、帰ったら一緒に見に行きませんか?」


これが臆病な僕に出来る精一杯だった。

そんな遠回しな言葉だが、柊さんはすすり泣きながら答えた。


「喜んで、一緒に見に行こうか」


時刻は2300.今日は満月だった。

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