第7話 模擬空戦

定期哨戒と連絡機護衛など、それなりに逢坂さんと飛行し続けて、あの失敗から約一週間が経った今日は、快晴だった。雨季のこの季節には珍しい。

そんな僕は今、訓練飛行中である。


「竹中飛行士、注意が散漫になっています。訓練とはいえ空を飛んでいるのですから集中してください」


伝声管から逢坂さんの声が聞こえてくる。

一瞬気を抜いた事が即座にバレてしまった。

これがベテランというのだろうか。

それともこの洞察力があるからベテランなのだろうか。


「また気を抜いていますね。そちらがその気なら私から仕掛けますよ」


そう言うと、逢坂さんの機体が雲を切り裂いて急降下してきた。

僕は操縦桿を右いっぱいに引き付けると共に、フットバーを右に踏み込む。

機首が急速に持ち上がり、機体が速やかに右へと横転する。

そのまま背面になった瞬間にフットバーを放し操縦桿をグッと引きつける。

機首が真下を向き、自機も降下する体制に入る。

-Gが体に重く掛かり、視界が暗転するがここがこらえ時だ。

そのまま僕は操縦桿を左に少し倒し、方向舵のフットバーを左に踏み込む、そして操縦桿を左に傾け引く。

降下しながら機体が左へと旋回する。

そのままくるくると回るようにして回避機動を取る。

いわゆるバレルロールのような状態だ。

後方を確認すると逢坂機も食らいつかんと降下し続けるが、機体の急降下耐性はこちらに分が有る。


3...2...1...


僕は秒数を口に出しながら機首を急激に起こすインメルマンターンで高度を上げる。

逢坂さんはやはり途中で引き起こして速度管理をしていたようだが、


僕の動きを読んだのだろうか?


インメルマンターンの全く逆の動きであるスプリットSで降下しすでに機首を合わせて来ている。

しかしヘッドオンならこちらに分が有る。

しめた、とつい顔がニヤけてしまうのをなんとかこらえ引き金に触れる。


しかし逢坂機が見たことのない...いや、一度見たあの忘れられない挙動。

機首をこちらに向けたまま滑るように降下し射線から外れていく。

木の葉落としだ。

そのまま逢坂機はエネルギーを維持したまま優速で後方へと流れ込んでいく。

必ず仕掛けに来るはずだ。


後方を見る。まだ逢坂機は下方に居る。

それを確認した僕は再び右いっぱいに引き付けると共に、フットバーを右に踏み込む。

機首が急速に持ち上がり、機体が速やかに右へと横転する。

そのまま背面になった瞬間にフットバーを放し操縦桿をグッと引きつける。

機首が真下を向き、自機も降下する体制に入る。

-Gが体に重く掛かり、視界が暗転する。

そして僕は視界が暗転してもなお、操縦桿を引き続ける。

縦旋回に持ち込めばまだ勝機があると踏んでの事だった。


だが、逢坂機は僕が旋回戦に持ち込もうとした頃には射撃位置に着いていた。


「おわぁ...速すぎんだろ...」


思わず諦めとも感嘆とも取れる情けない声が漏れる。

逢坂さんがニッと笑った気がした。


「状況終了」


伝声管から神南司令の声が聞こえてくる。

僕は負けたのだ。

ふぅ、と息をついて緊張を解く。

たかだか数十分にも満たない模擬空戦だが、改めて逢坂さんの実力の高さを思い知った。


「逢坂飛行士、お見事でした」


「竹中飛行士も中々手強かったですよ」


割と真剣そうな声で逢坂さんが答える。

この声色では流石にお世辞だろうなんて冗談も謙遜も言えない。


「そもそも針花IIは巴戦向きではないですからね、その中で如何にエネルギー戦に持ち込めるかという所だったというのは良くわかりました。さらにヘッドオンに持ち込まれた時はやはり流石だと思いましたね」


「そうは言いますけど逢坂飛行士は見事な木の葉落としで躱し切ったじゃないですか。あれは何度見ても度肝を抜かれますよ。平衡感覚失いそうになるんですもん」


「はっはっは、まぁ何度も言いますけどあれを使った時点で戦闘機乗りとしてはニ流ですよ。一芸で寸でのところを回避するなんて良くない癖です。っと、所感は降りてからにしましょうか」


「はい」


そう言って、僕たちは着陸体勢に入る。

遠くの空で雷が鳴った気がした。

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