第6話 模擬空戦
あの失敗から約一週間が経った今日は、快晴だった。
爆撃を受けた滑走路は既に修復を終え、朝立ちを吸った路面からは、水蒸気が熱気とともに立ち込め揺らめいている。
「竹中飛行士、注意が散漫になっています。訓練とはいえ空を飛んでいるのですから集中してください」
伝声管から逢坂さんの声が聞こえてくる。
一瞬気を抜いて景色を眺めていた事が即座にバレてしまった。
これがベテランというのだろうか。
それともこの洞察力があるからベテランなのだろうか。
卵が先か鶏が先かなんて関係ない。今、彼は鳳なのだから。僕も逢坂さんを見習って大きく強くなりたい物だ。
「また気を抜いていますね。そちらがその気なら私から仕掛けますよ」
そう言った刹那、逢坂さんの機体が雲を切り裂いて急降下してきた。
僕は操縦桿を右いっぱいに引き付けると共に、フットバーを右に踏み込む。
機首が急速に持ち上がり、機体が速やかに右へと横転する。
そのまま背面になった瞬間にフットバーを放し操縦桿をグッと引きつける。
機首が真下を向き、自機も降下する体制に入る。
マイナスGが体に重く掛かり、視界が暗転するがここがこらえ時だ。
そのまま僕は操縦桿を左に少し倒し、方向舵のフットバーを左に踏み込む、そして操縦桿を左に傾け引く。
降下しながら機体が左へと旋回する。
そのままくるくると回るようにして回避機動を取る。いわゆるバレルロールのような状態だ。
後方を確認すると逢坂機も食らいつかんと降下し続けるが、機体の急降下耐性はこちらに分が有る。
「3...2...1...」
僕は秒数を口に出しながら機首を急激に起こすインメルマンターンで高度を上げる。
逢坂さんはやはり途中で引き起こして速度管理をしていたようだが、僕の動きを読んだのだろうか?
インメルマンターンの全く逆の動きであるスプリットSで降下しすでに機首を合わせて来ている。
しかしヘッドオンなら機首武装の強力なこちらに分が有る。
しめた、とつい顔がニヤけてしまうのをなんとかこらえ引き金に触れる。
しかし逢坂機が見たことのない...いや、一度見たあの忘れられない挙動。
機首をこちらに向けたまま滑るようにくるくると回転しながら降下し射線から外れていく。
木の葉落としだ。
そのまま逢坂機は僕を押し出して後方から必ず仕掛けに来るはずだ。
後方を見る。まだ逢坂機は下方に居る。
それを確認した僕は再び右いっぱいに引き付けると共に、フットバーを右に踏み込む。
機首が急速に持ち上がり、機体が速やかに右へと横転する。
そのまま背面になった瞬間にフットバーを放し操縦桿をグッと引きつける。
機首が真下を向き、自機も降下する体制に入る。
マイナスGが体に重く掛かり、視界が暗転する。
だが、僕は視界が暗転してもなお、操縦桿を引き続ける。縦旋回に持ち込めばまだ勝機があると踏んでの事だった。
しかし、逢坂機は僕が旋回戦に持ち込もうとした頃には射撃位置に着いていた。
「嘘だろ...速すぎ...」
思わず諦めとも感嘆とも取れる情けない声が漏れる。
操縦席を見ると逢坂さんがニッと笑った気がした。
「状況終了」
伝声管から神南司令の声が聞こえてくる。
僕は負けたのだ。
ふぅ、と息をついて緊張を解く。
たかだか数十分にも満たない模擬空戦だが、改めて逢坂さんの実力の高さを思い知った。
「逢坂飛行士、お見事でした」
「竹中飛行士も中々手強かったですよ」
割と真剣そうな声で逢坂さんが答える。
この声色で言われては流石にお世辞だろうなんて冗談も謙遜も言えない。
「そもそも針花IIは巴戦向きではないですからね、その中で如何にエネルギー戦に持ち込めるかという所だったというのは良くわかりました。さらにヘッドオンに持ち込まれた時はやはり流石だと思いましたね」
「そうは言いますけど逢坂飛行士は見事な木の葉落としで
「はっはっは、まぁ何度も言いますけどあれを使った時点で戦闘機乗りとしてはニ流ですよ。一芸で寸でのところを回避するなんて付け焼き刃というか、実際の戦場であればただの延命処置に過ぎない良くない癖です。っと、所感は降りてからにしましょうか」
「はい」
そう言って、僕たちは着陸体勢に入る。
歴然たる実力差にどこか見の引き締まる思いを感じつつ、僕はまた物思いにふける。
向上心だけで上手くなるなら皆そうしている筈で、この嫉妬や焦りに似た類の感情をどう差し向けるかはやはり鬼門になることがわかりきっていた。
また僕はため息をつきながら遠くの空を眺める。黒く霞む空は時折稲光を起こしている。一雨来そうだ。
荒鷲は舞う 無名 陸兵 @reffyxd
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