第5話 自責と謝罪
頭痛で目が覚めると、既に空はしらみ始めており、山間が照らされだす様は暁の到来を告げていた。
店主にご迷惑をかけたと謝り、酔いも覚めぬ頭でフラフラと店を出る。
時刻は0400。
(ふぅ...)
とため息をつきながらおもむろに煙草を口にしようと箱を開けるが、既に煙草は空だった。
仕方がないので店に一度引き返して煙草の販売はないか聞こうとして立ち止まる。
空を割るような、低い音が遠くから聞こえて来た。最初は遠雷かと思った。
しかし、どうも様子が違う。
上空は雲が覆っているが恐らく未成熟な雲であり、雷の心配はないだろう。遠方にこそ雨雲らしい物が見えるが音が聞こえるには遠いし、何より雷が起きたような光がなかった。
低く、ゴロゴロと音がしたが絶え間がなく、徐々に音が近くなり、大きくなる。
いつしかゴロゴロとした音はゴーンというような絶え間ない音に変わった。
これはエンジン音だ。
対空監視をする。
音源は三......いや、四。
雲の切れ間から4発機が4機でボックスを組んで飛行場の方角へ徐々に降下しつつ向かうのが見える。
ここからは40kmしか距離がない。
ドッと汗が吹き出した。
店へと踵を返す。
「マスター!電話!電話借ります!」
「おう、こっちだ」
興奮と焦りからか震える手で受話器を取り、ダイヤルを回す。
ジー...ジー...というダイヤルの応答が今は兎に角もどかしい。
「はい。N-07空電話交換局です」
繋がった。僕は被せるように大声で話す。
「すぐに神南指令へお繋ぎください。敵機の詳報です」
「承知しました。すぐにお繋ぎします」
緊迫さが伝わったのか、交換手はすぐに繋いでくれるようだ。
「お話しください」
「神南指令、神南指令、こちら竹中、0402、イートイン上空、重爆4機がそちらへ接近中」
「報告では2機しか上がってないが目視したのか」
「しました。既に緩降下中」
「わかった。全機、迎撃もしくは空中待機命令が下達されている。君の機体には私が搭乗する」
「お願いします」
「事後、即時基地へ前進せよ」
「了解」
電話は切れた。報告との食い違いがあったが、報告は無駄ではなかった。
自分の顔面を引っぱたく。
己の怠惰さ、未熟さ、ここまで侵入させた責任者への恨み、そして何よりも自分が私情に駆られたことによって何も出来なかった無力さが兎に角苦しかった。
再び外へ出る。
店主とウエイトレス、何人かの客が空を見上げていた。
既に何機か交戦しているのか上空で炸裂音とエンジン音がこだましている。
雲間から、1機の戦闘機が見えた。
あれは桜雷、つまり逢坂さんの機体だ。
鮮やかな切り返しで再び雲へと突き上げていく。
正直、格好良かった。それと同時に尚更自分自身が情けなく思えた。
複雑な顔をする僕に、店主がぶっきらぼうに話しかける。
「高いなあここまで来るのも大変だろうに、なぁ」
「死にものぐるいでしょうね。非常に今の時代には珍しい......」
どうして僕は地上に居るんだろう。
どうして僕はあの空に居ないんだろう
死に遅れたかのような嫉妬と己の非力さが頭を埋めつくした。
そんな僕に店主が肩を叩いて言う。
「ほら。急いで帰った帰った。一報入れただけでも役割は果たしたじゃないか。泣き出す前にまずは走れ」
僕はよほど泣き出しそうな顔をしていたに違いない。店主に指摘されてしまい少し頬を赤くした。
だが、今の僕にとって最大限のフォローであることは間違いなかった。
店主に改めて礼を言って僕は単車にまたがる。
「行っておいで」
店主の言葉が身に染みた。
既に太陽は山を超えて辺りを照らしている 。
度々ドーン、ドーンと地獄の腹の底のような低い爆発音が辺りにこだましていた。気は焦る一方だ。
フルスロットルで来た道をグングン遡る。
そして鉄橋を通り過ぎ、徐々にその全貌が見えて来た。
幸いにして滑走路は無事なようで既に何機かは戦闘から帰還している。
だが格納庫一棟が焼けただれている。
あれは需品用の格納庫で予備機等もあそこにあったはずだ。
僕の旧機はお釈迦かもしれない。
今は地上員が必死に消火作業に当たっているのが見える。
どこか居心地の悪さを感じつつも現状を把握すべく滑走路へと走りだす。
すると、空を見上げながら演習用の卓上無線機に耳を傾ける永田飛行士が居た。
「永田飛行士、戦況はどうなの」
「竹中飛行士、戦果は1機撃墜、1機は不時着陸の後、搭乗員は投降。2機はちりじりに逃走し、現在はその2機の動向を掴まんとしているようだ」
「そっか、当方の損害は」
「正直正確にはわからない。でもおそらくは損害3機中破、予備庫が焼失、修復が最近完了した一番滑走路が再度攻撃を受けたって感じだろうね」
「中々手痛いね」
「元々、2機の報告だったからね。でも先に2機補足してたんだけど途中で君から報告が上がった物だから大慌てで予備機も含めて上げたからむしろこの程度で済んだよ」
「そっか...」
「あんまり気を落としなさんなね。君は外出自由が認められていた訳だし、君の報告は役に立ったんだ」
「ありがとう。永田飛行士」
「とりあえず、自室で待機しておきなよ。そのうち指令に呼ばれるさ」
「うん、そうだね。改めてありがとう」
「うん、また後で」
「じゃあ、またあとで」
自室で待機しながらも、僕は落ち着くことが出来なかった。しきりに窓から着陸する機体をみつつ、神南指令から呼び出しがかかるのを待ち続けた。
そうこう気を揉んでいるとついに放送がかかった。
「竹中飛行士。執務室まで来られたし」
僕はたまらず自室を飛び出て執務室に向かう。
カツカツと足音が鳴り響く。
いつもよりも早く執務室に着いた。
少し息を整えドアをノックする。
「竹中飛行士です。入ります」
しかし、申し訳なさと緊張で声は震えて居た。
「入れ」
少し怒気をはらんだ声が帰ってくる。
僕は諸制式などすっ飛ばして開口一番、頭を下げた。
「神南司令。申し訳ございませんでした」
「いや、いい。元々休暇を出したのは私だ。それに報告助かった。全く、対空警戒をやっとる奴らは何をやってるんだ、それに......」
神南さんはブツブツと文句を言っている。
相当頭に来ているようだ。
「いや、すまない、少々話がそれたな。君の機体は旧機も含めて無事だよ」
「ありがとうございます。神南司令」
「いや、いい。他に質問などあるか」
僕はスッと手を上げる。
「なんだ」
「逢坂さんはどうしたのですか」
「逢坂は、敵機襲来の報告を得たと共に即座に迎撃に上がり1機撃墜、1機共同撃破だ。現在は2機の逃走した爆撃機を追っているが燃料的にそろそろ帰ってくる頃だろう。出迎えてやれ」
僕はなんだか戦果を聞いてついにいたたまれなくなってしまった。どんどん視界が歪んでいく。
「了解。竹中飛行士は神南司令に要件終わり、帰ります」
僕はぎこちなく敬礼をし、執務室を出る。
恥ずかしいやら申し訳ないやら、上手く言い表せない複雑な心境がどんどん募っていく。
(嫉妬に溺れて先任に無礼を働いた挙句、地上で一人待ちぼうけて、僕は何を思い上がって居たんだ)
滑走路へと向かう足取りは徐々に徐々に速くなっていく。逢坂さんの乗機を見つけた時、堪えていた涙がどっと溢れてきた 。
困惑する整備員に目もくれず真っ先に駆け寄り僕は、大声で叫ぶように謝った。
「申し訳ございませんでした!」
すると逢坂さんは笑ってこちらへ寄ってくる。
「いいんですよ。気にしないで下さい。何より貴方が報告をくれたおかげで迎撃が出来ましたから。ありがとう。ありがとう」
逢坂さんが肩を叩く。気恥ずかしいやら申し訳ないやら、感情がグチャグチャになりながら僕は逢坂さんの好意に甘えた。
今はただ、許して貰えた事が僕の救いだった。
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