傾鬼剛妻
めいき~
傾鬼剛妻(けいきごうさい)
※心当たりのある旦那様は注意するのだ、めいき~さんとのお約束じゃ。( 一一)
お松が溜息をつきながら、草鞋で夫の大和に蹴りを入れた。
「いつになったら、ゴミ捨て以外の家事を覚えんだおめーさんわよぉ!!」
オラの名はお松、このごくつぶしの旦那と令和の時代に祝言あげちまった大馬鹿よぉ。
サラシを巻いて、子供をあやしながら家事やら内職やらやってたらその辺の男衆の五倍位逞しくなっちまって。以前は、つくしの様な細腕だったのが今や横綱も裸足で逃げ出す様な筋肉がついちまって。昔は、水仙かたんぽぽの綿毛だって言われてた笑顔にも凄みが出ちまって近所じゃ悪魔の馬になぞらえて松風様なんて呼ばれるしまつだぁ。
育児だけでも大変だってのに、幼子の方がまだ覚えがいい。
「これこれ……、泣くでない。泣きたいのはオラの方じゃて」
背中の赤子をあやしながら、眼光で焼き殺せるのではないかという程転がっている旦那を睨む。
背中の赤子は城守(しろもり)、ワシらの子じゃ。殆ど手がかからんほど賢い子じゃが腹がへるとこうして泣きおる。
城守に乳をやって、背中を叩いてげっぷをさせてやるとまた大人しゅう寝てくれるでホンマに助かるわ。
それに引き換え、このダメ夫は……。
これでは育児で手がかからずとも、育夫(いくふ)に手がかかって仕方ないわ。
「ほれ、おまんまでも炊かんか。今から火を入れねば、飯抜きじゃぞ」
「ほなら、外で食うわ」
その瞬間、アイアンクローで大和を左手で持ち上げる。
「おまんの財布は、こっちじゃ。財布無しでなして外で食えるか、そげな飯屋はありゃせんわ。炊けや炊け! おまんが米たかんのなら、ワシがお前さんを炊きあげたろかい!!」
「あの、麗しい椿の様なお松はどこへ……」
日本酒の杯に一枚の桜が落ちたような、優しさとおしとやかさに溢れていたお松を大和は思い浮かべていた。
「おまんがきっちり、分担せんがや!」「俺は、ちゃんと仕事に行って家に金いれとるぞ」「ワシの内職の半分も稼げとらんやんけ、ひょうろくだまがっ!」「確かに……、しかしな皿を洗えば綺麗になっとらんと蹴られ、風呂を洗えば抜け毛がつまっとるだの言われ。料理を作れば、味が濃すぎる薄すぎると言われ。それでやる気になる人間はおらんがや」
そのアイアンクローのまま、大和を玄関に向かって投げ飛ばす。
「ええか? 皿はなつけ置きして一時間もすれば直ぐ汚れなんて取れるようになんや。お前さんその一時間で外に遊びに出かけてそのまま朝まで帰ってこんかったなぁ?風呂もそうや昔と違って捨て紙しいてあんでそれで丸めて捨てるだけや。何がバッチいから触れんかっただこのアホンダラが、おまえさんの髪の毛全部ムシって言い訳出来んようにしたろかい!!」
パッと頭を押さえる、大和。
ながしは重曹で擦って、アルカリの汚れを取るクエン酸じゃとクドクド説明を始めるお松。
僅かに見えている広背筋が、悪鬼の顔で微笑んでいる様に見えた。
「すまぬぅ!」大和の声も空しく、お松の拳が振り下ろされ。風切り音だけで、障子がびりびりと揺れ。
ごちんではなく、拳骨でドスンと地面が揺れる音がしてどさりと大和が倒れる。
肩がでていたそれをゆっくりと戻し、童女の様な微笑みを浮かべ。
「結局、夕餉の支度は今日もワシがせにゃならんか~」
大和を、お松はお姫様の様に抱き上げると脚でぴしゃりと玄関をしめた。
困った夫じゃのぉ、そういってたんこぶ作って眼を回す大和を見ながらため息をつく。
ちなみに、隣に住む。ソノと次郎夫婦はその様子を毎日夕方になるとその様子を二人で眺めながら、遠くの水平線を見つめ。
「俺達はああならない様にしたいなソノ」「はい♪貴方」と愛を確かめつつ反面教師にしていて。次郎は、ああはなるまいと日々家事に精を出している。
ソノのお気に入りは、隣でお松に引きずられて夫が消えて行く。その夕日が沈む水平線でありました。次郎とソノはしっかりと肩を寄せ合い、次郎の温もりを感じる事が出来たから。
一方次郎は、顔だけ微笑みながら顔を真っ青にしてしっかりとソノの背中を抱き寄せ。
(あんな風になったらこの世の終わりじゃぁ……)
なんて、妻とは違う事を考えていたとか居なかったとか。
(完)
傾鬼剛妻 めいき~ @meikjy
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