死奏希童

めいき~

死奏希童(しそうきどう)

小さな麦わら帽子を頭にかぶり、綾は金網越しに海を見ていた。


畏れて、夢見て。


そして、いつも自転車でここに来る。


少し前は、この金網は無くて。

木製の黄色くて長いベンチがあった。



飛び立つカモメ達を見ながら、綾はベンチに軽く腰掛けて。



昔はよじ登る様にして座っていた椅子も、随分小さくなった気がする。

隣に座っていた、明と一緒によくおにぎりを食べた。


少し頭がぼさぼさで、物静かな男の子。


一緒に並んで、カモメが飛んでいくのを見ていたり。

夕日が、沈んでいくのを見ていたり。



この赤いベンチから見る空は、いつも眩しかった。




強い光を抱きしめる様に、優しくだがしっかりと。

いつしか、好きという気持ちにブレーキが利かなくなっていて。



でも、二人のいつもは変わらなかった。


いつもここにきて、お弁当を食べて。

いつもここにきて、お互いのくせ毛を笑う。



大人になった私は、いつしかクセ毛が恥ずかしくて二時間ぐらいかけて髪の毛を落ち着かせたりもした。明はいつも、パイナップルみたいな頭だったけど。



座って、ただ話す。内容なんて覚えていないけど、それで良かった。



白いブラウスが潮風に揺れ、スカートをおさえた時にひび割れた地面が見え。


一つ一つは、小さなビーズの様でいて。

集まって、縫い付けたならそれは一枚の絵になって。


彼との想い出は、まるで絵みたい。



グミの様にカラフルで、偶にハズレを引いて苦い顔をして。

くせ毛の時の様に、お互いを指さして笑う。



告白した場所もここだったし、告白は明からだった。

私も同じ日にそれを言おうとして、ダメだったらどうしようとずっと悩んで。


こうなんというか、お互いがそうだったみたいで。

言ってみればなーんだでまた、笑っていたけれど。



あれから、お互いは違う道を歩いて。



それでも、この場所で会う関係だった。





さざ波が聞こえ、波が奏でるこの場所で。


「おーい、何やってんだ綾!」

「思い出にふけっていたの、ここから私達は始まったから」


立ち止まった明が、真顔で言った。



「何言ってんだ、お前」



だって、今日は……。




「明の誕生日で、私達の十五年目の結婚記念日でしょ」

「あぁ、だからここに来たんじゃないか」



「違う職業に進んでも、違う学校にいても。遠く離れていてもこの日だけはここにくる、それを守ってきただけじゃないか」


「雨の日も風の日も、ちゃんと約束守る男なんてそうはいないでしょ」

「そんな日に、約束守ってちゃんとくる女もいないだろ?」


子供の時は二人で風邪をひいて、お互いの親に何とも言えない顔をされて笑われた。



(私達は、ずっと毎年この場所で)



どちらかが死んで、奏でる事をやめたとしても。

私達の希望は、ずっと向こうに。


童の様な気持ちを、持ち続けている。



椅子はもうなくなって、冷たい金網があるだけだけど。

繋いだその手は、温かい。



(おしまい)

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死奏希童 めいき~ @meikjy

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