アオムシ

さかもと

アオムシ

 おじさんはね、子供の頃によく、アオムシを飼ってたんだよ。

 最近の子はあまり知らないのかな、アオムシって。

 蝶になる前の幼虫のことなんだけどね。イモムシみたいな形してるんだけど、成長すると綺麗な蝶になるんだ。


 子供の頃は毎年、夏になるとね、庭の木の枝にアオムシがとまっているのをよく見かけたんだ。

 ある時、この虫なんなんだろうと思って、学校の図書館に置いてあった図鑑で調べてみたんだ。

 すると、アゲハ蝶の幼虫なんだっていうことがわかって、さらにその図鑑を読んでみると、部屋の中で飼えるって書いてあってさ。

 庭から、アオムシがとまっている木を、枝ごと切り取って来て、自分の部屋に持ってきて、その枝を花瓶にさしてさ。

 そうやって、虫かごなんかに入れたりせずに、放し飼いのようにして飼ってたんだよ。

 そうやって飼えるって図鑑に書いてあったんだよな、たしか。

 アオムシは、花瓶にさした木の枝から逃げ出すことなく、ずっと枝にとまり続けてた。

 そうして枝から生えてる葉っぱを食べながら、時々は脱皮したりして、その度に少しずつ大きくなっていって。

 今思うと、アオムシにとっては、その木の枝だけが自分が生きてる世界の全てだったんだよな。

 何も疑問に思わずに、木の枝の上だけで生活してたんだよ。


 ちょうど小学校の夏休みが始まる頃から飼い始めて、お盆の頃にはアオムシとして成長しきって、そのまま蛹になるんだ。

 で、夏休みが終わる頃になって、ようやく蛹から羽化して蝶になるんだけど、何度見てもその姿は本当に綺麗だったね。

 アオムシの時には、あんなに目がギョロっとしててグロテスクな模様だったのに、蝶になった時には、それは見違えるほど美しい模様に変化していて。

 立派な羽をぱたぱたとはためかせて、これからどこへでも好きなところへ行けるんだぞって、本当に輝いて見えたよね。


 もちろん、蝶になってしまったら、もう花瓶にさした木の枝で飼うなんてことはできないからね。

 そのまま窓から外へ逃してあげるんだけど、おじさん、その時はすごく悲しい気持ちになってね。

 夏休みの期間中、ずっとおじさんの部屋で一緒に過ごしてきたのに、美しい姿に成長してしまって、そのまま部屋の窓から飛び出して、自分の手の届かないところへ行ってしまうんだなって、そんなふうに寂しい気持ちになったよね。

 わかってくれるよね?


 だから、君には、どこへも行って欲しくないんだよ。

 大切に、大切に、育てるからね。

 ずっと、ずっと、おじさんと一緒だよ。

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アオムシ さかもと @sakamoto_777

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