あんなにツーショ撮ったのに

真田紳士郎

単色はもう違う色




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【ツーショ】


 ツーショットの略。

 アイドルとファン、二人で撮影するチェキ・写メのこと。



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 久しぶりに顔を見せてくれたあなたは、私のとなりへは来ないで、


で」


 とチェキの撮影をするスタッフさんに伝えていた。


「えー、私、ひとりぼっち? ふたりで一緒に写ろうよ」


 私が冗談っぽく声をかけ、おいでおいでと大袈裟に手招きをしてみても、あなたは「いやいや」と笑うだけだった。


「わかりましたよ、ピンね。ポーズはどうする?」

「とにかく可愛い感じで」

「"可愛い感じ"ね。おっけー」


 笑顔で応じる心の中で、

(前回もあなたは『可愛い感じ』って同じ注文したの、覚えていないの?)

 と口には出さない思いが胸に浮かんだ。

 スタッフさんの構えたカメラに、得意なポーズと表情で止まる。


 今回も、私はひとりで光を浴びた。


 いつからだろう。

 あなたが私のとなりに来てくれなくなったのは。




「あかねちゃん! 今日もライブ良かった! すごく可愛かったよ!」


 去年の今頃は、あなたはもっと私に夢中で居てくれた。


「ありがとう、嬉しい。チェキはどうする? ツーショ?」 

「もちろんツーショ!」


 ライブ後の熱気を帯びたまま、あなたは満面の笑顔で私のとなりに駆け寄ってくれた。

 心が弾んでいるのが身体に表れてるかのような軽快な足取りで、

 これ以上ないほど嬉しそうな表情で、

 あなたは私とツーショを撮ってくれていたよね。


 私の前で無邪気になってくれるあなたが、私は好きだった。


 

 それなのに、最近のあなたはすっかり変わってしまった。

 ピンのチェキを一枚だけ撮って帰るようになった。

 私のとなりには来てくれなくなった。来たがらなくなった。

 

 今、チェキに日付やサインを書きながら、目の前に立っているあなたと話していても何の情熱も感じられない。

 以前はもっとグイグイと前のめりな熱意で私にライブの感想、良かったところ、更新されたSNSを読んだこと。あれもこれも伝えてくれた。

 トークの時間がどれだけあっても語り尽くせなくって、何度もチェキ券をして私の列に戻ってきてくれたのに。


「久しぶりになっちゃってごめんね。でも元気そうでよかった。ライブも楽しかったよ。とくに一曲目。あの曲のあかねちゃんが好きだから」

「そう言ってくれるの本当に嬉しい」

 

 会話をしながら、あなたの鞄がチラリと視界に入る。

 ねぇ。

 自分ではうまく隠せてるつもりなのかもしれないけど、

 あなたの鞄の中に入ってる単色のペンライト、赤じゃないよね。


 私の担当カラーじゃないんだね。


 さっき床に鞄を無造作に置いた時、チラッと見えちゃった。

 今は別の誰かがイチ推しなんだね。


「チェキありがとう。またライブ観に来るからさ」

「うん。いつでも待ってるよ」

「それじゃあね。あかねちゃん」

「……ねぇ!」


 去り際、行こうとするあなたに声をかける。


「これからも私を見ててね」


 その言葉にあなたは、


「ん」


 と笑顔で小さく応じた。




 特典会が終わった後、このやりとりを思い出して私は握り拳を眉間に押しつけた。


 なんでわざわざあんなことを言ったんだろう……。

「これからも私を見ててね」なんて、見てもらえてないと思ってるから出る言葉だ。

 あんな言い方したら繊細なあなたには伝わったよね。


 去っていくあなたの背中を思い出す。


 どうしてなのかな。

 なんとなく私には分かってしまうのだ。

 もう戻ってこない人の後ろ姿だって。


 アイドルとして長い時間を過ごしてきた。

 その中で、私はたくさんのファンの人たちと出会ってきた。

 そして、たくさんのファンの人たちが私を通り過ぎて行った。


 あなたもそうなの?


『あの会場のステージに立ってるあかねちゃんが観たい!』ってねつっぽく言ってくれたよね。

『あかねちゃんがセンターを任されてる姿を観るまで死ねない!』って冗談っぽく笑いながら、だけど真剣な目で伝えてくれたよね。


 あなたが私にくれた言葉。

 ふたりの間だけで通じる仕草。

 他愛もないジョーク。

 大袈裟じゃなく、私は全部、覚えている。


 それなのに、あなたはもう行ってしまうの。


 まだたくさんの約束が果たされていないままなんだよ。





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あんなにツーショ撮ったのに 真田紳士郎 @sanada_shinjiro

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