【3】

 ぐにゃりと青年の周りの空気が歪んだように二人からは見えた。更に彼の顔には笑みと怒りの混ざった歪みが張り付いている。

「お前らと同じ臭いだぁ? 巫山戯るな、お前らんとこと同じにするんじゃねえよ」

 丁寧な口調はどこへやら、砕けた口調と先程よりも低い声音が彼の口から漏れ出す。

 開かれた目の視点は定まらないまま拳を握りしめた姿は不審者そのものだ。何かを呟き続けているようで口元は止まらない。

 それに対してカイやシイはうんざりした顔で天を仰いだ後に顔を見合わせ溜息を吐いた。

「同じ臭いじゃねえ! ギギ様のは臭いじゃねえ香りだ! 最上級の馨しい香りなんだよ! 鹿金んとこの駒は鼻がおかしいんじゃねえのか」

 青年の雄叫びが早朝の生温い空気を揺らす。その発言も非常に生温い。

「だいたいお前らは、俺らが制圧した土地を掠め取りやがって。それをお許しくださっているギギ様を敬え、お前らと一緒にするな!」

 そして、手にしていた箒の柄をひたりと二人に突きつけて彼は叫び終えた。が、それを聞き終えた二人はというと。

「言いたいこと言えた? 俺ら帰りたいんだけど」

「だから人間の姿で叫ぶなって言ったでしょ。あんた注目集めてるからクビになるだろうし、愛してやまない教祖様にも怒られるんじゃない?」

 青年を横目に店内に入っていく人間や、彼をなるべく見ないよう歩く人間がちらほら出始めている。

「まだ叫びたいなら変化解けよ、俺らは帰るけど」

 煙草に火をつけると、さも不味いというような顔でカイは煙を吐き出した。シイに至っては彼らに背を向けてしまい、自身のスマホをいじっている。示し合わせていないが、見事なくらいに青年の怒りをスルーし気持ちを逆撫でしている。

「まだ帰れないわ、これ。カイ、鹿金がこっち向かってるってさ」

「はぁ?」

「そこの無駄拡声器の上司もセットで」

 うんざりした顔でシイは二人へスマホ画面を向けた。

「えー、俺帰りたい」

「ギギ様自ら赴いてくださるなんて」

 二人の反応は見事に真逆。カイは煙草のフィルターを噛みながら渋い顔をし、青年は目を潤ませ頬を紅潮させた。

「だからキモイって無駄拡声器」

「名前を呼べ、失礼な。俺の名前くらい知ってるだろ」

 憤慨する青年にシイはあっけらかんと答える。

「は? 知らないけど。何で自分のとこ以外の奴の名前覚えないといけないわけ」

「シイ、お前はいい加減物欲以外も覚えろよ。こいつは、愧期ぎぎ様の所のリョウだ」

「こんな量産顔、明日には忘れそうね」

 さすがに諌めるカイの言葉も何処吹く風。シイはリョウに背を向けスマホを弄りだした。

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地獄の底でタップダンスを 波希 みちる @namitiru-n

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