【2】

 誰も彼らを視認しない、何故ならこの世の者ではないから。必要に応じて姿を表せられるようにはするが、基本的に誰からも見られない姿で過ごしている。霊というには強すぎ、かと言って妖怪と呼ばれるのは腹立たしい。なので、人の形を保ちつつ姿は見せない。霊感のある人間には薄らと見えているようだが、声を掛けてこない時点で幽霊と同一視されているのだろうというのが彼らの認識だ。

 彼らが『仕事』と呼ぶ、土地の制覇は見られてはいけないものだし見られることもない。

 土地争いはほんの数百年前から始まった。如何に地獄が広いとはいえ、限度というものがあり人間じみた派閥というものさえある。地獄の土地を広げるため現世の土地を概念として地獄へ移し領土を広げており、そこには派閥も絡んでいる。呵責するだけなのに派閥とは何ぞやとなるだろうが、そこはそれ、呵責する者を纏める者が居るからだ。彼らにもそれなりの矜恃がある。

 そして、地獄に移す土地は死んでいなければいけない。活発な土地は定着せず失せてしまうし、地縛霊が居たらその霊を捕まえ書類を揃え何だかんだとお役所仕事が待ち構えており時間も手間もかかる。非常に効率が悪く宜しくないのだ。


 話しは戻り、コンビニ前。

「傘から何か出されていましたよね? 男性の方は煙を……まさか火を点けました? いや、コンテナに異常は見られないようですね、変な悪戯をされているようでしたら警察を呼ばせていただきます」

 目の下に隈を作った青年は箒を右手に、電話の子機を左手に構えて恐る恐ると言った風に二人へ話しかけた。不審者に対しても敬語を使う様はさすが接客業というべきか。

 細めの身体を大きすぎるサイズの制服に押し込み、フレームレスの眼鏡の奥にある目は忙しなく二人を見比べている。フェザーマッシュは夜勤を終えかけなんだと分かる程度に多少くたびれている。

「お兄さん、もしかして私たちの事しっかり見えちゃってる?」

「めーんーどーくーさーいー。それに見え過ぎだろ。気絶させちまうか、ついでに記憶奪って」

「とりあえず今はやめといて。私たちがハッキリ見えるなんてイレギュラーすぎるから、話をしてから決めるわ。お兄さん、とりあえず手に持ってる箒で掃除しながら私の言うこと聞いておいてね。じゃないと、お兄さんが不審者扱いされちゃうから」

 そう言いながらシイは青年の子機を取り上げると彼の制服のポケットへ捩じ込み、箒を無理矢理持たせた。手を引く際、彼女は一瞬だけ眉をひそめたがすぐに表情を戻した。

 それを横目で見ながら、カイはまた「めんどくせえ」と呟く。

 青年は動揺からなのか口を開いたり閉じたりしながらも箒を適当に動かす、視線は彼らから離さないまま。

「はいはい、カイは黙ってて。お兄さんは落ち着いて聞いてね。単刀直入に言うと私たちは見えちゃいけない人らなわけ。今さっきお兄さんが見たのも、私らのちょーっとしたお仕事なの」

「おい、シイ」

「いいから。で、お兄さんは警察に電話とか言ってたけど、何で一人でお店から出てきたの? コンビニの内情はそこまで知らないけど、夜勤って基本的にワンオペなんでしょ。さっきからお客さんがたまに入っては普通に買い物して出ていってるけど、どうして?」

 シイは眉を顰めて青年を見上げる。どこをどう見ても量産型のイマドキの青年なのだが、自分たちを薄っすらどころか完全に見えているというのが不審過ぎるのだ。

「今はセルフレジというものがあります。それに、今の時間は二人で回しているのでお客様の入退店は当然のことです」

 ぼそぼそと彼はシイの問いに返しながら、彼女の目を強く見返した。

「ふぅん……それなら、さっき私が触った電話の子機が私らと似たような臭いしたのは、どうして?」

「……あなた方の臭い?」

 彼女の言葉に青年が顔を顰めた。不審と言うよりも、酷い嫌悪感に塗れた顔だ。

「そうよ。地獄独特の、ね」

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