第三節 氷の主人
「……なっ…」
思わず声を漏らさずにはいられなかった。
お嬢様を凍てつくような視線で睨むのは、婚約者(仮)の男であり、英国の大手菓子メーカーの若社長、レオ•ホワイトであった。
「どうかなさいましたか。」
それでも流石は我が主、自分のペースを保っている。
「黙れ。私はお前の発言を許可していない。」
正直、自分が若社長になって図に乗っておられるのではないかと思わずにはいられませんでした。いくらなんでも、なぜ初対面の、たかが菓子メーカーの社長に伯爵家令嬢であるステラ様がこの様に言われなくてはならないのでしょう。ただのお付きの者である私は何か発言出来る立場では到底ないのですが、流石に頭にきました。私の、私達伯爵家に仕えるものの大事な大事なステラ様に。
「申し訳ございませんでした。図々しい行い、謝罪申し上げます。以後気をつけます。」
お嬢様……なぜ頭を下げるのです…
「……フンッ、ふざけているのか?さっきまでの威勢の良さはどうした。頭をとりあえず下げて内心は嘲笑っているのだろう。それとも、恐れをなしたか?」
「……。」
「何も言わない、か。ならば帰っていい。」
とりあえず、何か言いたかった。ですが、そうすることは出来ない。許されない。お嬢様のご命令がありますので。
***
それは、この屋敷へ行く途中の馬車の中。
「ミア。なにがあろうと、私がどうされようが、絶対に手出しはしないで。何かを発することも禁じます。」
「…それがお嬢様の命令ならば。」
「ええ。」
「……ですが、良いのですか?本当に何があっても、ですか?」
「そう、何があっても」
「了解いたしました」
***
「失礼ながら、私は帰ることは出来ません。」
「…は?」
「今日、貴方様とお話しをしなければ、帰ることは出来ません。」
「
「これは、紛れもない、自分自身の意思でございます。」
お嬢様の目は澄んでいて、それでいて氷を溶かすような熱を帯びているように感じられました。
「……今日はもう帰れ。」
「…もし、我がハーヴィー家が貴方様や一族の方に対して無礼な事をしたのならば、謝罪させてください。」
「は?なんの話だ。」
「貴方様は私達に恨みを抱かれておられるのではないでしょうか。」
「……そうではない。今までの令嬢は、冷たくあしらえば激怒し、出て行った。まあ、当然だな。令嬢なんてものは甘やかされて育って、一応庶民よりは教育されているものの、いざ他家へ嫁ぐとなれば自分の想像とと少しでも違うと文句ばかり、我が儘放題だ。お前も公爵令嬢様だろ?どうせ同じだ。」
「そうですか。今日の用は済みました。本日はこれで。貴重な御時間を頂き、有難うございました。ではまた。」
「…フン、罵倒されて不愉快になったか……おい、まて、また?」
お嬢様はスタスタと背筋良く、丁寧に屋敷を出て行きました。すれ違った屋敷の使用人に挨拶までしていました。本当に、心の優しい人です。
「お嬢様、よろしかったのですか。」
「ええ。」
「話がしたい、とおっしゃっておりましたが、会話という会話はしておられないのでは?」
「そうかしら。私は聞きたいことが聞けて満足よ。」
「聞きたいこと…」
お嬢様はそう言って馬車に乗ったあと、そのことについて何もいうことはありませんでした。
余命半年のお嬢様とメイドさん 夜雨 翡翠(よさめ ひすい) @hisuiakatuki
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