転生したら憑依型魔物だったので、純情サキュバスに取り憑いてエッチな悪戯をしたい

英 悠樹

転生したら憑依型魔物だったので、純情サキュバスに取り憑いてエッチな悪戯をしたい

「ラギ、お前をパーティーから追放する!」

「ちょっと待ってくれ、アルス、俺が何したって言うんだ」

「しらばっくれるな! お前、サラの下着を盗んだだろう!」

「おい、変な言いがかりはっ!」

「じゃあ、お前のポケットの中身見せて見ろ」

「……」

「どうした? 見せられないのか?」

「……」


 渋々と言った感じでテーブルの上にぶちまけられたポケットの中身を前に、アルスと呼ばれた男はニヤリと笑い、他のパーティーメンバーはザザッと全員引いている。


「……最低」

「待ってくれ、サラ、違うんだ! これは廊下に落ちてて……。後で返そうと思ってたんだ。信じてくれ!」

「誰が信じるんだよ、そんな言い訳。まあ、そう言う訳でラギ、お前は追放だから」

「待てよ、アルス。こんなんで追放なんて嘘だろ?」

「こんなんでって、もちろん、これだけじゃねえよ。お前だって自覚してるんだろ、自分がこの勇者パーティーのお荷物だって」

「……」


 黙ってしまったラギに向かってアルスが侮蔑のこもった視線を向けた。


「このパーティーは仮にも勇者パーティー。勇者の俺を筆頭に、大聖女サラ、聖騎士マチルダ、賢者サヴィーネ、大精霊術師エレーツィアとそうそうたるメンバーがそろってる。お前だけなんだよ、何の力も持たない奴は」

「待ってくれ、俺にだって……」

「黙って、ラギ! 言ったでしょ、あなたは追放だって。さっさと王都にでも帰って身の丈に合った生活をすることね」

「……サラ、嘘だろ? 一緒に強くなろうって村を出たのに……」


 ラギとサラは同じ村の出身。幼い頃から一緒に遊び、大きくなったら結婚しようと誓い合った。それは幼さ故の他愛も無い約束。だが、そんな淡い思い出を踏みにじるサラの言葉にラギはうな垂れる。そこにアルスの嘲笑が響いた。


「ざまあ無いな、幼馴染にまで見限られて。まあ、下着ドロなら当然の報いか」

「アルス、てめえ! そう言うお前だって人のこと、どうこう言えるのかよ! そこら中で女食い散らかしてるくせに!」

「俺の場合は、同意の上だよ。俺のイケメンオーラが良くないのさ」

「……クズ野郎」


 ギリギリと唇から血が出るほど噛みしめられた口から絞り出された言葉。だが、そんな言葉も勇者の心には届かない。


「とにかく、ラギ、お前は追放だから。さっさと出て行ってくれ」



 ❖ ❖ ❖



 ───と言うのが、俺が取り憑いている男から読み取った記憶だ。

 いやあ、ド修羅場。しっかし、これが天下の勇者パーティーの実情ねえ。救えねえな。






「イケメン勇者でも超絶美少女でも好きなものになれるようにしてあげます」とかのたまったクソ女神に騙され、憑依型魔物として異世界転生させられて5年。長かった。


 死なない(死ねない)スキルのお陰で、自分自身が死ぬことは無いのだが、取り憑いてる身体が怪我すりゃ痛いし、死ぬ前に離れないと、死の感覚を味わう羽目になる。一体全体、これまで何度、疑似的に死んだことか。


 しかも、憑依型という特性上か、経験値は取り憑いてる奴と平等に分配。2倍頑張らないと成長できないわけだ。これもう、取り憑いてる奴に経験値貢いでいるだけじゃない? 


 まあ、代わりに、取り憑いてる奴のスキルをコピーして使えるようになるっておいしい特典があったから良かったが。こいつは女神からもらった不死のスキルとは別に、この魔物特有のスキルとして元々持っていたものだ。この能力無けりゃ、ホントこんなクソゲーやってられないよな。


 さて、そんなこんなで漸くレベル10くらいになってきたので、そろそろ人間に取り憑くかって王都にやってきた。すると街はお祭り騒ぎ。どうやら魔王を打ち倒した勇者パーティーが凱旋して来たらしい。そんなお祭り騒ぎの中、辛気臭くやけ酒飲んでへべれけになってる男を見つけたから取り憑いてみれば、こんないきさつだった訳だ。


 しっかし、この後どうすっかな。取り憑いてはみたものの、こいつのスキル、一つを除いてたいしたもの持って無さそう。その一つもちょっとめんどくさそうな奴だし。まあ、元勇者パーティーメンバーって言っても、大聖女のおまけでくっついてきた荷物持ち兼雑用係みたいな奴だからな。まあ追放されて正解だったろう。あのままくっついてたら、どこかで死んだろうし。やっぱ、どっか路地裏にでも捨ててくるか───。


「ちょいとお客さん」

「……」

「お客さん!」

「え、お、俺?」


 考え込んでいたから、人が近づいてくるのに気づかなかった。見ると、女給さんが渋い顔をしている。


「そろそろ看板なんで、お勘定お願いしたいんだけど」

「あ、ああ、お勘定ね。いくら?」

「銀貨3枚ね」


 その言葉に慌てて懐の巾着を探る。が───


(この男、銀貨1枚と銅貨13枚しか持ってないじゃ無いか!)


「お客さん、もしかして無銭飲食ただ食い?」

「そ、そんな訳無いだろう」


 どうしよう。正直に金が足りないと伝えるか、それとも逃げるか。どうせ捕まっても、困るのは取り憑かれているこいつだ。俺は隙を見てこいつから離れればいいんだし───。


 よし、逃げるか。そう思って隙を伺うため、改めて女給に目をやる。それにしてもなかなか可愛い娘だよな。今は不機嫌そうだけど───って、この不機嫌そうな顔、どっかで見たことがある様な───。


「あーーーっ! サキュバス隊長⁉」

「え? え?」

「サキュバス隊長じゃ無いですか、何でこんな所に?」

「ちょ、黙りなさいよ!」

「サキュバ……もががが」


 サキュバス隊長にいきなり口を封じられてしまった。彼女はキョロキョロ周りを見渡すと、手を引っ張った。


「ちょ、ちょっと、場所を変えるわよ!」






 浮かれる夜の街を抜け、やって来たのは、下町の安アパートの一室。


「サキュバス隊長、こんな所に住んでるんですか?」

「どうでもいいでしょ。それより、あんた、何で私のこと知ってんのよ⁉」


 その質問に、一瞬、この人は何言ってるんだろう、と思ったが、ああ、そうかと思い直す。そりゃ、俺は彼女が会ったことも無い人間に乗り移ってるんだから、わかるわけも無いよな。ラギって奴の身体から、少しだけ顔を出して挨拶する。


「隊長、俺ですよ」

「あーーーっ! いつかのセクハラ野郎!」


 いや、またそれか。サキュバスにセクハラ野郎って言われるの何なんだよ。


「そのセクハラ野郎ってのやめてくださいよ。これでも今は真面目にやってるんですよ」

「ふーん。ホントかなあ」


 彼女は疑わし気な目を向けていたが、手を差し出した。


「ま、どうでもいいわ。それじゃお勘定」

「え?」

「え、じゃ無いでしょ。まさかホントにただ食いするつもり?」


 スーッと細められた目に戦慄する。レベルが上がったとはいえ、俺はまだレベル10。レベル30の彼女には敵わない。慌てて言い訳する。


「いや、ただ食いしてたのはこいつだって。俺はこいつが酔っぱらって前後不覚になってたから取り憑いただけ。ホントに俺、何も食ってないし、飲んでないから!」

「ああ?」


 彼女は暫く不機嫌そうな顔をしていたが、「チッ、仕方ねえなあ」と吐き捨てると許してくれた。サキュバス隊長、厳しいところもあるけど、基本、お人好しなんだよな。


「それにしてもサキュバス隊長……」

「その『サキュバス隊長』ってのは止めて」

「……」

「正体がバレちゃうじゃない。ようやく人間の街で仕事を見つけたのに」

「じゃあ、何て呼べばいいんですか?」

「私にもリラって名前があるんだからね」

「リラか。……うん、リラ、可愛い名前だね……って、何、その目?」

「……キモっ。全身に鳥肌立ったわ」


 おい、いくら俺でも傷つくぞ! 泣くぞ!


「まあいいや、それでリラ隊長、何であんなところで働いてんです?」

「何でも何も、魔王城が陥落したってのは知ってるでしょ」


 そう言えば、確かに今夜は魔王を討伐した勇者の凱旋でお祭り騒ぎだったな。しかし、あんなクズでも魔王を討伐できたのか。


「魔王様もあの勇者にられちゃって……」

「そうか、魔王様もられちゃったのか」


 魔王様、妖艶な美女だったから、一度取り憑いて悪戯してやりたかったのに。


「今は勇者の愛人になっちゃった」

「は?」

「見たくなかったわよ! 『俺の女になれ』って勇者に言われて雌の顔になる魔王様なんて!」


 はああああああっ⁉

 何それ! やられちゃってって、そっちの意味?

 勇者、お前、羨ま───ゲフンゲフン、けしからん!


「そ、そうか。隊長も大変だったんですね……」

「大変だったわよ。魔王城から逃げ延びて、飲まず食わずでこの街にたどり着いて……ようやく見つけた仕事なんだからね!」

「ええと、でも何で女給なんかやってるんです? サキュバスなんだし、もっと能力に見合った割のいい仕事あるでしょ。ほら……娼館とか」

「ふざけないでよ! 私の初めては白馬の王子様に捧げるって決めてるんだからね!」

「ええ……。まさか、サキュバスの癖に処〇? て言うか、白馬の王子様なんて、今時子供だって、そんな夢みたいなこと言いませんよ」

「うっさいわね。ほっといてよ」


 ───純情サキュバスって何だよ、それ。しかし、そうか、隊長は正体を隠して仕事しているわけだ。魔物ってバレたら困ったことになるよな。


「リラ隊長♡」

「何よ、そのいやらしい目つき」

「隊長、サキュバスってバレたら困ったことになりますよね」

「きょ、脅迫する気?」

「いやいや、困ったときは助け合おうってことですよ。隊長がサキュバスってことは黙ってますから、一つお願い聞いていただけますか?」

「エ、エッチなことするつもりじゃないでしょうね?」

「違います、違います。ちょっと身体に乗り移らせてもらいたいなあって」

「嫌ぁああああああああああああ!!」


 ───耳が痛い。いや、精神的な意味でなく。音波兵器かよ。


「隊長、落ち着いて」

「取り憑いて何するつもりよ? ぜ、絶対おっぱい揉むつもりでしょ? まさか、あ、あっちまで……」

「落ち着いて下さいって。そんなことしませんよ。ただ、隊長の持ってるスキルをコピーさせてもらいたいってだけですから」

「スキル?」

「そう。俺の能力知ってるでしょ。取り憑いた人のスキルをコピーすることが出来るの。隊長の魅了チャームの力をコピーさせてほしいんですよ」


 俺の憑依能力はそれなりに高いが、レベルが高い相手だとレジストされてしまう。そんな時は、魅了チャームで相手の判断力を奪ったうえで乗り移るようにすると成功率が上がる。まあ、魅了チャームとてレベル差が大きいとレジストされてしまうんだけどな。


 一方、隊長は俺を睨みつけてる。


「嘘だ。そんなこと言って、絶対エッチなことするでしょ」

「しない、しない。誓いますから」

「信用できない」

「じゃあ、契約魔術を使いましょうよ。魅了チャームをコピーしたらすぐに身体から離れる、取り憑いている間、エッチなことはしないって条件でどうです?」

「……まあ、それなら」





 30分後、俺は隊長の身体に乗り移っていた。


「ちょろいな、隊長♡」


 契約魔術とは、契約の魔法陣に約束する事項を魔法文字で書き込み、それにお互いの血を垂らして発動させる。約束を破ろうとすると耐えがたい苦痛が身体を襲うと言う仕組みだ。


 しかし、俺が魔法陣に垂らした血は、取り憑いていたラギの血である。そう、契約に縛られるのはラギであって俺じゃ無い。やっほう! 悪戯し放題!


 それにしても隊長の身体は極上。下を見下ろすと、真下の床が見えない。これで白馬の王子様待ちとか勿体ない限りだよな。では、早速このたわわな果実を───


 バチバチバチバチバチーッ!

「い、痛て、痛てえっ!!」


 い、いったい何が起こった?

 契約魔術? え、ラギの血を垂らしたよな?


 良くわからんが、気を取り直して、もう一度───


 バチバチバチバチバチーッ!


 だ、ダメだ。何故?

 ───まさか垂らしたラギの血に混ざってた俺の魔力に契約魔術が反応した?

 なんてこった! 

 このラギって男、そこまで魔力が小さいなんて思わなかったぞ。

 血中魔力が本人より、取り憑いている魔物の方が大きいなんてあり得ないだろ。


 しかし、これは困った事態だ。

 せっかく悪戯しようと思ったのにできないじゃないか。どうする?


 いや、待て。

 確か禁止されてるのは「エッチなこと」だ。エッチなことでなければOKだよな。

 よし、隊長、仕事で汗もかいてるし、お風呂に入ろう。決してエッチなことじゃ無い───


 バチバチバチバチバチーッ!


 マジかよ。この契約魔術、いったいどうなってるんだ?

 よ、よし、それなら生理現象。トイレに───


 バチバチバチバチバチーッ!


 おい! トイレにすら行かせてくれないのか!


 ───ハァアアーーっ!

 しかたない、諦めよう。契約魔術に撃たれ過ぎて、身体が痛いし。心なしか、焦げ臭くなってきた気もする。

 そうと決まれば、いつまでも取り憑いててもしかたない。とっとと魅了チャームをコピーだ。


「おい、起きろ!」


 酔っぱらって前後不覚になっているラギを揺さぶって起こす。

 スキルをコピーするためには、取り憑いた状態で一度スキルを使わなくてはならない。


「うあああ……」

「ほら、俺の目を見ろ!」

「あああ……」


 ラギの目を見つめながら、魅了チャームのスキルを起動する。だが───


「レジストされた⁉」


 あり得ない。

 レベルも低い、酔っぱらって前後不覚の癖に魅了チャームに抵抗するなんて。


 何かの間違いに違いない。気を取り直してもう一度。


 ───またレジストされた。

 一体何なんだ、こいつ? まあいいか、コピーの条件は「使うこと」だ。成功したかどうかじゃ無い。

 実際、俺のスキルツリーには、しっかり魅了チャームが刻まれている。


 さて、名残惜しいが、隊長の身体から離れて、いったんこの酔っ払いに憑依し直すか、と思ったら、ラギが何かブツブツ言ってる。何を言ってるんだろうと耳を近づけると──


「サラ、ごめん。……サラ」


 ───全く、振られた女のことをいつまでもグチグチと。しっかし、そうすると自分を振った幼馴染への想いで魅了チャームを跳ね除けたのか、こいつ。そこまで想ってるんだったら、ちゃんと相手に伝えろよな。





 さて、俺はラギの身体に戻った。

 リラ隊長はひと通り自分の身体を見回した後、疑わし気な目をこちらに向けて来る。


「ホントにエッチなことしなかったでしょうね?」

「してませんて」

「うーん、何か怪しいんだけど」

「しつこいですね」

「後、なんか焦げ臭くない?」

「さあ、隣で魚でも焼いてるんじゃ無いですか?」

「ええー、そうなのかなあ?」


 さて、会話を続けていたらボロが出かねない。早々に退散するか。


「どこ行くのよ?」

「ちょっとこの身体、捨てて来ますよ。大聖堂の側にでも捨ててこようかなと」


 帰り支度を始めた俺に隊長が不審そうな目を向けてきたが、行先を聞いてさらに表情が険しくなる。


「何でそんな所に行くのよ? 大聖堂って勇者パーティーの大聖女が戻って来てるじゃない。魔物のあんたが見つかったら、ただじゃ済まないわよ」

「大丈夫ですよ。憑依している俺を見分けられる奴なんて殆どいないし」

「でもわざわざそんな所に行かなくても」

「その辺の路地裏に捨てたら、スリとか追い剥ぎの餌食になるかもしれないでしょ。それも寝覚め悪そうじゃ無いですか。大聖堂の側なら、うまく行けば神官どもに介抱してもらえるかもしれないし」

「なに常識人みたいなこと言ってるのよ?」

「いや、俺、常識人ですって。隊長こそ俺のことなんだと思ってるんですか?」

「セクハラ野郎」

「……」


 またそれかよ。まあいいか。俺は「それじゃ」と言い捨てると部屋を出た。





 30分後、大聖堂の側。


「リラ隊長、何でついて来てるんですか?」

「だって、見つかったらただじゃ済まないでしょ。そうなったら私だって寝覚め悪いわよ」


 ───本当にお人好しなんだな、隊長。


 さて、後はうまいことこの身体を捨てるだけ。大聖女に見つけてもらえるように。

 いやまあ、お節介だとは思うよ。振られてるんだから、古傷抉らない方がいいとも思うけどさ。

 まあ、身体を借りた以上、少しは恩返ししないとね。ほら、俺常識人だから。


 そうしていると、豪奢な白い馬車がやって来た。どうやら王宮での祝勝晩餐会から大聖女が帰ってきたようである。


 その馬車から大聖女が降りてきて、さあ、こいつを捨てるかと、身体から離れかけた、その時だった。


「憎き大聖女よ、思い知るがいい!」


 響き渡る大声に、聞こえてきた方を見ると、夜空に紛れるように黒い、大きな羽をもった魔物が浮かんでいた。


「あれはモーブ様!」

「モーブ?」

「魔王軍四天王の一人よ、生きていらしたのね!」


 リラ隊長の声には歓喜が滲んでいるが、正直、俺には「面倒」以外の考えはない。壊滅した魔王軍の生き残りとか今さら出てきて何するってんだよ。第一、お前らの敬愛する魔王様ももう帰りたいとか思ってないんじゃないか?


 それより、今にもモーブとサラの間で大魔法の撃ち合いになる。逃げないと巻き込まれるぞ。そう、思ったのだが───


「サ、サラーっ!!」

「お、おい!」


 ラギの奴が目を覚まして、サラの方に駆けだしやがった。身体から離れかけて、コントロールを手放していたのがまずかったか。


 ラギはサラを庇うように、その前に立つと、手を突き出した。


「サ……」


 バッカ、こいつ! あのスキル使うつもりか⁉

 俺は急いで、取り憑き直して身体のコントロールを奪った。そのまま、スキルの出力を最小限にして発動し、直後キャンセルする。


 しかし、これでOK。コピーは出来た。次は俺の力を使って、最大限のパワーでぶっ放してやる!


「サクリファイス!!」


 直後、視界の全てを焼き尽くすような強烈な光。その光がモーブを飲み込むと、断末魔の叫びをあげて彼は消えて行った。同時に、俺の視界も暗転する。───やっぱり俺でもこうなるのか。





 意識が戻って来るとまず、後頭部に感じる柔らかな感触。

 目を開けると、目の前に大聖女の顔。

 大聖女に膝枕されているのだと気づくまでしばらくかかってしまった。


「気が付きました? ラギ……ではありませんね?」

「わかるのですか?」

「ええ、あの出力でスキルを使ったら、ラギは今頃生きていないでしょうから」


 そう、ラギの持つ唯一のスキル、サクリファイス。それは命を燃やして敵を攻撃する術。大した魔力を持たない彼の唯一の、しかし、強力この上ない攻撃法。


 だが、命を燃やす、それは文字通りの意味だ。出力を抑えたとて、寿命が縮む。最大出力で放てば、瞬時に命を落とすだろう。定命の存在ならば使えないスキル。俺のような不死の存在ですら、使った直後、意識を失ってしまう。


「さて、あなたは魔物さん、なのでしょうか?」

「よくわかりますね」

「賢者サヴィーネに教えてもらったのですよ。ある種の魔物は、取り憑いた相手のスキルをコピーして使うことが出来ると」

「魔物の俺を殺しますか?」

「まさか。命の恩人にそんなことはしませんよ。あなたは私だけじゃ無く、ラギも助けてくれたのですから」


 優しく微笑む、大聖女のその瞳は、どこまでも優しい。だからこそ違和感がある。ラギの記憶の中、冷たく彼を追放した彼女の姿とまるで重ならない。


「大聖女様、一ついいですか?」

「何でしょう?」

「俺はラギに取り憑いた時、彼の記憶を見ています。だから、彼があなたの下着を持っていたのは偶然拾っただけだという彼の主張が本当のことだと知っています。問題は、誰がラギの目につくようにあなたの下着を置いたか、です」

「……続けてください」

「あなたはラギのスキルを知っていた。あのまま彼がパーティーに同行していたら、いつかスキルを使ってしまうのではないかと恐れていた」

「……」

「追放の時、彼がスキルのことを話そうとするのを強引に止めましたよね。彼のスキルのことを知られたくなかったから。クズ勇者に使い捨てにされることを恐れたから。あなたは誰よりもラギのことを気に掛けていた。だから、下着を拾わせるなんて茶番をしてまで彼をパーティーから遠ざけたかった。違いますか?」


 サラは暫く無言で俺のことを眺めていた。それから少し目を逸らし、遠くを見るように前を向くと微笑んだ。


「……どうでもいいじゃ無いですか、そんなこと。真相がどうあれ、貴方も私も、そしてラギも無事だったのですから」

「まあ、そうですね」

「それより、お礼をしないといけないですね。命を助けてもらったんですから」

「あ、いや別にそれは……」

「遠慮しなくても大丈夫ですよ。……そうだ、私に取り憑いてスキルをコピーするってのはどうですか? その際、ちょっとだけならエッチなことをしても大丈夫です」


 悪戯っぽく笑いかける大聖女の顔をまともに見ていられない。そのお誘いは魅惑的で抗いがたい。だけど───


「止めておきます。そんなことをしたら、地獄の果てまで追いかけてくる男がいるでしょうから」

「そうですか。わかりました。でも、困ったことがあったら訪ねてきて下さい。人類に敵対しようと言うのでなければ、できるだけ力になりますよ」

「ええ、ありがとうございます」


 取りあえずこれでいい。それにしても、良かったな、ラギ。お前の想いは多分叶うよ。





 それから3日後、俺の姿は街の門の外にあった。

 今の俺は巨大な犬の姿。しかし定番のフェンリルでも何でもない。ただの雑種犬である。

 人に取り憑くのは、また厄介ごとを抱えそうだし、ということで、道端にうずくまっていた野良犬に取り憑いた。それをリラ隊長に洗ってもらったら、モフモフわんこの出来上がりである。


 そのリラ隊長の姿は俺の隣にある。


「それにしても良かったんですか? 俺と一緒に行くことにして」

「良いも悪いも、あの食堂クビになっちゃったし」

「ええ……。代金は大聖女様が払ってくれたんですよね?」

「でも、仕事中にただ食いした男と逃げるような奴は信用ならんって言われちゃった」

「それはまた……」


 仕事をクビになってしまった彼女は、俺と一緒に旅に出ることにしたのである。魔王軍四天王を倒してしまった俺と一緒でいいのかとも思ったが、彼女も魔王軍復活はもう無いと腹を括ったようだ。


「ま、あなたと一緒に行くのも面白そうだしね」


 そう言ってウィンクしてくる彼女の笑顔に心臓が跳ねる。ホント見た目はすごく可愛いんだよな。

 しかし、一緒に旅か。つまりパーティー仲間。これまでずっとソロでやって来たが、ようやく仲間が!

 感動しているとリラ隊長が首を傾げている。


「何してるの?」

「いや、俺、魔王城を追放されて以来、ずっと一人だったから、旅の仲間が出来たことが嬉しくて」

「何よ、大げさね」

「そうだ、隊長、俺達パーティーの仲間なんですから、これから連携とかうまくやっていくために、お互いのこと、良く知らないといけないですよね! だから……」


 俺は精いっぱいの真心を込めて彼女の瞳を見つめる。


「やらせて♡」

「……」


 バチィイイイイイインッ!!!

「キャイン!」


 張り倒された。

 リラ隊長が真っ赤な顔して睨みつけている。身体をかき抱いて、フルフルと震える目尻には涙が。


「い、犬の姿でなんてこと言ってるのよ! あなたのこと、少しはいい奴かと思った私がバカだったわ! この変態! セクハラ野郎!」


 またそれかよ。サキュバスにセクハラ野郎って言われるの、何なんだろうな。

 とにかく、これだけは言っておきたい。


「……動物虐待反対」


           お終い


========

<後書き>

本作品は、「転生したら憑依型魔物だったので、いつか女神に取り憑きたい」に続く短編第2弾となります。いかがだったでしょうか。

前作は以下となります。よろしければ合わせてお読みください。


転生したら憑依型魔物だったので、いつか女神に取り憑きたい

https://kakuyomu.jp/works/16818023212242280280




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したら憑依型魔物だったので、純情サキュバスに取り憑いてエッチな悪戯をしたい 英 悠樹 @umesan324

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ