第43話 グルメ・スタンプラリーが如く

「ワラワ、満足じゃ」

 千代田区役所・食堂のキーマ・カレーを平らげた魔神アイムは、満足気に腹の上を右の掌で何度も何度も摩っていた。

 そんなアイムの様子を見ながら、上体を仰け反らせた灯は、溜息混じりにこう言ったのであった。


「やれやれだよ、アイちゃん、ここ、区役所のカレーを僅か一皿食べただけで〈満腹・満足〉してちゃ、全くお話になんないよ。

 千代田区内に置くべき点〈◯〉を、アイちゃんが取り決めた順番通りに巡らなくちゃならない分けだし、ボクらには、実はあんまり時間的な余裕はないし、そう悠長に構えてはいられないよ。

 そもそもの話、異界の門が閉じちゃう月曜の夕方までに、魔神さまの大きな〈法陣〉を、この千代田区内に描き終え、送還の儀式をしなきゃならない分けでしょ?」

「まさに期限に関してはその通りなのじゃが、しかし、たとえ大きなものであれ、陣を描き終えるには数日もかからぬぞ。

 点においては、十か所中、飯田橋とこの九段下、これら二か所にワラワの分霊を既に置き終えておる分けじゃし、残り僅か八か所、遅くとも明日には〈打ち〉終わるのではないか? のう灯よ」

「あっまぁぁぁ~~~い。甘いよ、〈マンゴー・ラッシー〉よりも酸っぱ甘いよ、アイちゃん」

「何故じゃ?」

「アイちゃんさ、ただ単に、同じ区内に鎮座している神社を巡ってゆくだけならば、〈四かける三〉の約十二平方キロメートル、つまるところ、千代田区はそんなに広くはないから、移動と参詣の所要時間を〈一社一時間〉って見積もったとしても、残り八社ならば、今日中、遅くとも明日には巡り終えられるってボクも思うよ。それが普通の〈御朱印巡り〉やスタンプラリーならね」

「じゃろ?」

「そう、その認識こそが、〈ママレード〉みたいに苦くて甘いんだよ、アイちゃんっ!」

 右手の人差し指をアイムの方に向けながら、灯は熱っぽく力説した。


「アイちゃん、たしか、神社に据える分霊を産み出したら、エーテルを使い果たし、お腹がペコペコになって、カレーを食べて補給をしなくちゃならないって話だったじゃない?」

「まさに、そのとぉぉぉ~りじゃ。

 大気からエーテルを吸収できぬ、この世界にあっては、カレーを口から食べることこそが、ワラワが回復するためのたった一つの冴えたやりかたなのじゃ」

「でしょでしょ? つまり、今回、ボクらが神社を巡るのは、普通の御朱印巡りじゃなくって、いわゆるひとつの〈グルメ・スタンプラリー〉と紐付けされた神社参詣な分けなのよっ!」

「で、それが一体どうしたというのじゃ?」

「つまりさ、カレーを食べて回復からぁの分霊創出ってのが一連の流れな分けでしょ?」

「しかり」

「しかも、食べる事それ自体が目的な分けだから、〈グルメ・スタンプラリー〉のチーターみたいに、テイク・アウトを駆使して数だけ稼ぐっていう方法も採れないわっけ」

「『ていくあうと』とか『ち~たぁ~』とか、言葉の意味はよう分からんが、とにかくすごぉぉぉく駄目出しされているって事だけは分かるぞよ」

「それなっ!

 つまりさ、その場で食べなくちゃいけないっていう〈縛り〉ありの食系スタンプラリーってのは、ボクらの胃が無限のブラックホールではない以上、一日に食べられる量には限りがあるわっけ!」

「で、灯よ、一日どれくらいが人の限界なのじゃ?」

「〈一日四食〉は可能だけれど、やっぱ〈三食〉ってのが適正回数かな……」

「無理してそれ以上行くって分けにはいかぬのか?」

「ふっ」

 それだけ言うと、正面に座るアイムから視線を外し、灯は、眼差しを窓の外に向けながら遠い目をさせたのであった。


 大学入学を機に上京し、食べ歩きという趣味に目覚めた灯は、何度も〈食〉のスタンプラリーに参加してきた。

 例えば、開催期間が三か月で企画に参与している店舗数が〈九十三〉の場合、理論上、一日一店舗訪れればスタンプはコンプできる。

 だが、しかしである。

 事態はそう単純な話ではないのだ。


 例えば、イヴェントの参加店の中には、夜しかやっていない店もあれば、その逆に、昼だけしかやっていない店やカレーの提供はランチ・タイムのみという店もある。

 あるいは、土日は休みで、営業日は平日のみというケースもあって、学校がある以上、スタンプラリーに参加できない日もある。

 さらなる問題は、行列ができる人気店の場合など一時間以上の待ちはざらで、折角、時間を作って店に行ったというのに、着いてみたら、その日に店が仕込んでいた分が終わってしまっている、いわゆる〈カレー枯れ〉という事態に出くわす事だって決して稀ではない。

 だから、スタンプの為に短時間で数軒の店を〈ハシゴ〉するという発想に至るのは〈グルメ・スタンプラリスト〉の必然なのだ。


 灯も御多分に漏れず、かつて一時間で三軒のカレー店を〈連荘〉した事があったのだが、三軒目の最後の数匙は無理矢理に体内に押し込んだ有様で、店を出た瞬間、吐いてしまい、その後、駅のベンチで数時間苦しみ、その後の数日はまともに物が食べられない、という本物の〈食傷〉を体験してしまったのであった。


 だから、灯は実感として思っているのだ。


 食系のスタンプラリーでは決して無理はしてはならない、と。

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カレーのトリコ ~神田に召喚されし火の魔神さまのカレイなる四日間~ 隠井 迅 @kraijean

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