第42話 ソイ・ミート・キーマ
灯は、区の図書館で勉強した際に、「CUISINE九段下」で何度か食事をした事があったので、提供されるカレーの種類を知ってはいたのだが、基本、夕方の訪問だったので、ランチ・タイムにのみ食べられる「キーマカレー」は、タイミングが合わず、注文した事がなかった。それゆえに、灯は、区役所食堂のキーマカレーがドライカレーではない事を知らなかったのである。
灯が知っていたのは、ここのキーマが、〈野菜仕立て〉の〈ヴィーガン〉仕様という点だけであった。
ヴィーガンとは、ベジタリアンとほぼ同義に用いられる事もある用語で、実は、灯もその明確な違いが分からず、かつて調べた事があった。
「ベジタリアン」とは、日本では〈菜食主義者〉と訳されているのだが、つまるところ、肉や魚といった動物性の食品を食べず、野菜・豆類・穀物などの植物性の食品を選んでいる人の事を指す。ちなみに、卵や乳製品の摂取に関しては、主義者の〈任意〉で、また、肉の種類によっては、選んでいる主義次第でオーケーな場合があるらしい。
例えば、ベジタリアンには、動物性の食品を一切食べない完全なる菜食主義者以外に、ある程度の動物性食品を食べる準菜食主義者たる〈セミ・ベジタリアン〉というカテゴリーもあって、例えば、肉は食べないものの、乳製品は摂る〈ラクト・ベジタリアン〉、卵製品は食べる〈オボ・ベジタリアン〉、乳製品と卵は食べる〈ラクト・オボベジタリアン〉と言った分類がある。
また、乳製品や卵製品に加え、食べる肉の種類によって、例えば、鶏肉だけは食べる〈ポーヨー・ベジタリアン〉、魚介類だけは食べる〈ペスコ・ベジタリアン〉というサブ・カテゴリーもある。
ちなみに、肉も乳や卵も食べない菜食主義者は〈オリエンタル・ベジタリアン〉と呼ばれている。
つまるところ、何を食べ、何を食べないかに応じて、ベジタリアンにおいては名称がかくの如く細分化されている分けなのだ。
これに対して、「ヴィーガン」の場合、ベジタリアンにおいては、人それぞれとされていた卵や乳製品の摂取さえ全くしない。つまり、こう呼んでよければ、〈完全菜食主義者〉なのである。
この点においては、ヴィーガンは、オリエンタル・ベジタリアンに似ているのだが、オリエンタル・ベジタリアンの場合、〈にら・にんにく・ねぎ・らっきょう・あさつき〉といった、匂いがきつく、精力をつける〈五葷(ごくん)〉と呼ばれる野菜を食べない。
ちなみに、厳格なヴィーガンは、食材のみならず、衣類や生活必需品に至るまで、動物性の製品を完全に排除さえしている、との事である。
「ここ最近、日本では〈健康志向〉が、ある意味、ブームになっていて、色んな所でお肉を使わない料理を、ちょいちょい見かけるようになってるんだよね」
「ほう」
「ちなみにいうと、昨夜、ボクが飯田橋の〈にとよん〉で食べたカレー麺も、実は、動物性の食材を一切使っていない〈ヴィーガン〉仕様だったのさ。
で、話を最初の話題に戻すと、つまるところ、ここの食堂のキーマは、定義上、乳や卵も含めた、一切の動物性の食材を使っていない、という事になる分け」
「ところで、灯よ、さっきの汝の話によれば、キーマとは、獣肉や魚肉の細切れとの事じゃったが、それでは、ここのキーマは何によって作られておるのじゃ?」
「それが、〈ソイ・ミート〉、つまり、大豆なわっけっ!」
「ん? 『そいみ〜とぉ』とは何ぞ?」
「大豆で作った肉の代用品だよ」
「ん? 『だいず』?」
「大豆って、漢字では〈大きい豆〉って書くんだけど、まあ、つまるところ、豆の一種なのさ」
「ん? 豆なのに肉とは一体どうゆうことじゃ? まあ、汝の事じゃ、調べておるのじゃろ?」
「まあ、その通りなんだけど、大豆肉、つまり、ソイ・ミートは、確かに、肉(ミート)って呼ばれてはいるんだけれど、もちろん、鶏肉や豚肉、あるいは牛肉のような家畜の〈獣肉〉は一切使ってはいない分け。そもそも、ヴィーガン仕様だしね。で、獣肉の〈代替肉〉として、数ある植物性の食品のうちから、大豆を用いている物が〈ソイ・ミート〉って呼ばれているんだよね、
そもそも、特に日本では、大豆を食べて来た長い歴史がある分けだし、大豆は日本人の味覚に合っていたんじゃないのかな?」
「その大豆とやらは、この地では古くから食されておったのか?」
「ソイ通り。日本では大昔から食べられてきて、なんと、日本神話の中にも出てきているんだよ。
大豆ってさ、植物の中でも最も多くの〈タンパク質〉を含んでいて、その栄養価の高さについては、以前から学者によって指摘されてきたんだけど、にもかかわらず、、ひと昔前まで、欧米ではあまり食べられてこなかったんだってさ」
「何故にじゃ?」
「まあ、仕方ないかも、大豆って、そもそも味自体は淡泊だし。
で、どこかで、大豆料理について書かれた記事を読んだ記憶があるだけなので、正確なところは怪しいんだけれど、そんな大豆を食べてこなかったアメリカでも、第二次世界大戦中の食料不足の頃は、さすがに大豆を食べていたみたい。それでもやっぱり、戦争のせいでの食糧不足が解消されると、ふたたび、大豆は食べられなくなったんだってさ」
「ほう」
「でも、だよ。そんな歴史があったにもかかわらず、昨今の健康ブームの流れの中で、〈肉の脂は体に悪い〉という話が巷に出回った結果、これまで、栄養価は高くても美味しくはない、と消費者に避けられてきた大豆が、健康食品として再評価されて、アメリカでも食べられるようになったんだってさ。
そして、そんな〈ヘルシー重視〉という文脈の中で、大豆をより美味しく食べるための食材として最近出現したのが〈大豆(ソイ)ミート〉なわっけ」
でも、ぶっちゃけて言うと、かく言うボクも、〈ソイ・ミート〉って単語はよく耳にしてはいるんだけれど、実のところ、今日まで食べた事はなかったんだよね……」
「何故じゃ?」
「人間って、一日の食事は基本三食、つまり、生きている間に食べられる食事の回数って決まっているわっけ。だから、折角、ミートを食べるのならば、大豆ミートではなく、普通に、獣の肉を食べようって、ついつい思っちゃうんだよ。
でも、さっき一匙もらっちゃったけど、キーマとしてカレーの具材になっているからなのか、豆肉と獣肉との違い、実はあんま分かんなかったよ」
そう、ソイ・ミート・キーマ・カレーの印象を述べる灯であった。
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