第41話 キーマ具材のジャパニーズ・カレー
千代田区区役所の十階に入っている食堂、「Cuisine(キュイジーヌ)九段」にて、ハーフサイズのシンプルなカレーを注文した灯に対して、黒い猫神の姿に変化している魔神アイムが注文したのが「キーマカレー」であった。
キーマカレーの、〈キーマ〉とは、ヒンディー語やウルドゥー語で〈細かい物〉を意味する。ゆえに、キーマカレーとは、いわば、カレー味の〈挽肉〉の事なのだ。
ところで、日本料理では、魚肉や海老の身、あるいは、鶏、豚、牛といった獣肉の挽肉を茹でて解し、それを、汁気が無くなるまで炒めたものが「そぼろ(素朧)」と呼ばれている。
つまり、材料となる細かくされた肉が汁気が飛ぶまでバラバラに調理されているので、こう言ってよければ、日本の〈そぼろ〉は、インドの〈キーマ〉に近い料理なのだ。そして、「そぼろ」と呼ぼうが、「キーマ」と呼ぼうが、挽肉料理は、そのまま米飯に添えられて提供される事が多く、それゆえにか、キーマカレーといえば、カレー味の挽肉がライスに載っている〈ドライカレー〉とイコールであるように思えてしまう。
ちなみに、〈ドライカレー〉のドライは英語由来の横文字なのだが、実は、ドライカレーは日本で生まれ、独自の発展を遂げたカレー料理なのである。
そして、〈ドライ〉は〈乾いた〉という意味なので、ドライカレーとは、汁気が少ないカレー一般の事を指す。それゆえに、汁気無しのキーマカレーだけではなく、カレー味のポテトやミートボール、あるいは、カレーピラフやカレーチャーハンも、汁気さえ無ければ、それはドライカレーのカテゴリーに含まれる事になるのだ。
しかし、ここ「Cuisine九段」の「キーマカレー」は、汁気無しのドライカレーではなく、見た目、普通の汁気ありのジャパニーズ・カレーであった。
「あれ? それって〈キーマ〉なの? アイちゃん、ちょっと一口いい?」
アイムからの返答が返ってくる前に、灯は脊髄反射的にアイムのカレーにスプーンを差し入れていた。
「灯よ、せめて、ワラワの許しが出てからにいたせ」
「ごめぇ~んネ」
そう可愛い子ぶって謝りつつも、灯は匙を口の内に素早く運び込ぶのだった。
「ん? …… あっ! なるっ! そうゆう事なのね」
灯の口内の触覚は、肉が細切れにされている状態を感じ取っていた。
ここ区役所食堂のキーマカレーは、ドライカレーではなく、細切れの挽肉を具材にしていたのだった。
つまるところ、汁気が有ろうが無かろうが、肉が細かい状態になってさえいれば、それは〈キーマ〉と呼んで差し支えがない分けなのだ。
さらにいうと、キーマとは、ただ単に〈細かい物〉という意味を表わすだけなので、いかに調理してもよく、材料となる肉が何の肉かも問題ではないそうだ。
たしかに、ヒンディー語やウルドゥー語が使われている、こう言ってよければ、キーマ発祥の地である〈インド〉では、宗教上の食のタブーの問題で、キーマにされる肉は、鶏あるいは羊や山羊なのだが、、日本では、鶏は別として、羊や山羊の肉の調達は容易ではないため、タブーの為にインドでは使われない豚肉や牛肉、あるいは、合い挽き肉が使われる事が多いようだ。
でも、たしか、この区役所のキーマって……。
「アイちゃん、その〈キーマ〉、ぶっちゃけどう?」
「『どう』とは? 何ぞ?」
「いや、美味しいのかなって思って」
「う~む。〈口〉での食事経験が二度目の、経験薄きワラワに問うても、適切な報告はできるべくもないのぉ……。じゃが、灯よ、そもそも、汝の質問の意図は何ぞ?」
「ボクたちが食べている〈キーマ〉って、大抵の場合、お肉なんだよね。でも、この食堂のキーマって肉じゃないんだよ」
「肉じゃないのならば一体何なのだ?」
「実は、この食堂のキーマって〈大豆〉なのさ」
そう灯は応じたのであった。
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