第8話 2

「――臆せずによく来たな! アーガス王国の騎士達よ!」


 アーガス王国騎士団と我が軍とのちょうど真ん中辺りまでひとりで進み出て、妾はそう声を張り上げた。


「妾はトヨア皇国ヒノエ帝――そなたらの王が魔王と呼びし者である!」


 正直なトコロ、魔王って呼び方自体はキライじゃなかったりするのよな。


 なんかこう……眠らせておった厨ニ心がくすぐられるのよ。


 だから今もあえて、名乗りに織り交ぜてみたりしとる。


「――そなたらの王は暗愚よ!

 異界の者を呼び寄せ、その力を振りかざして慢心し、あろう事か妾に刺客まで送りつけおって!

 その結果、貴様らはこの戦で命を散らし、アーガスは滅びるのよ!」


 妾は鉄扇を振るって、アーガス軍勢の向こう――遥か南の王都を指し示す。


「――蹂躙だ」


 ニヤリと笑みを浮かべて見せれば、アーガスの騎士達は顔を青くしてたじろぐ。


 妾の背後に居並ぶ化生した異形達。


 多くの者が初めて見る異形に恐怖心を隠せておらん。


 そして、七十騎のユニバーサル・アームだ。


 ウツロの調べでは、アーガス王国はトヨア皇国を魔属――ゴブリンやオーク達が暮らす蛮族の国と認識しておるらしいからな。


 輸出しておる魔道器は自作しておるのではなく、国内の遺跡から発掘しておると信じ込んどったようだ。


 ……だからかの。


 未開の蛮族と思っとった魔属が、よもやユニバーサル・アーム――奴らが兵騎と呼ぶ兵器を扱えるとは思っておらんかったのだろう。


 アーガス王国に限らず、多くのヒト属の国ではユニバーサル・アームは鎧にして刃――騎士の証のように思われておる。


 実際のトコ、ユニバーサル・アームはロジカル・ウェポンの副産物――妾達、<妖属バイオロイド>と共感できぬほどに魔道器官の波動――ソーサル・リアクター出力が弱い者達の為に生み出された、下士官用兵装に過ぎんのだがな。


 まあ、技術水準も魔道科学も退化してしまった、この星の人類にとっては、それでも強大な力に映るのは仕方ないのだろう。


 最近のヒトの国では、そんなユニバーサル・アームにさえ合一できないほどに、魔道の弱い者も生まれているのだと、<影>達から報告が挙がっていたな。


 息を呑むアーガス騎士団達を、妾は笑みを浮かべたままゆっくりと見回す。


「……だが、妾も民を愛する一国の王。あたら殺戮を好む趣味はない……」


 そうしてアーガス王国軍の最奥――ユニバーサル・アーム隊に守られた、勇者セイヤに閉じた鉄扇を向けた。


「――勇者よ、機会をやろう。この魔王たる妾と一騎打ちだ!」


 妾に問われて、セイヤは顔をしかめる。


「――そんなの信じられるわけがないだろう!?

 卑劣な貴様らの事だ! そう言って俺が出て行ったところで囲もうというんだろうが、その手には乗らないぞ!」


 甲冑に覆われた手を振って、奴は叫ぶ。


 ……アイツ、ビビってね?


 王都で妾に斬りつけて来た時とは大違いだ。


 居並ぶ我が軍の異形共に対してなのか、それとも妾が放つ波動に対してなのか……いや、ウツロの魔道器官が放つ波動に気づけなかった事を考えるに、前者だろうかの?


「……やれやれ。肝の小さい事よ。

 聞いたか、アーガスの騎士共? 勇者殿は貴様らより自分の命が大事だそうだ!

 ――勇者ミィナと大違いだな!」


 嘲笑ってやると、奴は顔を真っ赤に染め上げよった。


「なにぃ!? この俺をあんな女と一緒にするな! 魔王に手傷すら与えられずに死んだ、あんな偽物とっ!」


「だが、あやつはたったひとりで妾の元まで辿り着き、妾に刃を向けたぞ?

 多くの騎士に守られてイキり散らかしてるだけの、貴様とは大違いではないか!」


 セイヤを煽りながら、妾はアーガス王国軍を再度見回す。


 ……遅いのう?


 そろそろ動いてくれんと、用意してきたセリフがなくなるんだが?


「――奴は軍を指揮する能力がなかっただけだ!」


「……ほう? 貴様にはその能力がある、と?」


「そ、そうだ! そもそも軍で雌雄を決すると言ったのは貴様だろう?」


 妾を指差して、唾を撒き散らしながら、セイヤは叫ぶ。


「……つまり、騎士などいくら犠牲になっても構わんという事だな?」


 妾の言葉に、セイヤが顔を引きつらせ、騎士達に動揺が広がる。


「ならば、合戦にて雌雄を決する事になるぞ?」


 威圧を込めて呟く。


 ……その時だ。


 ――コツン、と。


 最前列に立つアーガス騎士のひとりが、手にした槍で自らの甲冑を叩いた。


 それは独特のテンポを持って連続して鳴らされて――人類連合軍の信号符丁だと妾は気づく。


 暗号化されていない、たどたどしい平文の信号。


『――オウジョ オクレテル ジカン カセイデ ホシイ』


 妾はその騎士を横目で見やる。


 ヒト属にしては良い体格をしたそやつは、兜の面頬を上げておって、茶色いヒゲ面をした男だった。


 ……ふむ。


 試しに鉄扇を叩いて了承を伝えてみるが、どうやら騎士はその一文を覚えているだけなのか、変わらずに槍で甲冑を叩き続ける。


 台本にないアドリブが求められとるのう……


 妾はどうしたものかと視線を巡らせる。


 ――と。


「――いぃっやっかましいぞ! そこの騎士!」


 背後でハヤセが、手にした大太刀を鞘ごと地面に叩きつけ、怒号を張り上げた。


「コンコンコンコン、陛下のお言葉を遮りやがって!」


 叫びながらもズンズンと大股でこちらにやって来るハヤセ。


 縞柄の尾を立てて怒りを示し、ヤツは符丁を送って来た騎士を大太刀の先で指し示す。


「オレはトヨア皇国総大将、四公が二席――暴風のハヤセだ!」


 ハヤセの名乗りに、アーガス王国軍がどよめく。


 四公の名は、ヒトの国では妾の名以上に知られているらしいからな。


 戦史に出てくるんだったか。


「……ハヤセよ。いま大事なトコなんだから、短気は収めてくんない?」


 妾は鉄扇で口元を隠し、小声で奴に囁く。


「いや、陛下。オレだって強襲揚陸部隊アサルト・ダイバーズ率いてたんだぜ? 平文の信号符丁くらい素で読める」


「マジで? そんな頭あったの?」


 妾の反応に、ハヤセは頭を掻いて苦笑。


「まあ任せてくだせえ。あちらさんのご希望通り、うまい事やってみせまさぁ」


 そうしてハヤセは、さらに一歩を踏み出す。


「――騎士よ、名乗られい!

 貴様に一騎打ちを申し込む!」


 ……なるほどの。


 騎士のひとりに一騎打ちを申し込み、時間を稼ぐというわけか。


 同時に一騎打ちに我が軍が手出ししない証明にもなるかの。


 ハヤセに指名された騎士――先程から信号を送って来ておる騎士が、顔をしかめて妾を見る。


 おっと、信号が伝わってないと誤解させたかの?


 ――伝わっておるよ。


 妾は扇で口元を隠しながら、頷いて見せた。


 その上で、これが時間稼ぎの策だ。


「面白い、騎士よ。戦ってみせよ。

 我が腹心、ハヤセを倒す事ができたなら、貴様に褒美を取らせるぞ!」


 と、妾は一歩を下がり、そう声を張り上げる。


「さあ、騎士よ! 如何か!?」


 ハヤセが大太刀を手に尋ねれば、騎士は覚悟を決めた顔をして進み出た。


「――我が名はベルーダ! オールセン領筆頭騎士、エトワイル家当主ガレイシュ・エトワイルの弟! 彼の領の次席騎士なり!」


 ……ほう、あやつが!


 その名は覚えがある。


 この世界に来たばかりのミィナを保護し、あやつがもうひとりの父のようとさえ評価した人物だ。


 フソウ宮でこの映像を見とるだろう、ミィナもきっと興奮しとるだろうな。


 槍を中段に構え、ベルーダ殿はハヤセと対峙する。


「戦史に載るようなアンタと手合わせ願えるとは、武人として光栄の至り!」


「ならばその期待に応えられるよう、全力で相手をしてやろう!」


 と、ハヤセは鞘から大太刀を抜き放ち、その切っ先をベルーダ殿の槍に合わせる。


「――勝負!」


 互いに叫んだ瞬間、双方の獲物が激突して激しい火花が周囲を照らし出した。

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「おお、勇者よ! 死んでしまうとは何事だ!」と王様に怒られ続け、必死で魔王城に辿り着いたわたしは、同情した魔王様に「世界の半分をやろう」と言われて、腹いせの為にうなずくことにした。 前森コウセイ @fuji_aki1010

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